第51話 何が・・・起こった?
王都東門に務めるアルオは何処にでも居る平凡な男だった。
剣の才能が多少はある程度で、魔法はからっきし。
頭脳の方も人様に自慢できる程のものではなかった。
ただ、人より真面目で努力家だったため3年前に王都東門の門番長という栄誉ある職につけたと自負している。
才能ある優れた者、強い者は騎士団でその実力を大いに発揮して欲しい。
自分達衛兵は民衆の傍に立ち、身近な存在として王都を守っていきたい。
これはいつもアルオが部下に言っている言葉であった。
そのようなところからアルオは「石の門番」と親しみを込めて呼ばれている。
由来は少々融通の効かない「石頭」なところから来ており、アルオ自身もその由来に気が付いているが、そこも含めてその二つ名を気に入っていた。
そんなアルオでも休み明けの朝一番の勤務は少々億劫であり、しかも昨晩は友人に付き合って珍しく夜遅くまで酒を飲んでしまい、頭痛や怠さと戦いながらの勤務であった。
アルオは東門全体朝礼での挨拶を終え、酔い覚ましを兼ねた巡回を行うために門と併設されている監視塔の梯子を登る。
頑丈に、なおかつ幅広に作られた梯子だが、軽装とはいえ鎧を装備した状態での登り降りは中々骨が折れる。
若い頃には気にも止めなかった事に苦労を感じてしまう。
(こういう細かいところ一つ一つから嫌でも歳を感じるな)
はぁ、と痛む頭に顔をしかめながらアルオは梯子を登りきった。
ぐっと腰を伸ばすと朝の爽やかな風が頬を撫でる。
それだけで先程まで感じていた体の怠さや頭痛が消えていくようではないか。
「門番長!おはようございます!巡回お疲れ様です!」
アルオに気が付いた若い兵二人が敬礼とともに出迎えてくれる。
それに「おはよう」と挨拶を返して監視塔から東へと目を向ける。
広大な平原には一本の大きな街道は遥か遠くまで続いており、その更に遠方には緑が生い茂る山々を一望することができた。
当然ここからは見ることが出来ないが、あの山の麓に温泉街アルーマがあり、少し前の連休にアルオは婦人とともにそこでゆっくりと羽を伸ばした時の情景を思い出す。
ちなみに一人娘も誘ったのだが年頃からなのか両親に気を遣ったのか、一緒には来てくれなかった。
フっと笑みを浮かべながらアルオは背後へと振り返る。
王城の次に高さがある監視塔からは王都の賑わいを見て取ることが出来た。
ここ東門からは東大通りとその周辺を確認することが出来、他の門、例えば南門からは南大通りを同じく一望することが出来るようになっている。
つまり、各方面の門の監視塔で城壁の内側と外側の両方を監視することが出来るという仕組みだ。
アルオは王都に伸びる監視塔の影に視線を落とした。
一日の始まりである朝に、自分の職場の所有である監視塔が一番王都に存在を示しているこの光景が彼はとても気に入っていた。
王都では東の監視塔のバックに登る朝日は美麗な景色として有名である。
残念ながら「沈む夕日と西の監視塔」には後塵を拝してはいるのだが。
などとアルオが物思いに耽っていると、唐突に背筋に悪寒が走り、咄嗟に腰の剣を抜剣して身構えた。
若い二人の兵がアルオの行動に何事かと驚愕の表情を浮かべたその刹那。
キィィィィン!
キィィィイン!
幾度も連続で甲高い音が響いた。
人を不安にさせるこの不快な音。
アルオにはこれの正体が何かすぐにわかった。
3年前に魔王が討伐される前には何度かあったこれは。
「敵襲だ!!場所は・・・北門付近!各門と本部及び騎士団に報告を入れろ!!」
「りょ、了解!!」
若い兵の一人が備え付けの魔道具で通信を開始する。
その間も断続的に結界の悲鳴のような音が辺りに響き渡る。
「も、門番長!か、街道に何かが!」
「何かとはなんだ!?」
部下の不明瞭な報告に対して叱責しながらもアルオは城壁の外、街道の方へと目を向ける。
そこには確かに報告の通り「何か」があった。
「な、なんだあれは・・・?」
早朝と言うには少し遅い時間とはいえ、街道には王都の方へ向かう行商人たちが大勢居た。
そして東門から200メートル程離れた街道上に黒い何か、あえて例えるとしたら黒い雲のようなものが浮かんでいるように見える。
浮かぶと言っても高度はおそらく地上から数メートルといったところだろう。
監視塔から見ると小さな雷雲が街道に落ちてきた、とその様にも見えた。
結果的にその例えは的を射ていたといえる。
アルオが呟いたその瞬間、激しい轟音とともにその黒い雷雲のようなものから空へと雷が落ちた。
いや、上ったと言うべきか。
「何が・・・起こった?」
「門番長!あ、あれを!!」
雷鳴のような轟音の影響で激しい耳鳴りがしているアルオに兵士の声が届く。
その兵士が指差す先には、先程までは小さな雷雲のようであった謎の物体がその大きさを数倍までに膨れ上げていた。
その黒い雲の中から。
大量の魔物が一度に飛び出した。
魔物達は文字通り血に飢えた獣のように街道にまだ残っていた人達に次々と襲いかかった。
ある者は胴から上を一瞬で殴り飛ばされ、ある者は腕を食われ、ある者は倒れた所を叩き潰され。
東門の街道近辺は一瞬で地獄絵図となっていた。
アルオが確認した限りでは熊型や犬型、他にも鳥など、主に動物系の姿形をした魔物が多いように見える。
ただ、大きさや凶暴性は普通の動物とは比べるべくもなかったが。
「全衛兵に告ぐ!!出来るだけ多くの者を救え!!結界内にさえ入れば魔物共は追ってくることが出来ん!!繰り返すーー」
監視塔上部から発せられたその命令は、しかし繰り返されることはなかった。
アルオが繰り返し命令を下そうとしたその時、今まで鳴っていた甲高い音より更に大きな音が響いた。
その直後。
王都の空からキラキラと光の粒子がまるで雪のように舞い散ってきた。
その幻想的な光景に一瞬惚けてしまったアルオだったが、すぐに何が起こったのかを察する。
可能性としては考えたことはあったが、まさか「それ」が本当に起こる事態になろうとは夢にも思っていなかった。
「な、なんだと!?王都の結界が破壊された!!城門を閉めろ!!門の外にいる者は早く王都に入れー!!繰り返す!城門を閉めろ!!魔物を王都に入れるな!!」
東門付近に響き渡る大声で命令を飛ばしたアルオは魔道具で報告を入れている若い兵士に騎士団と冒険者組合に応援と報告を入れるように指示して監視塔の梯子を急いで降りる。
上から見たところ、魔物の数は数百はくだらない。
しかもあの雷雲からまだまだ湧き出ているように見えた。
(今すぐ持ち場につける兵は数十名。そのうち弓が使えるものが半数か。城壁上から射ってみるが、あの数だ。足止めにもならないであろう)
兵に次々と指示を出しながらアルオは背中に冷たい汗を流した。
(応援が来るまで持ち堪えられるか?)
彼の30年を超えるキャリアの中で間違いなく一番の窮地であった。




