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黒い疑惑

 その日もまた、私はここ最近の習慣と化した剣術の稽古を付けてもらう為、慣れた道を歩いていた。道場の前までやってきた時、何か様子がおかしいことはすぐに分かった。中から、啜り泣くような子供達の声と、大人の怒声が聞こえてきたからだ。


 私が慌てて中に入ると、いつもならみんなが元気に竹刀を振るうそこには、子供たちを必死に庇いながら立つ芹様と、その前に立ち塞がる男たちがいた。男たちは見慣れない姿ではあったが、一目見ただけで、よろしくない人間であることがすぐに分かった。


「早く返すもん返して貰わねぇと」

「こっちも困るんですよぉ、芹さん」

「ご、ごめんなさい。今月厳しくて………!」

「そんな事言われましても、こっちも生活が掛かってるんですわ。金が用意できないなら、用意する手段、教えて差し上げましょうか」


 男たちが一歩距離を詰めると、子供たちはまたワアワアと悲鳴をあげて、泣き出した。必死に芹様にしがみついているが、その芹様も体が小刻みに震えている。恐怖の中、それでも子供達を守らなければと、必死に己を奮い立たせているのだろう。


「例えばここの土地を譲ってくれれば、幾分かはチャラにできますよ。それでも足りませんけどねぇ」

「………と、土地は売らないと、言った筈です………」

「強情ですねぇ。こんな廃れた道場、守る価値なんて無いでしょう」

「…………っ」


 ぐっと唇を噛み締めて俯く芹様。強情なその姿に、男たちは更に詰め寄る。


「なら、お前さんが働くしかねぇな」

「は、はたらく………?」

「女でも稼げるいい仕事があるんですよぉ。ちょーっと裸になるだけですから。どうです?簡単でしょう?」

「………!!」


 そこまで聞いて、芹様は瞬時にその仕事が何なのかを理解した。真っ青になった顔を俯かせ、必死に羞恥に耐えている。ゲラゲラと下品な笑い声を響かせる男たちは、芹様だけに止まらず、子供達をも標的にした。


「それか、そこのガキを売り渡してくれてもいいですよ。子供の臓器って、高く売れますから。これくらいの人数なら、お釣りが返ってきますよ」

「そんな事、するわけ………!」


 歯向かう芹様に対して、男は拳を振り上げた。事態を飲み込むために、少し事の成り行きを見ていたのだが、黙って見ていられるのはここまでのようだ。一瞬、先程黒馬様と交わした約束がチラつく。『問題事には首を突っ込まない』。しかし、目の前の出来事に、見て見ぬふりをするなんて、できない。そんなことをしたら、芹様と子供達が………。


 芹様に向かって振り下ろされた拳は、間に入った私に受け止められ、勢いを失った。ぎゅっと固く目を閉じて身構えていた芹様が、恐る恐る目を開く。


「菖蒲さん………!」

「………この方たち、ここの門下生、という訳では無さそうですね」

「………なんだこの女………」


 男が拳に力を入れると、私もギリギリと、その拳を握る手に力を込めた。そして、無防備にも突き出されたままのその腕を脇に挟み、くるん、と軽々男の体を投げ飛ばした。どしん、と物凄い音を立てて体を床に打ち付けた男は、ゴホゴホと咳き込んでいる。ぽかん、とする芹様と子供達を前に、私は男たちに丁寧に促した。


「お帰りください。今から私の稽古の時間なのです。月謝も払っているので、時間を無駄にしたくありません」

「な、何なんだこの女………!」


 男は連れの男たちに抱えられながら、フラフラと立ち上がった。お帰りはあちらです、と笑顔で出口を指す私に、苛立ったように叫ぶ。


「こんな事して、タダじゃ済まねぇからな!」

「お帰りください」

「今晩必ず、もう一度回収に来る。その時に金が用意出来ていなければ………、分かってるよな」

「…………!」


 捨て台詞を残して去って行った男たち。やれやれ、と手を叩く私の足元には、一気に子供達………いや、私の剣術の先輩たちが群がってきて。


「すげー!!!」

「菖蒲、そんな強かったのかよ!!」

「オレにも教えて!!!オレたちも師範のこと守りたいんだ!!」


 キラキラと無邪気に光る目に囲まれて、私は困惑した。さっきまで芹様の後ろに隠れて震えていたというのに、何とも切り替えの早い。ちら、と救いを求めるように芹様に視線を移すと、芹様は少し憔悴した顔で苦笑していて、とにかく私は、彼女から事情を聞くことにした。









「見ての通り、です。父が作った多額の借金が、利子で余計に膨らんで………、首が回らなくなってるんです」


 きゃあきゃあと庭ではしゃぐ子供達の側で、私と芹様は縁側に座りながら、先程の騒動の説明を受けていた。どうやら、芹様のお父様がよくない所からお金を借りていたらしく、その取り立てが父親亡き後、娘の芹様に及んでいると。元々道場の経営も苦しく、返せるどころか更に借金は増えていくばかり。ここの所は、前にも増して取り立ても激しくなっているのだという。


