恋の予感?
「迎えに行くって言ったのに、何勝手に連れ出してんだ」
背後から聞こえてきた声に、私と向日葵様は同時に振り向いた。私たちと同じ朝食を手に持った黒馬様がそこにいて、私たちに声をかけたあと、そのまま向かいの席にドカッと座った。
「あれ、そうだっけ?まあいいじゃん、細かい事は」
「お前なぁ………」
「相変わらず大雑把だねー、向日葵は」
どこか納得いってなさそうな黒馬様と代わって、今度は別の声が聞こえてくる。同様に視線を送ると、今度は白鹿様が現れて、自然の流れで黒馬様の隣に座った。
「白鹿!久しぶり!元気にしてた?」
「変わりはないよ。そっちも相変わらずで」
「青兎と紫狐は?」
「もうすぐ来るよ、さっき列に並んでたから」
そうして白鹿様の言う通り、そのすぐ後に青兎様と紫狐様もやってきた。私が座るテーブルは、いつもの変わらないメンバーに、加えて向日葵様が座り、一気に賑やかになった。
「ほんと、久しぶりだね!みんなが行っちゃったから、すごい寂しかったよ」
「俺たちも、最初の頃は向日葵の強烈な目覚ましが無かったから、なんか落ち着かなかったよ」
「そうかぁ?俺はあの鬼のような形相で叩き起こされる地獄が無くなって………、 」
「ちょ……、菖蒲ちゃんの前で変なこと言わないでよ!」
思い出話に花が咲くテーブルに、私は何となく着いていけないまま、朝食を口に運んでいた。飛び交う砕けた口調、思い出話、慣れたように呼び捨てで呼び合う名前。当然ながら、彼らは私と出会うよりも前に出会っていて、長い時間を共に過ごしている。それが少しだけ、羨ましかった。
「明日からは、菖蒲ちゃんにも手伝って貰おうかな」
「え?」
突然向日葵様に話を振られて、私はキョトンと顔を上げた。みんなの会話を何となく聞き流しながら、1人の世界に入っていたので会話の流れが読めない。不思議そうにする私に、向日葵様が付け足す。
「朝、なかなか起きてこない寝坊助を起こして回るの」
「わ、私が、ですか?」
「勿論私も一緒にやるよ」
相変わらずニコニコと微笑む向日葵様に、私は押されるように頷いた。しばらくここでお世話になるのだから、私ができることならば何でもお手伝いはするつもりだ。
「いいね」
それに対して、そう口を挟んできたのは黒馬様で。頬杖をつきながら、私に微笑む黒馬様と目が合う。
「起こしに来てくれよ、菖蒲」
「………!」
なんか直球にそう言われると変に恥ずかしくなって、少しだけ顔の熱が上がった。普段町にいる時はちゃんと自分で起きてくる癖に、と思いながら、思ったままに言葉を返そうとすると、
「……………」
ふと気付いてしまったのだ。向日葵様が、私を見る黒馬様を、じっと見つめていることに。その横顔は、特に悲しさや寂しさを携えてはいない。一見、ただ何となく黒馬様を見ているだけのように見える。けど、私には何か………。
(気のせい、かな………)
ほんの少しだけ、心がざわつく様な、そんな感覚を抱いたが、私はすぐにそれを押し込めた。憶測で物を言うのはよくない。なんの確証もない、女の勘だ。
「僕も菖蒲ちゃんに起こしてもらいたいなー」
「何よ白鹿。私の目覚ましは嫌なの?」
「だって朝から耳元で叫ばれてみなよ………。何回鼓膜が破れたか………」
「破れた事なんて一度もないでしょ!」
軽い痴話喧嘩を始める白鹿様と向日葵様の横で、青兎様が私に微笑む。
「向日葵がここに来たの、俺たちとほぼ同じ時期なんだ」
「そう、なんですか」
「医療班として、軍医の助手をやってるよ」
青兎様の紹介が聞こえたのか、向日葵様は白鹿様とのじゃれ合いを止め、私に向き直る。
「私、将来女医になりたくて。ここで勉強させてもらってるんだ!」
「女医………、すごい………!立派な夢があって………」
「まだ全然、医者の卵にもなれてないんだけどね。でも、楽しく働きながら勉強してるよ。だから黒馬たちとは、同期みたいなもんなの」
「お前が医者とか、想像つかねーけどな」
「なんか言った?紫狐」
「………いえ何も」
夢のために、男だらけの世界に飛び込み、元気に働きながら勉強してるなんて………。同じ女性、同年齢の私からしても、尊敬しかない。私といえば、産まれた時から敷かれていた道をただ漠然と歩いているだけで………、なんて、つい自分と比べて悲観的になる。いけない、こういうのは、比べるものではないのだ。
「だから皆さん、とても仲がいいのですね」
ただ何気なしに、微笑みながらそう言った私の言葉に、みんなはポカンと黙り込んだ。あれ?仲良くないの?と動揺する私に、向日葵様が一番最初に口を開いた。
「仲が良いっていうか、腐れ縁?みたいな感じだよ!まあ、みんな私にとって大事な人なのは、確かなんだけど」
「まあ、コイツはここの人間全員とこんな感じだからな」
「向日葵は明るくて人気者だからね」
そうして再びわいわいと盛り上がる食卓の中で、人知れず、頬杖をつきながら視線を逸らす黒馬様を、白鹿様は隣から揶揄っていた。
「菖蒲ちゃんに言われて、少し焦ったでしょ。変な誤解されてないかって」
「………してねぇよ」
「ふーん………?ま、何にも起こんないといいけどね」
「何にもって………なんだよ」
「黒馬、気付いてないの?」
はぁ?と訝しげな黒馬様の前で、白鹿様は意味深に向日葵様に視線を送った。向日葵様は青兎様と紫狐様と楽しく談笑しながら、朝食を口に運んでいる。
「向日葵が何だよ」
「いや、気付いてないならいいんだけど」
そうしてどこ吹く風で、勝手に会話を終わらせて朝食を食べ出した白鹿様を、黒馬様は相変わらず不思議そうに眺めていて。そんな2人を、私も私で首を傾げながら、見守っていたのだった。




