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Villain:Side  作者: 昼の星
23/55

023,Hunters Guild scene1

「ラビちゃん、元気でね」

「うん、みんなも元気でね!」


 翌日、村を出発しようとすると、村の出入り口には十人弱の村人がラビを見送ろうと集まっていた。どうも男が魔物と死闘を演じている間にファンを増やしていたらしい。漏れ聞こえてくる会話を聞き取ったところによると、ラビはもともと高貴な生まれであり、策謀に巻き込まれて奴隷に落とされたのを男に救われたということらしい。昨日持ち出した宝石は、母の形見なのだそうだ。一体どこの世界に魔物の手を形見の宝石で買い取ろうとする元お嬢様がいるというのか。男には理解できなかったが、妄想を繰り広げるのは自由である。

 男はすでに出発の準備を終えて佇んでいる。仮面は村の雑貨屋で用立てた。どこかひょうきんな印象のもので気に入らなかったが、紛失したものは結局、岩の下敷きになって破壊されていたし、他に選択肢がなかったのだから仕方がない。もしも仮面を着けずにセレネ一行と出くわしたら、その時点ですべてが終了してしまう。


「よくわかんねぇけど、あんたも大変そうだな……」


 冷めた目で村人たちと抱き合うラビを見つめている男の傍らでそう口にしたのは、昨日魔物の元へと案内してくれた山男。

 魔物が打ち倒されて湧き上がる村人たちの中にあって、どうにも浮かない顔をしていたのがこの山男だ。

 件の魔物を退治する目的と意味を知っている数少ない村人である。男が脇に抱えた魔物の手を、山男はなんともいえない表情で見つめていた。

 あの魔物を殺してしまって本当によかったのだろうか。おそらくはそんなことを考えているのだろう。だがすでに魔物は殺されてしまったのだ。取り返しはつかない。


「まぁ……」


 そうした山男の心情を推測はしていたが、男はそれ以上何も口にはしなかった。今回の一件は、魔物を駆除してくれとの依頼があり、金のためにそれを受けたに過ぎない。その結果がどうなろうと、知ったことではないのだ。

 男が魔物を排除したことにより、山の開拓が進み、いつか町ができるかもしれない。貴族の住み暮らす邸宅が建つかもしれない。もしくは生態系のバランスが崩れ、件の魔物以上に厄介な存在が跋扈するようになり、村が危機に晒されてしまう可能性だってゼロではない。なんにせよ、この先のことはこの地に生きる彼らが考え、対応していくだろう。


「じゃあな」


 男は歩き出した。


「あ、おい、いいのかよ」


 山男が慌てて村人に囲まれているラビのもとへ走った。

 早朝に独特のひやりとした空気が頬を撫でる。


「ちょっと、置いてかないでよ」


 昨日の今日で質素な村娘然とした姿から、妙に着飾ったような印象になったラビが駆け寄ってきて男の隣に並んだ。いつのまにか、荷物を入れるためらしい鞄まで肩に提げている。


「なんだ、あの村で暮らすのかと思った」


 男は脇に抱えていた魔物の手をラビの頭に載せた。大きな手はラビの頭をすっぽりと包んでしまい、魔物が村娘を鷲掴みにしているかのようだ。


「ちょ、重いんだけど。せっかく綺麗にしてきたのに獣臭くなるでしょうが」

「てめえの荷物だろうが」

「こんな重くて臭いもの、持ってられないから」

「ならなんでちょうだいなんて言ったんだ」


 魔物の手を載せた頭をぐりぐりと男に押し付けるラビ。それをいかにも面倒そうに押し返す男。二人は共に旅をする仲間ではないが、事情を知らない村人たちは、いったいどんな目でこの様子を見送っているだろうか。どうせまた、あらぬ妄想を繰り広げているに違いない。



 次なる町に辿り着いた。

 ラビと同行するきっかけとなったあれやこれやのあった町から魔物駆除をした村までとそう変わらない距離を歩いたが、ラビも旅慣れたのか、はたまた旅に向いた格好を手に入れたからか、村までの道中のようにあれこれ騒ぐことはなくなっていた。

 魔物の手は途中で調理され、骨だけになってラビの頭の上にある。大きくて邪魔なので、載せて歩くのが楽だからだ。とはいえ骨だけではうまく頭に載らないので、いまはその下に同じ魔物の毛皮をかぶっている。毛皮はラビの背中あたりまでを隠す長さがあり、その下から腰まで伸びた金髪がのぞいている。

 服装は多少、華美だが結局は村娘だ。はっきり言って奇妙な格好だが、それを指摘するものは道中に存在しなかった。

 しかし昼間の町中ともなれば事情は変わる。当然、奇異の目で見られる。そもそも、汚れていなければラビはかなりの美少女だった。魔物の骨にぎょっとして怪しげな魔術士かなにかかと思えば、金髪碧眼の可憐な少女がそんな格好をしているのである。隣に立っているのが妙に愛嬌のある仮面をかぶった怪しげな男であることもまた、市井の人々に困惑を振りまくのだった。

