第52話 差別は良くないよジャス君
東門で起こった突然の魔物の大氾濫は北門以外の3箇所全ての門でほぼ同時に起こっていた。
王都の玄関口を守る門番達の働きで魔物を王都に入れること無く各方面とも城門の閉鎖に成功したが、この時点で王都に逃げ切れなかった街道の少なくない人々が魔物達の餌食となっていた。
しかし、何処か一つでも城門が決壊すると魔物が王都になだれ込み、今よりも遥かに被害が大きくなるという危機的状況に変わりはない。
未だに増え続ける魔物達に各門の門番達がいつまで耐えられるか。
騎士団や冒険者達の応援が間に合うのか、間に合っても状況を打破することが出来るのか。
王都の民の命は時間との勝負の上に預けられていた。
一方、唯一魔物の発生していない北の城門付近。
「楽しくなってきたねぇ、ジャス君!」
城門の外側では魔人と何でも屋の戦いが始まっていた。
ヴァルディマは笑い声を置き去りにしてジャスに一瞬で肉薄すると手刀を一閃。
それを身を捻って躱すとその回転の勢いを載せて伸び切った魔人の腕を左の短刀で斬りつける。
自身の突きとジャスの斬撃の勢いが相まってヴァルディマの腕は回転しながら「また」切り落とされて宙へと舞う。
「ちっ」
苛立たしさに舌打ちをしたのは斬撃を振るったジャスの方だった。
先程から何度か四肢を斬り飛ばしているのだが、どれもダメージを与えられた様子はない。
それどころか斬った手応えすら感じられていなかった。
後方に飛び退り、既に元通りになっている腕を回しながらヴァルディマは笑う。
「おいおいジャス君。この戦い方は君の得意技だろ?そんなに嫌そうな顔をするものじゃあないよ」
確かにそのとおりだ。
分身や幻影を扱い相手の攻撃を躱して反撃を行う。
不意打ちが出来なかった時によくするジャスの戦闘スタイルだ。
腕を斬り飛ばされるという悪趣味な演出はしないが。
「偉大な魔人の貴族様が下等な人間の猿真似なんかして良いのか?」
「こらこら、差別は良くないよジャス君。ワタシは人間を下等などとは思っていない。居てもらわないと食料としても娯楽としても困るじゃあないか」
それに、と続ける。
「一度ワタシを倒した君が使う戦法だ。取り入れられるなら取り入れるさ。まぁ、君程上手く扱えていない幼稚な技だからお披露目するのはお恥ずかしい限りだがね」
「確かに、な!」
最後の言葉と同時に後方に短刀を振るうジャス。
音も立てずに迫っていたヴァルディマの片腕が無数の斬撃によって細切れになり、小さな黒い塵となって消えていった。
その様子にヴァルディマは眉間にシワを寄せて不機嫌そうな声を漏らす。
「今のは上手くいったと思ったんだがね。やはり本家である君を相手にいきなり実戦というのは些か無理がある話だったかな」
「勝手に本家認定するな。俺は腕だけで襲いかかるような気色悪いことはしない」
口ではこう言いながらも有効なタイミングがあれば割と手段を選ばないのがジャスという男である。
選択肢の一つとしてそっと頭の片隅に入れてヴァルディマの方に向き直る。
「それで、何が目的だ?」
その言葉にヴァルディマはツマラなさそうにため息をつく。
「それはさっき言ったよ。君に復讐するためだってね。自分を殺しかけた者に復讐。ありふれた話だがその分、誰もが納得をする理由だと思うがね?」
「それならあの島でさっさと殺しておけば良かっただろ?」
あの島とは勇者リオンと一緒に破壊したシーマ海岸の魔人アジトのことだ。
そこでジャスはヴァルディマと再会している。
あの時は何故か一緒に紅茶を飲むことになったが。
「ジャス君、それは本気で言っているのかい?そんなアッサリと殺してしまっては復讐にならないじゃあないか。やるからには倍返し、いや10倍くらいにして返さないとね」
そう言って口の端を釣り上げると同時に両手から無数の火の玉をジャスの左右それぞれの上空に放った。
目標はジャスではなく、城壁の内側。
王都そのものだ。
ジャスは一瞬だけ後方に目をやると地面を足でトンと叩いた。
刹那、地面から伸びた2本の土の柱が城壁を越えようとしていた火の玉全てをかき消した。
「おぉ〜やるねぇ。無駄の全く無い見事な魔法だ。やはりこうでなくちゃね」
賛辞を贈り微笑むヴァルディマを取り囲むように先程の数倍の数の炎の塊が浮遊する。
その炎の塊はたった一つで人間をこの世から消滅させるには十分な熱量を持っていた。
「さあ!頑張るんだジャス君!君への復讐に無辜な民草が巻き込まれないようにね!!」
城壁を超える放物線を描く炎。
ジャスはそれを食い止めるために城壁上まで飛び上がり、その一つ一つを叩き落としていく。
その絶望の光を放つ炎にたった一人立ち向かう彼の姿を王都の多くの者が目にした。
ジャスの長い一日はまだ始まったばかりだった。




