第50話 いやぁ格好良いじゃあないか
やれやれ、と服に付いた埃を手で払うとヴァルディマはニコリと冒険者達の方へ笑顔を向けて手を差し出した。
「お礼に良いものを見せてあげましょう。きちんと防がないと結界が壊れてーーおおっと!」
伸ばされた手の先に強大な魔法の渦が出現し、それが街に向かって放たれようとした瞬間、ヴァルディマは焦ったようにその場から大きく飛び退った。
一瞬前まで彼が居た所には両手の短刀を振り抜いたジャスが悔しそうに舌打ちをしていた。
爆発に乗じ、城壁を飛び越えて後方からの不意打ちだったが残念ながら失敗。
ジャスから10メートル程離れたところに着地したヴァルディマは腕の魔法の渦はそのままに不満を口にする。
「いきなり後ろから斬りかかるとか危ないじゃあないか。当たったら怪我しちゃうよ」
冒険者達十数人の全力を涼しく受け止めておきながら軽い口調で不平を言う。
「さっきみたいに俺の攻撃も当たってくれたら嬉しいんだけど?」
「バカを言っちゃイケナイ。君の攻撃はワタシに通用するじゃあないか。過去にヒトを殺しかけておいて全く酷い男だよ」
言葉の内容とは裏腹に楽しそうに首をすくめるヴァルディマ。
ジャスは目の前の魔人から目をそらさずに結界内の剣士に声をかける。
「オッチャン。ここは俺が時間を稼ぐからそこの怪我人の避難と騎士団を呼んできてくれないか?」
「・・・な、何を言ってんだ!コイツには俺らの攻撃が全く効かなかったんだぞ!早く結界内に戻ってこい!」
呆気にとられていた男だったが、ジャスの言葉に我に返って叫ぶ、
ジャスは中年剣士の優しさに思わず口元を緩めながら説得を続ける。
「俺なら少しはこいつの相手が出来る。だから頼む。あ、その代わり早くしてくれよ。長時間は持たないから」
安心させるようにジャスは冗談めかす。
実際に長時間抑えることは出来そうにないので本音ではあるのだが。
リーダー格の剣士は俯いて逡巡するが、すぐに顔を上げると仲間に声をかけた。
「おい野郎ども!聞いたとおりだ!ここはあの兄ちゃんに任せて俺らがやれることをやるぞ!!」
「おおおお!!」
「死ぬなよ!若いの!!」
冒険者達が街中へと駆けていくのをジャスは背中越しに感じ、少しだけ安堵した。
これで多少は被害を抑えることが出来るはずだ。
「兄ちゃん、最後にあんたの名前だけ教えてくれ。冒険者じゃないだろうし一体何者だ?」
他の者去った後、剣士の男が尋ねてきた。
早くこの場を去って欲しいジャスは手短に「ジャスだ。何でも屋をしている」と答える。
「じゃあ、頼んだぞジャス!無事に帰ってきて酒を奢らせろよ!!」
そう叫ぶと今度こそその場から離れていった。
その様子を眺めていたヴァルディマがジャスに向かって笑いかける。
「街を守るために単身強敵に立ち向かう。いやぁ格好良いじゃあないか」
「強敵を追い払えるともっと格好良いいだろ?だからこのまま何処かに去ってくれるとありがたいんだけど?」
軽口に同じく軽口で返す。
あっはっはっは、と辺りに愉快そうに笑うヴァルディマの声が響き渡った。
そして視線をジャスに戻すと一転、身が凍りそうなほどの殺気を含んだ笑みでその申し出を拒否した。
「それは出来ない相談だね。ジャス君、ワタシが何のために君と再会したのかわからないかね?」
「さぁ、なんでだろうな」
ビリビリと刺すような殺気に全身に鳥肌が立つ。
基本的に暗躍、不意打ちが得意なジャスは今のように正面から敵と相対することはほとんどなかった。
しかし今、自分より格上の者と睨み合っている。
勝機は正直薄かった。
「シーマの孤島で再開した時にワタシは言ったはずだよ。「復讐」のためってね」
その言葉が終わるやいなや集められていた魔力の渦が破壊の奔流となりジャスに襲いかかった。
ジャスは一瞬も躊躇うこと無く、自らその奔流に飛び込むと両の短刀をクロスするように振るう。
破壊の化身のような圧倒的な気配を持った魔法が、たったそれだけで何事も無かったかのように周囲に霧散していった。
「当たり前のように魔法を斬るなんてね。本当に君は勇者達並に常識外れだ」
「お褒めに預かりどうも」
「それじゃあこれならどうする?」
ヴァルディマは不敵に笑うと、パチンと指を鳴らす。
その瞬間、遠くで魔力と空間が歪む気配がした。
しかも三箇所で。
「お前、何をした!?」
一気に距離を詰めてヴァルディマのに斬りかかる。
当然避けられるので、その避ける先を予測。
そこに分身2体による斬撃。
それに加え、遠距離からの炎の槍による集中砲火を行うが、その全ては軽くヴァルディマが腕を振ることで消滅してしまった。
「なぁに、少々魔界の扉を開いただけだよ。数時間もしたら閉じるから安心して欲しい。それに魔人や強力な魔獣は通れない程度の門だ。・・・ただ、それ以外の魔獣は際限なく湧いてくるけれどもね」
「まさかそれを街中に!?」
「あっはっはっは!結界があるのにそんなことが出来るわけないじゃあないか!それにワタシは意外と礼儀正しいんだよ?つまり、門を設置するのは、門の前だよ」
先程感知できた歪みは三箇所。
つまり魔界の門が開いたのは。
「ここを除く全ての門か」
「当たりだよジャス君。そしてこれで仕上げだ!」
ヴァルディマの言葉を合図に、千をいや万を超える数の真っ黒な闇で出来た槍が一斉に王都へ向かって発射された。
瞬時にジャスが反応するが叩き落とせたのは1割にも満たず、残りは全て王都の結界にぶつかり、辺りにガラスが擦れるような不快な甲高い音が響き渡る。
そして。
パキィィィィィン
何かが割れるような音と共に、キラキラと光の粒子が王都全体に降り注いだ。
それは幻想的で、非現実的で。
絶望的だった。
「さて、結界が無事消滅したわけだが。ジャス君はどの門が最初に落ちると予想するかね?」
王都の最も長い一日はまだ始まったばかりであった。