 とりあえずギルド、は、今回は道中で懐を暖められたこともあり後回しにし、宿の二階に部屋を取る。さてこれからどうしたものかと、気に入らない仮面を放ってベッドに腰掛けた男が考えていると、ラビはさっさとどこかへ出かけて行こうとしていた。去り際、


「勝手にいなくなったらギルドに依頼してセレネに探してもらうから」


と言い残すことは忘れずに。


「好きにしろ」


 ぞんざいに返事をしたあと、男はベッドに倒れこんだのだった。

 ふと気がつくと、いつのまにか部屋が暗くなっている。


(やべ、やらかした)


 適度に温まったベッドから身を起こす。なんとなく焦燥感に駆られながら、何か忘れていることがないか思い返す。が、ギルドで依頼を受けたわけじゃなし、約束を交わすような間柄の人間がいるわけじゃなし。

 そういえば戸締りなどの確認はしていなかった。が、侵入者がいて気がつかないほど間抜けではないはずだった。もしそこまで鈍ったのなら、もうハンターとしてやっていこうとも思わない。逆に、気づかれずに侵入する者がいた場合は、それはもう目が覚めていたとしても敵わないような相手だ。どうしようもない。

 そういえば、部屋に戻ってくるはずの人間がいたような気がした。今回もべつに部屋は分けていない。自分で勝手に部屋を取ればいいだろ、と言ったが、別にいっしょでいいし、と返してきたのはラビのほうだった。

 もちろん、どこでのたれ死んでいようが構わない。懸念材料があるとすれば、トラブルの際に自分の名前を出される可能性があるかどうか。

 そう考えると、いまのうちに宿を変えるのもひとつの手かもしれない。ラビの言葉でどこぞの裏組織が何かしらの目的を持ってラットなるハンターに接触を持とうとするも、部屋に踏み込んだらもぬけの殻。そんな奴はいなかったぞ、となるわけだ。


「ふっ」


 思わず乾いた笑いが漏れる。暗くなるまでに戻ってこないだけであれこれ想像を巡らすなど、まるで子供を心配する親のようではないか。万一の危険を回避するためとはいえ、あんな奴のことを近くにいないときにまで考えるなんて真っ平ごめんだ。

 部屋の窓を開くと、いずこかの喧騒が遠く聞こえ、どこかで点されている灯りが暗い夜空を地上から照らしていた。昨今、魔石を一種の燃料として扱う技術が広まってから、発展した町の夜は以前と比べて格段に明るくなっていた。

 時刻はまだ宵の口といったところか。野外であればこの時間から動くことはそうそうない。地形の把握が困難だし、夜行性の魔物は人間とは異なる感覚に優れたものが多くて厄介だ。

 しかしここは外壁に囲まれた町の中。夜の森や山に比べれば格段に安全といえる。場所によっては馬鹿に絡まれることもあるだろうが、そんな輩はまず警戒するに値しない。

 とりあえず空腹を満たそうかと思い立ち、部屋を出る。この町の構造はまったく知らないが、喧騒や灯りを目指していけば何かしらあるだろう。どこからともなく漂ってくる食欲を掻き立てる匂いを辿るのも悪くない選択ではないだろうか。

 次第に通りに人の姿を見かけるようになる。ぼんやりと歩いていると、ふと、視線の先にラビの姿を捉えた気がした。それはたんなる見間違いだったのだが、見間違えた自分が厭わしくて、男はその後、珍しく食事の際に酒を頼んだのだった。



 何の建物なのかよくわからないが、路地裏の出っ張りを足場にして跳躍し、屋上へと昇る。だらだらと食事を済ませて店を出てきたが、酒のせいで妙に暑苦しく、すぐに宿に戻る気にはなれなかった。屋上に出ると風通しがよくなり、気持ちがいい。ただ、屋上まで昇ったせいか、はたまた酒のせいか、おそらくはその両方の原因でもってドクドクと響く鼓動の音が妙に速くて耳障りだった。


(これだから酒は嫌なんだ)


 もともと弱いのだ。ハンター間にも市井と同様、酒に強い者が男らしい、格好いいという風潮がある。その点はコンプレックスとして男は捉えていた。遠い昔、駆け出しだったころのことは思い出したくもない。だがそもそも嫌いなことも嘘じゃない。なのに、不思議と今日は少しだけ呑んでみようかと思う日があるのだ。たいていは今と同じように後悔するはめになるのだが、忘れたころにまた同じことを繰り返してしまう。

 かつて酒場で我を失っていた男どもを思い出す。ろれつも回らなければ、まともに立って歩くことすらできず、意思疎通もかなわない。あんな醜態を晒せるのはいったいどうしてなのかと不思議でならなかった。そんなへべれけが仲間らしき者たちに介抱されていた姿も思い出し、愚かであるとも言い切れずに男は深く長く息を吐いた。いまいち静まらない鼓動が煩わしい。

 夜空を見上げると、まだまだ煌々と点っている街明かりのためか星はあまり見えなかった。

 視線を落とす。

 と、遠目に、数人の男に引き摺られるようにして路地裏に連れ込まれていく女性の姿が目に入った。


(お盛んなことで)


 あくびをして、頭を掻き毟る。

 男は屋上から降りると、そのまま宿へ戻り就寝した。

 翌朝目を覚ましても、部屋にラビの姿はなかった。

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