024,Hunters Guild scene2
日課を終えた男は、世の中の暇を持て余したハンターたちの例に漏れず、とりあえずギルドを目指した。はじめて訪れる町で、どこに何があるかなど一切知らないが、ギルドを見つけるのは容易だ。
ギルドはほとんどの町で、入り口付近の大通りに建てられている。人の出入りが激しく、またそこに余所者も多いことから、わかりやすい場所に設置されている、ということらしい。断言できないのは、基本的に相互不可侵であるギルドを防衛のための壁として使いたい為政者の思惑も透けて見えるからだ。そういう意味では、だれしもにとって都合の良い立地、ということになるだろうか。攻めこもうとする侵略者にとっては邪魔かもしれないが。
とにかくそんなわけで、自分が入ってきた町の入り口を目指しつつ、近場の大通りを歩くいかにもな風体の人間に目星をつける。後はついていくだけ。それだけでどんなに大きな町でもギルドには辿り着ける。そもそも適当な宿に泊まろうと思えばその近場になるのだから、いよいよもって迷うほうが難しいというものだ。
そうして辿り着いたギルド。相変わらず大きな建物である。あらゆる国、土地に支部を置き、無数の荒くれ者共を操って金を吸い上げている巨大組織だ。下手な国より強大な存在に思えるが、もともとはなにやら理念があって立ち上がった組織だということで、各地の為政者になにかと便宜を計らいつつも存在を容認させているらしい。
かつては魔物が現れた、もしくは現れるからそいつを退治しに行くというのが依頼のメインだったそうだが、現在はむしろ、これこれこういう魔物を狩ってきてほしい、なんて依頼が多く見られる。いくつもの巨大な町を築くうちに、町に住み暮らす人間たちにとって、魔物はもはや身近な脅威ではなくなっているらしい。
だからといって、肩寄せあって安寧に生きていけないのが人間だ。大きな町では、人間を襲う人間が頻出する。当然、たいていの土地ではその地の領主が私兵でもってそうした犯罪者を取り締まっているが、町から町へ移動を繰り返されれば、それを追いかけることは難しい。それはそうだろう。別の土地の武装した人間が、犯罪者がでたからといっておいそれと他人の領地に踏み込めるはずがない。下手をすれば侵略行為と見なされ、戦争の始まりだ。たとえ国を跨いでいなくとも、何かと軋轢はあるものだ。
そこで生まれたのが、魔物ならぬ、人間を狩る依頼だ。犯罪者に賞金を掛けてハンターに捕まえてもらおうというもの。賞金の出所は直接的な被害者であったり、その土地の領主であったり様々だが、ことさらに凶悪な者に対してはギルドからも金が供出されている。被害者の金持ちがやたらと大きな金額を提示したりすることもあるので一概には言えないが、だいたいは金額が大きいものほど凶悪犯ということになる。凶悪さの内情についてはまた様々あるが。
当然のことながら、賞金をかけられている犯罪者などは氷山の一角と言え、犯罪の露呈していない悪人や、犯罪自体は明らかになっていても犯人として知られていない悪人なんてのはごまんといる。ちなみに男もそのひとりである。バンディは強盗行為の中で何人もの人間を殺めた立派な凶悪犯だ。
一方で、一介のハンターであるラットはと言えば、そんな賞金首たちの情報を記した掲示物を、一応目を通してみるかという程度の気持ちでぼんやりと眺めていた。
結局、めぼしい依頼も、そして手配書も見つけることはできなかった。どうしたものかと、思わず朝のギルドで黄昏ていると、妙にハンター連中から視線を向けられる瞬間があることに気づく。町の住民ならばいざ知らず、ハンター連中が仮面ごときをそんなに気にするものか? と疑問を抱きつつも、男はギルドの出口へと向かう。そのとき、
「っ!」
「った! ちょっと、気をつけなさいよね!」
衝撃を感じて一歩後ずさる。目の前には、いつのまにか茶髪の女が立っていた。
動揺した。いくら街中で警戒を緩めていたからといって、まったくの不意打ちで人と衝突するなんてことがあるとは思っていなかった。
いつぞやの有象無象と肩先が掠めたなどというレベルではない。完全に互いの進行方向がかち合い、反発するようにぶつかったのだ。
「なんとか言ったらどうなの? ふざけた仮面なんてつけちゃってさっ」
茶髪の女は男の仮面に向かって無造作に手を伸ばした。男は軽く上体もそらしてそれを避ける。
「は?」
伸ばした手が空を切った次の瞬間、僅かに距離を取った女が首を傾げた。表情は困惑よりも不愉快さに歪められているようだ。
「なんなのアンタ?」
「見てのとおり、ただのハンターだ。お前こそいきなりなんなんだ」
対する男も不愉快さを隠さない。避けられはしたものの、女の手を避けるのはぎりぎりだった。
互いに互いの身なりを観察し、距離をとって出方をうかがう。
