お世話になります
帰る、とは言ったものの、そうすぐに町に戻って、はい元通り、という訳にはいかなかった。事情があったとはいえ、軍からしたら仲間内の大きな内乱だ。責任不問とはいかず、少しの間、黒馬様たちは上司………つまり父親の黒馬大佐の監視の下で、過ごさなければならなかった。これでも、大佐の計らいでだいぶ措置は軽いらしい。
そうとなれば、自動的に私も同じ状況に置かれる訳で………。今回の件を踏まえて、流石に巫女1人で先に町に帰すのは危ないだろう、という事で、私は今、黒馬様たちと共に、彼らが儀式に任命されるまで過ごしていた、磐浜駐屯地へと護送されていた。
1ヶ月程度、そこで過ごせば帰られるだろう、という話だが、ここでの待遇は横浜駐屯地とは違い、何の心配もいらない程に快適なものであった。
「久しぶりだな黒馬!」
「おー、元気だったか」
「相変わらず下っ端で、掃除と訓練ばっかさせられてるよ!」
駐屯地に着くなり、大歓迎の雰囲気で出迎えられた、黒馬様たち。彼らは皆、かつての同僚や後輩、先輩たちに挨拶を交わしながら、一時の再会を楽しんでいる。
私はと言えば、せっかくの再会を部外者がお邪魔してはいけないだろうと、少し離れたところでその様子を見守っていた。黒馬様も白鹿様も、青兎様も紫狐様も、みんなすごく慕われているのが分かる。ここで共に厳しい訓練を乗り越えてきた、仲間なのだ。儀式が始まってから、ずっと私の町にいたので、その間に溜まった積もる話は終わりが見えない。
(私との儀式のせいで、仲の良い方々と、離れることになったんですもんね………)
自分のことばかりであまり考えたことが無かったが、黒馬様たちはここを発つ時、寂しくはなかったんだろうか。先代から決められていた儀式とはいえ、彼らを仲間から引き裂いてしまったことに責任を感じる。大事な人たちと会えない辛さは、つい最近まで身をもって実感している。
どこか言いようのない切なさと申し訳なさに包まれて、1人隅の方で俯いていると、そんな私にも声を掛ける人物が1人。
「貴女が巫女様?」
「………は、はい………」
問いかけられて、反射的に返事をしながら顔を上げると、男だらけのこの駐屯地には目立つ、そう歳の変わらない女性が笑顔で立っていた。女の人、いるんだ、とは思ったものの、横浜駐屯地でも、調理場で働く女性や、医療班として働く女性たちがいたので、不自然ではないかと納得する。
「へー!私とそんなに歳変わらなさそうでびっくり!私、ここで働いてる向日葵っていうの。よろしくね!」
「あ、よ、よろしくお願いします。菖蒲と申します」
ぎこちない様子でぺこりと頭を下げる私を、向日葵様は明るい気持ちの良い笑顔で出迎えてくれた。私に対して友好的な女性など、友達の霞様以外いないので何だか落ち着かない。ソワソワする私の手を、向日葵様は遠慮なしにグイと掴み、誘導するように引っ張る。
「黒馬たちが帰ってきたら、菖蒲ちゃんは同じ女の私が面倒見てやってくれって、黄鳥曹長から言われてるの。ここにいる間の部屋を用意しておいたから、案外するわ!」
「え、あ、えっと………!」
勝手にここを離れていいものかと戸惑いがちに、未だ囲まれている黒馬様たちに目線を向ける。私のその心配が向日葵様にも伝わったのか、彼女はこの喧騒の中で一際通る綺麗な声を張り上げた。
「黒馬ー!菖蒲ちゃん、部屋まで連れてくからー!」
「向日葵、悪いな、頼むわ」
「後で私にも、お土産話聞かせてよね!」
たったその短いやり取りの間にも、黒馬様と向日葵様の間には、ここで培った信頼関係のようなものを感じた。何の疑いもなく向日葵様に私を託し、私に「後で迎えに行く」と告げた黒馬様は、また仲間たちの話題の中心へと帰って行く。
「じゃ、いこっか!」
「はい、お願いします」
ここにいる間、同じ女性ということで、彼女には色々とお世話になることもあるだろう。失礼がないように、私は再び深々と頭を下げると、相変わらず掴まれたままの手を引かれ、その場を後にしたのだった。
そして案内された部屋は、向日葵さまが使う部屋であった。女性の部屋とはいえ、あくまでもここは軍の施設。可愛らしい、女性らしい部屋、とはいかないが、キチンと整理整頓されていて、綺麗な部屋であった。
「今日から私と相部屋ね!」
「あの………、すみません、ズカズカと上がり込んでしまって………」
本来なら、彼女の1人部屋の筈。そこに私がしばらく居候する形だ。謝る私に、向日葵様は相変わらず明るい笑顔で、
「むしろ嬉しいよ!今まで男だらけの中で生活してたからさ。むしろ、個室じゃなくてごめんね。あんまり部屋空いてなくて………」
「いえ、とんでもありません!こうして寝る所を用意して頂いただけでありがたいです」
そうして、軽く部屋の中の物を説明してもらい、私の為に簡易的なベッドも用意してもらった。荷物という荷物は、元々連れ去られるようにして町を出ているので碌に持っておらず、ここにいる間は足りない物は向日葵様の物を借りることとなった。何から何まで頭が上がらない。
「ほら、菖蒲ちゃん。私たち数少ない女同士なんだし、敬語なんていらないから!」
「は、はい………、すみません、癖で………」
「私たち、今日から友達!なにか困ったことがあったら何でも言って、ね?」
相変わらずニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる向日葵様。明るくて、誰にでも距離感が近く、優しくて元気で………。私とは真逆、といってもいい位置にいる彼女に、私は終始押され気味だ。ただ仲良くなりたいという気持ちは私も同じなので、まだぎこちないかもしれないが、少しずつ向日葵様のことも分かったらいいな、なんて。
「さて、夜通しで移動してきたし、お腹空いたでしょ。朝ごはん、食べに行こ!」
「え、あ、はい………!」
「食堂のおば様たちが作るご飯、すごく美味しいのよ!」
先程部屋に着いたばかりだが、私には落ち着く時間もなく、再び向日葵様に連れ出された。そういえば外は既に明るく、新しい1日が始まっている。
窓から差し込む、容赦ない眩しい朝の日差しを浴びながら、私は向日葵様に手を引かれて、パタパタと忙しなく食堂へと向かうのであった。