「父が借金をしているなんて、知りませんでした。私の前では、いつも豪快に笑っていて、剣術が強くて、尊敬できる父だったのに………」

「芹様………」

「でも、今思えば………怪しいと思う点は幾つかありました。幼い頃、知らない大人が道場を出入りしてるのを見たり、お父さんが怖そうな人たちと話してるのを見たこともあります。私も子供だったからよく分かんなかったけど………。もしかしたらお父さんは、何か良くないことをしていたのかも………」

「………でも、それはあくまでも憶測に過ぎないのでしょう?」

「………確証は、ないです。でも…………もしかしたら………」

「もしかしたら………?」

「白鹿は、何か知っていたのかも………」


 今朝喧嘩したばかりの名前が出てきて、私は驚いた。疑惑がある、芹様のお父様の裏の顔を、白鹿様は知っていた?小説ような話だが、芹様にはそう感じるような記憶が残っているらしい。


「実の親子みたいだったうちのお父さんと白鹿は………、ある時を境に、全然話さなくなっちゃって。思い返してみると、白鹿の雰囲気が変わって怖く感じたのも、その頃だったような………」

「何か、お父様と関係がある、ということですか?」

「はい………。結局最後白鹿は、半ば追い出されるような形でこの道場を出て………、その後、軍人になったって聞きました」


 その辺りは、白鹿様本人の話を聞かない限り真実は分からない。けど、白鹿様のあの感じを見ると………。


(話してはくれない、よね………)


 過去のこと、特にこの道場に関してのことは、まるで無かったことのように、記憶に蓋をしているようだった。詮索するな、と釘を刺されたばかりだし、とても本人に聞く勇気なんてない。


「それよりも、菖蒲さん」


 色々と思案していると、芹様に名前を呼ばれて意識を彼女に戻した。


「何か武術をやっていたんですか?あの人たちを簡単に返り討ちにしてたから、驚いちゃって………」

「そういえば、言ってませんでしたよね。少しだけ護身術を………」

「なるほど。だから剣術の飲み込みも速かったんですね」


 そう言われて、そういえば、と私は違和感を思い出した。


「芹様だって、剣術があればあの程度の男、返り討ちにできたのでは?見るからに下っ端でしたし、負けるようには思えませんが………」


 そういうと、芹様は悲しげに道場に視線を移した。奥に見える物置部屋には、荒らされたような形跡があって、そこから壊されて無惨な姿になった竹刀が見えた。


「子供たちを人質にされて、思うように動けないまま、竹刀を全て壊されてしまって………」

「………なんて汚いことを………」

「今晩報復に来ると言っていましたし、もう、限界なのかもしれませんね」

「芹様…………」

「何とか苦し紛れに誤魔化してきたけど、これ以上取り立てが激しくなるようなら、子供達にも被害が出てしまいます。………諦めて、この道場を渡すしか………」


 悲しげに瞳を揺らがせる芹様に、私の中にも迷いが生まれていた。……どうする。これ以上、私はこの問題に踏み入ってもいいのか。黒馬様との約束は?みんな、私の事を心配してくれている。その気持ちを、私はまた無視するのか。


 でも、ここで知らないふりをしたら、芹様は。大事な道場を失い、彼女の身も、危ないかもしれない。頭の中で、色んな思いが交差する。


「は、白鹿様や黒馬様に相談を………」

「駄目!!」


 苦し紛れに出た結論は、あろうことか芹様の声にかき消された。縋り付くように、しがみ付くように私の肩を掴む芹様の表情は、必死だ。


「白鹿には、言わないで!」

「ど、どうして………!」

「もう、迷惑かけたくない。白鹿がここを出て行った時、私言われたの。こんな所、入らなければ良かった、って。あの時の冷たい目が、忘れられなくて………!」


 私の頭の中にも蘇る。今朝、勝手にしなよ、と吐き捨てて、すれ違い様に私を見る、あの目。こちらを拒絶し、心の底から軽蔑するような冷たい目だ。


「それに………、軍の人間が個人の問題に関わったら、処分が下されるかもしれない………」

「そんな………」

「ここを出てやり直した白鹿の人生を、また私が壊すなんて、そんな事できない………。白鹿はもうここを出てったんだもの。ここの問題は、もう白鹿には関係ない」


 だったらどうすれば、と狼狽える私の手に、ぽた、と雫が落ちた。目の前には、ずっと我慢していたであろう涙を溢す、芹様の姿がある。その姿を見た瞬間、頭が真っ白になった。


「お願い………!助けて、菖蒲さん………っ」


 ………無理だ。見て見ぬふりなんて、できない。


「………分かり、ました。私が何とかします」


 気付けば私は、そう芹様に約束していた。突然やって来た私を門下生として温かく受け入れ、剣術を教えてくれた師範と、幼き先輩たちの為に。


 それは、巫女としてではなく。


「一心流の門下生として、私がこの道場を守ります」

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