月夜に現れる鬼
目の前で繰り広げられる戦いに、道場内は激しい野次と、竹刀がぶつかり合う音が響き渡っていた。こんなに大人数で押し掛けてきたものだから、てっきり滅茶苦茶の乱闘になるのかと思いきや、まるで決闘場のように円を描いて丸くなり、その中心で私と、選ばれた1人が戦うという形式だった。
正々堂々、といえば、聞こえはいいかもしれない。しかし、周りで野次を飛ばす彼らの様子を見るに、この人たちにとって私との戦いは、余興の1つ。酒のアテのようなものだった。つまりは、こちらの事を舐め腐っているのだ。
「やるなあぁ、嬢ちゃんよぉ!俺ァ、そこらでは一応剣術で有名なんだぜぇ!」
激しく振り下ろされる竹刀を受け止めながら、唾まで飛んできそうな相手の怒号を静かに聞く。まあチャンバラで有名なんだけど、と付け足してゲラゲラ笑う男の剣捌きは、確かに荒々しく、何か型にハマっているようなものではない。
(でも………、動きが大きくて隙だらけだ)
冷静に動きを見れば、どうってことは無い。一振り一振りが大きいその男の懐に入ると、私は一気に男の顎を狙って突き上げた。手加減など、している余裕はない。思い切り、できる限りの力を込めると、ゴリ、と骨の鈍い音が聞こえる。
そしてそのまま白目を剥いて倒れた男を、私は静かに見下ろした。向こうの替えは幾らでもいるのに対して、私は1人。呼吸を整えて、次に備えなければならない。
「はい次〜、俺が相手」
「……………」
「あらぁ、ちょっと疲れてきちゃった?まだまだ夜は長いからねぇ」
その様子を、芹が隅っこで小さくなりながらも、じっと見つめていた。まだ剣術を習い始めて、数日。それでもここまでの男を相手にしているのは、恐ろしいくらいの才能、そして、怖気ついたりしない精神力の賜物なのだろうか、と。
(やっぱり………すごい。教えてる時から思ってたけど………。菖蒲さん、常に冷静に判断できるのと、動体視力が優れてる………!)
次々と襲いかかってくる道場破りたちを、確実に、1人ずつ、倒していく。しかし、押されているのは、確実に私たちの方だった。
圧倒的な数の暴力。どう足掻いても疲弊は隠せず、私の動きは鈍くなっていく。向こうもそれが狙いなのか。1人倒すと、私に休む暇も与えず次の1人が出てくる。
(くそ…………、このままじゃ…………)
それでも、踏ん張るしかない。私が倒れれば、芹様が………。隅で震える芹様を視界の端に捉え、己を奮い立たせる。そうして新たに現れた目の前の男は、ズルズルと竹刀を引き摺りながら、私の前に君臨する。
無言のまま振り上げられた竹刀。相変わらず振りは大きいし、動作も遅い。こんなもの、受け止めて下さいと言っているようなものだ。私はそれを竹刀で難なく受け止めた。今思えば、あまりにもあからさま過ぎて、それこそが罠だったのだ。
目の前で、ばき、と破壊された、私の竹刀。男の振り下ろしを受け止めた竹刀は、呆気なく真っ二つに裂かれたのだ。割れた竹刀を通り越して、私の体目掛けて降りてくる男の攻撃を、私は咄嗟に身を翻して避けた。空振った男の竹刀は、けたたましい音を立てて床を叩く。
(危なかった…………)
流石にこれには私も心臓がバクバクと騒いで、冷や汗が流れた。あのまま攻撃を受けていたら、私はもう立ち上がれなかっただろう。そして、無惨にも割れ、床に散らばってしまった自分の得物を見下ろした。
(………おかしい。幾ら何でも、こんな割れ方………)
すると、突然男たちがクスクスと笑い出して。異様な空気に周囲を見渡しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「この竹刀………、1回でも当たったら、一溜まりも無いだろうなあ」
「………!」
そういうことか、と納得がいった。男が手にしている竹刀には、重りか何かが仕込まれた、不正なものだということだ。
しかし、それが分かったところで、刀を失ってしまった私になす術などない。こうなれば護身術で何とかするしかない、と思っても、得物を持った人を相手にするのは、間合いが短いこちらの方が圧倒的に不利である。そして遂に、男の強烈な一振りが、私の腕に入って、そのまま吹き飛ばされた。突っ込むように、周りにいた観客の男の上に倒れ込む。尋常じゃ無い痛みだ。殴られた方の腕の感触が無く、動かせそうにない。
「う………く…………」
「あーあ、当たっちゃった。綺麗な体に傷が残っちゃうなぁ」
蹲る私の上から、無数の男たちの手が伸びてきた。今までは見ているだけだったのに、あろうことか私の手や足を複数人で拘束し、竹刀を構える男の前に差し出される。
「あ、菖蒲さん!!」
芹様が、慌てて立ち上がり、傍の竹刀に手を掛ける。しかし、その手は恐怖と迷いで震え、足はすくんで動かない。髪を掴まれて顔を上げさせられて、私は男が自分に向かってまた竹刀を振り上げるのを、ぼーっと眺めていた。
やっぱり、私じゃ、無理なのかな。
こうやって拘束されれば、振り解く力も無い。白鹿様の言う通りだ。どんなに武術を使えたって、結局は何も守れない。いつも守ってもらってばかりで迷惑かけて………。
『………勝手にしなよ』
なんでこんな時に、白鹿様の今朝の冷たい瞳を、思い出しているのだろう。ちゃんと謝りたかった。仲直り、したかった。皆さんとの約束も破って………きっと今頃、怒ってるだろうな。
誰も、助けになんて………。
自棄になる私の横で、何故かドサリと男が突然倒れた。私の手を拘束していた男で、私の右手が解放される。状況の理解が追いつかないまま、今度は左手を拘束していた男が突っ伏して、またしても私は自由を取り戻した。一体何が起こったんだと混乱しているのは、私だけではなく、借金取りたちも同様だ。何だ、と騒つく集団の内の1人が、後ろを振り向いて「ひぃっ………!?」と情けない悲鳴を上げた。
「あ……………」
そこに静かに佇んでいたのは、月を背に立つ、1つの人影だった。人影の右手には竹刀が握られていて、月の影でしっかりと姿は見えないものの、開かれた鋭い眼光がただ刺すようにこちらを睨んでいるのが分かる。
その影だけでも、私はそれが誰なのか、すぐに分かった。1番、来るはずないだろうと思っていた人物だ。
「はくしか、さま…………」
私の呟きに反応したのは、芹様だ。白鹿、という懐かしい名前に、信じられないように目を見開く。かつての同門、弟弟子。数年ぶりに見るその姿に、芹様も言葉を失っている。
「テメェ………誰だ」
「………お互いの名前なんて、興味ないでしょ」
「それもそうだ。じゃあ質問を変えよう。何しに来た?」
白鹿様はただ短く答える。
「返して貰いに来た。そこの女、こっちに寄越しな」




