女だからって舐めないでください。
ドタバタと慌ただしく朝食を摂った後は、寝不足な私たちを配慮して、仮眠の時間………という訳にはいかないのが、軍の規律だった。黒馬様たちも当然、ここにいる間はかつての軍人生活を送ることとなる。朝食の次に待っているのは、厳しい武術の訓練。彼らは私と向日葵様を残して、一足先に道場へと向かっていった。
そういう私は、あくまでも客人ということで、就寝時間、起床時間、食事の時間さえ守ってくれれば、後の時間は好きに過ごしてくれていいとのことだったが、私だけそれに甘えるなんてことはできなかった。向日葵様は、食べ終えた私を見て、「どうする?部屋に戻る?」と問いかけてくれたが、私はそれに首を振り、「鍛錬を見させて欲しい」と頼んだのである。
そうして遅れて道場に現れた私を迎えたのは、この駐屯地で生活する軍人の方々の、厳しい鍛錬の様子だった。前で竹刀片手に立つのは、大佐がいない留守を預かる、上官の方たちだろうか。稽古をする隊士たちの間をゆっくりと見て回り、少しでも休もうとする者がいれば、容赦なくその竹刀を振り上げる。そんな光景に、私は思わずごくりと喉を鳴らした。
「菖蒲ちゃん、こんなの見たいの?」
汗臭いだけだよー、と訝しげな向日葵様の傍らで、私は食い入るように彼らの武術を見つめた。何か参考になるかもしれない、私の武術に取り入れられる技術があるかもしれない。道場の隅っこでキラキラと目を輝かせる私を、若干引いたような目で見る向日葵様。
「コイツ、武術の心得があんだよ」
そんな私と向日葵様の間に入って来たのは、紫狐様だった。彼もまた、まさに稽古の真っ最中で、私たちがやって来たのを見てこちらに近付いてきたようだ。普段の軍服の上着を脱いだ軽装となり、肩から垂れる手ぬぐい、ぽたぽたと顎から滴る汗を見ると、紫狐様でもそれだけ息が上がる程、激しい鍛錬のようだ。
「え?菖蒲ちゃんが?」
「私のは、護身術程度のものですが………。幼い頃から多少の武術を叩き込まれているので、少し興味がありまして」
「へえぇ………、菖蒲ちゃん、強いんだ」
感心したような声を漏らす向日葵様に、今度は別の声が割って入ってくる。
「おい、女がこんなところノコノコ入ってくんじゃねえよ」
顔も名前も分からない、男性3人。しかし、こちらに対して好意的ではないことは明白だ。この人たちも稽古の最中だったのだろうが、騒がしい私たちの声を聞きつけて中断し、こちらにやってきたのだろう。売り言葉に買い言葉と言った様子で、すぐさま紫狐様が反応する。
「んだテメェ………」
「お前はすっこんでろよ紫狐。用があるのはそっちの女2人だ」
どん、と乱暴に紫狐様の肩を突き飛ばし、男たちは私と向日葵様の前に立ち塞がった。この駐屯地にも、沢山の軍人たちがいる。色んな人間がいるように、ここも色んな人によって社会が形成され、複雑な人間関係が生まれているのだろう。つまりは、この人たちは決して私に友好的ではない、ということだ。今度は向日葵様が、私を庇うように前に立つ。
「ちょっとあなたたち、何なのよ!いきなり失礼じゃないの!?」
「失礼もなにも………、真剣に稽古をしているところに、遊び半分でノコノコやってきて邪魔したのはお前らだろう。訓練や仕事に支障を来す人物は、処罰の対象だった筈だが」
「そ、それは………」
言い淀む向日葵様。確かに、彼らが私たちを邪魔だと感じたのならば、謝るべきことかもしれない。私は深々と頭を下げて謝罪する。
「邪魔をして申し訳ありません。すぐに出ていきます」
「あ、菖蒲ちゃん………」
頭を下げる私を、向日葵様が申し訳なさそうに見つめている。紫狐様は小さく舌打ちをして不服そうだが、くだらない争いをすれば処罰されるのは自分だ。穏便に済まそうとしている私の気持ちを汲んで、ここは何も言わずに飲み込んでくれた。
「ったく。女は飯洗濯掃除だけやってりゃいいんだよ」
「俺たちのおかげで飯が食えてんだからよ」
「女が一丁前に医者になりたいだとか、武術に興味があるだとか言いやがって」
その言葉が頭上から聞こえた瞬間、ぷつり、と私の何かが切れるような音がした。私のことはいい。それに、邪魔をしたならば謝る。しかし、そこで何故向日葵様の夢を侮辱されなければならないのか。未だこの時代、女性は男性よりも立場が弱く、何か職を持とうとすれば、このように「女のくせに」という単語がついて回る。私もそれは、自分がいた町で何度も経験した。
女のくせに。
巫女のくせに。
そんな言葉が呪いとなって、私がしたかったこと、やりたかったこと、何度も諦め、捨ててきたのだ。
「…………」
隣で、悲しそうに俯く向日葵様が、横目に映る。立派な夢を持ち、この男社会の中で頑張っている向日葵様を、私と同じ目に遭わせてはならない。その時の私の心の中は、それだけであった。
「………黒馬」
「あ?」
「うちのお姫様、また何か問題事に巻き込まれてるみたい」
同じくその場所で稽古に勤しんでいた黒馬は、青兎に言われてようやく事に気付いた。つんつんと指をさされてそちらを見ると、入口辺りに何故か群がっている人だかり。みんな稽古中で、上官の目があるというのにそれも忘れて、何だか騒いでいるようだ。その人だかりの中心には、何故か怒りを滲ませた菖蒲と、おろおろと狼狽える向日葵の姿がある。
「いいぞやっちまえ菖蒲!!」
「おい紫狐」
その人だかりの中で、何故か止めもせず野次を飛ばしている紫狐の肩を掴む。現れた黒馬に気付いた紫狐は、まるで格闘技を見る時の男子のような、わくわくした、キラキラした目を菖蒲に向けていて。
「菖蒲が喧嘩売られて、その喧嘩買ったんだよ!」
「は………?」
ギョッとして、問題の渦中にいる菖蒲と男を見る。騒ぎを聞きつけて、稽古中の隊士たちがどんどん群がってきて収拾がつかなくなっていた。その中には何故か上官までもが盛り上がっている。はー………、と大きなため息をついて、手で顔を覆う黒馬の肩に、同情するように手を置く青兎。
「まあ、菖蒲様なら大怪我することはないよ」
「そういう問題じゃ………」
いまだ状況を掴めないでいる黒馬の前で、菖蒲はただ静かに、大男の見据える。周りの喧騒など聞こえていないのか。その瞳には確かに怒りが揺らいでいて、
「その女である私に、まさか負ける訳がありませんよね?軍人様」
「ほお………。俺に挑もうってのか。軍人で、男の、この俺に」
「…………」
「多少武術の心得がある、だっけ?見せてもらおうじゃねえか、巫女さんよお」




