初めて喧嘩してしまいました
「みんなと食べないの?菖蒲」
「………はい。私は1人で食べますので、向日葵様は気にせず皆さんとお食事なさって下さい」
我ながら、何ともまあ大人気ないなとは思う。しかし、昨晩のあの出来事を受けて、何事もなかったかのように顔を合わせるなんて、私にはできなかった。
私の思いや自尊心を踏み躙るような言動。それに、無理矢理、あんな事………。
そうして、いつもなら私の定位置だった席は空のまま、黒馬様たちも食事を始める。勿論、そこには白鹿様の姿もある。
「喧嘩でもしたの………?」
見かねて向日葵様がおずおずと問い掛けると、これまた明らかに苛立った様子の白鹿様が、「さぁ。向こうが子供みたいにヘソ曲げてるだけでしょ」なんて、わざと私に聞こえるように言うものだから、ぷち、とまた1つ、私の堪忍袋の緒が切れる。
「平気で人の気持ちを踏み躙る方だとは思いませんでした。幻滅です」
売り言葉に買い言葉、と言った感じで、私と白鹿様は背を向けて、お互い別々の机に着いているというのに、激しくぶつかっていた。白鹿様はともかく、私がここまで怒りを露わにしているのは、黒馬様たちにとっても珍しいようで、言葉を失っている。
「白鹿、菖蒲と何かあったのか」
「………少しキツく言って聞かせただけだよ。また変な事企んでるみたいだから」
「変な事って………!」
黒馬様への説明も、白鹿様の主観ばかりで、黙って聞いていられなかった。勢いよく立ち上がり、振り向いた先には、相変わらず背を向けたままの白鹿様と、「まあまあ」と焦ったように仲裁に入る黒馬様の姿がある。皆さんの前だろうと何だろうと、私の感情は爆発して、抑えられなくなっていた。
「私の気持ちを無視して、頭ごなしに必要ないって言うのは、本当に私の為なのですか!」
「あ、菖蒲ちゃん、落ち着いて………」
「私は別に、守って欲しいなんて頼んだことありません!自分が蒔いた種は、自分で責任を取ります!その覚悟くらいあります!私に何があろうが、放っておけば………っ」
青兎様の静止も振り払って、言いたい事を続ける私の言葉が、聞くに耐えなかったのだろうか。白鹿様は突然立ち上がった。振り返った瞳は、初めて出会った頃のような、いや、それ以上に冷たく、軽蔑すら感じる。
「………もう勝手にしなよ」
長々と垂れた私の意見に対して、やっと返ってきた返事は、その一言。でも何よりも重く、突き刺さる言葉だった。そして私は漸く、我に返る。………最低だ、私。感情的になって、思ってもない事、言いたくない事言って。
去って行った白鹿様を追う気力も無く、俯く私の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる温もりがあった。泣くのを堪えながら顔を上げると、困ったような顔で私を見る黒馬様がいる。
「菖蒲、落ち着け」
「くろまさま…………」
今誰かの優しさに触れると、何だか泣きそうになってしまう。ぐっと奥歯を噛み締めて泣くのを堪えながら、私は漸くいつもの席に座り、皆さんに事情を説明した。剣術に興味があって、個人的に稽古を付けてもらっていること、昨晩、白鹿様に言われた事。………口付けをされたことは、何となく言い辛くて、そこだけは伏せた。
「みんなもちょっと過保護過ぎない?別に菖蒲は、危ない事しようとしてる訳じゃないんだよ?」
話を聞いた向日葵様は、そんな風に私が剣術を習うことを肯定してくれた。そもそも私が道場に通うことも向日葵様は協力してくれていた。しかし、黒馬様はすんなりと首を縦には振ってくれなかった。
「過保護だと言われようが、やり過ぎだと言われようが、俺は反対だ」
「どうしてよ!それじゃあ菖蒲が好きなこと何もできないじゃない!」
「………向日葵は知らないかもしれないが、菖蒲は何度も危ない目に遭ってる。横浜駐屯地で何をされたか、菖蒲も覚えてるだろ」
勿論、忘れるわけがない。目の前で紫狐様を傷付けられ、そのまま無理矢理連行され、私自身も拷問と呼べる暴力を受けた。あの時の恐怖と地獄のような日々は、一生忘れることは無いだろう。
「コイツが巫女である以上、今後も危険が付き纏う。俺は………もう菖蒲に危険な目に遭って欲しくない」
「それは………」
「俺たちの手が届くところで、大人しくしてて欲しいんだよ」
「それは分かるけどさ、今回のはただ菖蒲が剣術習おうとしてるだけじゃん!そこまで縛る必要ある!?」
向日葵様がそう捲し立てると、青兎様が溜息を吐きながら、向日葵は分かってない、とでも言いたげに過去の出来事を振り返った。
「変に腕っ節が強いから、俺たちは手を焼いてるんだよ。私も戦えますとか言って、1人でヤクザみたいな集団相手にされたり、どう見ても怪しいよく分からない依頼に飛び込まれたりしてみなよ。心臓幾つあっても足りないから」
「………菖蒲、そんな事したの?」
「そ、それは、その…………」
「これで剣術まで覚えたら、私は剣術も出来るので、とか言ってもっと無鉄砲になるに決まってる」
前科がある私の立場は、圧倒的に弱いようだ。おっしゃる通りで、と何も言い返せず小さくなる私に、向日葵様も言葉を失っている。やっぱり、剣術習うのダメなのかな、としょぼくれる私に、黒馬様は何度目か分からない溜息を付いた。
「………仕方ねぇな」
「え………?」
「今回だけは、許してやる。もう入門も勝手に済ませたみてぇだし………」
「え………、いいのですか………!?」
「その代わり、無茶なことはしない。問題事にも首を突っ込まない」
「はい!」
「後、俺たちに隠し事すんのはやめろ」
「ごめんなさい………、これからはもうしません」
そうして私は、黒馬様から道場に通う許可を貰った。青兎様と紫狐様は少し不安そうに、「いいのか黒馬」と確認していたが、黒馬様の判断は変わらなかった。
「白鹿も、言い過ぎたみたいだな」
「あ………、いえ、それは私もお互い様ですから………」
「アイツもアイツで、お前のこと心配してんだよ。そこは分かってやってくれ」
「………はい」
「俺からも言っとくから、ちゃんと仲直りしろよ」
「はい。今日稽古から帰ってきたら、謝ります。私、酷いことを言ってしまいましたから………」
反省しながら落ち込む私の頭を、黒馬様は再び撫でてくれた。少し恥ずかしそうに見上げると、黒馬様は優しく目を細めていて、ちゃんと謝ろう、と私の背中を押してくれていた。
そして、今日もいつもと同じ時間に、道場へと向かう私は、今日帰ってきたら白鹿様に謝る、という約束を、果たせないのである。