女は細身で、腰にはいたって標準的な大きさの剣を差し、小回りの利きそうな手盾を携えている。いかにもありふれた軽戦士といった装備で、服装もそれに準じている。全体に質が高く、良い装備だ。いささか綺麗に過ぎるようではあるが、決して使い込まれていないわけではない。領主に仕える騎士かなにかかとも思ったが、それにしてはどうも違和感がある。
対して、男のことを女の目線で見ればどうなるか。怪しげな仮面に着古された服。そこかしこの擦り切れたマントの下には安物の剣。
うだつの上がらない低ランクの掃き溜めハンター。もしも道端ですれ違っただけならば、二秒と記憶に留めていなかったはずの存在。そんなところだろうか。
「ふん……アンタみたいな、理想も何もないハンターくずれに関わった私が馬鹿だったわ」
女が構えを解く。気持ちが落ち着いたのではなく、理性で抑えつけたのだろう。その仕草からは機嫌の悪さがうかがえる。
「はっ……人にぶつかっておいていきなり食って掛かるのが高い理想を持ったハンター様のやることかよ。ちゃちな花飾りなんて着けて浮かれやがって」
男がそう言った途端、空気が変わった。
構えを解いて直立している女から、構えていたとき以上の明らかな怒気が発散されているのだ。
女のこめかみのあたりには小さな白い花の髪飾りが着けられていた。それは実用性を阻害しない範囲でわずかな飾りが盛り込まれた他の装備品とは異なり、明らかなただの装飾品。もしも女が武装しておらず、町娘然とした格好でもしていればきっとよく似合ったに違いない。しかし、ささやかな花の飾りは、武装した状態では少し浮いて見えた。
「おまええええ!」
拳を振り上げて、女が猛然と殴りかかってくる。その動きはやはり速く、余裕を持って捌ききることはできない。動作が流動的で淀みない。女がどれだけ研鑽を積んでいるのかがよくわかる動きだ。
「チッ」
怒涛の攻勢に男は受けに回る。隙があれば反撃を叩き込もうと狙いはするが、なかなかその隙を見出すことができない。
流れるような中段の回し蹴りを受け止めると、それを見越していたのか女はすでに宙に浮いており、もう片方の足による鋭い蹴りが急角度で男の顔目掛けて飛んでくる。
間一髪のところで顔を背けて直撃を避ける。直後、互いに距離を置いたのと同時に、何かが床に落ちてカツンと硬い音を立てて転がった。
「ふん! わざわざ変な仮面で隠しているからどんなに酷い顔をしているのかと思いきや、全然普通じゃない。くだらない」
男は嗤った。
それは傍目にはただ口の端をわずかに歪めただけに見えたかもしれない。
男の腹の底に、怒りとともに欲望がわきあがってきたからだ。普段からあまり強い欲望を持たずに、持てずに生きている男だ。それが今、かつてソルという少年を前にしたときと同じように、強い欲求に駆られていた。
「ッ!」
今度は男が拳を振り上げ、女に殴りかかった。硬く握られた拳が整った女の顔面ぎりぎりを通過し、さらさらの茶髪を躍らせて通りすぎる。男の拳は空を切ったものの、少しでも反応が遅れていれば、女は顔面を歪められて床に倒れ伏していたことだろう。
距離を取った女と、それを視線で追いかける男。両者の視線がぶつかり、空気が張りつめる。
朝のギルドである。周りにはたくさんのハンターたちがおり、二人が諍いを始めた当初はすぐ近くを人が通り過ぎていたりもしていた。
ギルドでの揉め事といえば囃し立てるのがハンターたちの通例。もちろん始めはそうしていた。それがいまは、ギルドの職員までもが一緒になって、距離を置いて状況を見守っている。
もしどちらかでも武器を手にしていたら、さすがに職員も決死の覚悟で止めに入っただろう。そもそも、呼びかければ少なくとも女の方は矛を収めてくれる公算があるのだ。
女は怒り心頭に発してはいるが、それでも剣を抜いては駄目だという自制心が生きている。
一方の男はと言えば、女の側が武器を持ち出さないのだから、自分も使うまいと考えている。
こいつを叩きのめしたい。
力尽くで捻じ伏せ、何らか抱いているらしい矜持を踏み躙りたい。
そのためには、相手が素手である以上、自分も素手でこれを打倒しなければならない。そう考えてのことだ。
男の雰囲気が変わったことを感じ取った女が、思わず魔力を操作しようとしたそのとき、
「何をしている。エアデール・レイクサイド」
ギルドの入り口から、威厳を感じさせる低い声がかけられた。
男から視線を外して声のかけられた方を見た女はばつが悪そうに構えを解き、直立した。男もそれを確認し「チッ」と舌打ちをすると構えを解く。
ギルドの入り口には、男よりも一回りは体の大きな壮年から中年くらいの大男が立っていた。その立ち姿は堂々としていて、声の印象も含めて見るものに威厳を感じさせる佇まいだった。
「軽率だった。申し訳ないことをした」
そう言って茶髪の女は周囲を囲む人間に対して頭を下げた。謹厳さを漂わせる美しい姿勢。
それを目にした男は踵を返し、ギルドの出入り口へと足を向けた。




