第19話
その人間は女性でまだ若いように見えたが、髪の毛はとても乱雑に切られていて、身体中に痣が出来ていて痛々しい内出血の跡や腫れてコブになっている箇所もあちこちにあり、手足の爪も剝がされていた。
一体何故この人はこれ程までに惨い仕打ちを受けたのだろうか……
20秒程で治療が終わると、全ての傷は完全に消え去り、まるで別人のような状態になった。
「どこか痛むところはありますか?」
「い……、いいえ……、いいえ! ありません! 痛みが! 痛みがなくなりました!」
その声は良く通る美しい声で張りがあった。
「あっ!」
さらにその女性は、目に巻かれた包帯を素早く解いて目を開けた。
「見える! 目が見える! ああ! 私の目! 指の爪もある! ああ! あああ!」
女性は両手で顔を覆って号泣した。
そのまましばらく私は見守り、やがて泣き止んで落ち着いた女性は、そこでようやく私の顔を見上げた。
その顔は魔法人のように美しかったが、魔法人は幼い少女の姿であるのに対し、目の前の女性はその身体つきも含めて成人女性のようだった。
綺麗な金髪の髪に長いまつげの目の瞳の色は美しいエメラルドグリーンで、鼻筋がスッと通っていてやや薄い唇と合わせて凛とした表情を形作っていた。
「あたなは……、あなた様は魔王ですか?」
「分かりますか?」
「はい、そのお姿は紛れもなく魔王です、まだとても若いお姿だとお見受けします、しかし何故魔王であるあなた様が、わたくしを助けたのでしょうか? あなた達魔物の最大の敵である英雄のこのわたくしを……」
「……、えっ!?」
英雄!? この目の前にいる美しい人は英雄だというのか!?
「一体何故英雄である貴女がこのような酷い仕打ちにあっていたのですか?」
「……、今我等の世界は静かに戦乱の時代に入りつつあります、魔物達をうち滅ぼした事で人類共通の脅威がなくなり、各国が互いの覇権を争い始めようとしているのです」
「世界の果てから遠い幾つかの国では、人間達が優勢だという事が分かった時から、既に戦後の事を考えて着々と準備をしていました」
「そして先代の魔王を打ち倒した事が大陸中に伝わるとそれらの国々は密かに動き出し、互いに一定の期間不可侵条約を結びました、そして前線で戦い消耗した国々に対してあからさまに不公平な貿易取引を一方的に宣言してきました」
「そして戦いで消耗した国の豊かな資源のある領地に対して、古くからその土地は我等の領地であるという、過去を捻じ曲げたでっちあげに近い主張をし始めました」
「そしてそれらの土地の近くでこれ見よがしに実戦演習を繰り返した挙句、宣戦布告もなくいきなり攻撃されて被害が出たという自作自演の言いがかりを訴えて侵攻してきました」
「当然そのような蛮行に対してただ黙って見ている事など出来ず、止むを得ず派兵して人間同士の戦いという極めて残念な状態になりましたが、消耗した国の戦力低下は残酷なまでに明らかで、敗退を余儀なくされていきました」
「他の国々にこうした蛮行を訴えても、他国も別の国によって同じような状況に遭っているか、既に内密に手を組んでいて、先に手を出したのは貴国の方だと言われました」
「それは酷い……」
「その後私も止む無く自国領土を守るため、人間同士の争いという不毛な戦いに挑んだのですが、敵の優秀な英雄とほぼ無傷で温存されていた軍隊によって大いに苦戦させられました」
「それでも守りを固めて敵の戦力を少しずつ削っていったのですが、我が兵士達も領民達も私が思っていた以上に疲弊して心が弱まっていた事に私は気付くことが出来ませんでした……」
「敵の中にそうした心理戦にとても秀でた者がいたようで、私に対してある風聞が流されました、それは私が魔物側の人間だというものです」
「私が女である事と、戦う者として似つかわしくない容姿と、それに相反する強さがおよそ人間とは思えないという根も葉もない話しを広め、皆私に魅了されて操られているとまで言い出し、もしも私を捕らえて突き出せば兵士も領民も手を出さずに厚遇するとまで言ったのです」
「そのような虚偽の話しになど、誰も耳を貸さないだろうと思っていた私が迂闊でした……、私は味方に捕らえて、人間に扮した魔物だという烙印を押されました、これまで数多くの魔物達を倒してきた私が魔物のはずがあろうかと強く訴えかけましたが、皆目を逸らして私の話しを聞いてくれませんでした……」
「恐らく……、恐らく皆それは分かっていたのかもしれません……、皆自分達と自分の大切な家族を守るために私を差し出したのです、私一人が犠牲になれば多くの者が救われるのだと考えてしまったのでしょう……、それ程までに長い戦いで皆の心は疲弊していたのです……」
「その後私は酷い拷問と辱めを受けました……、いっそのこと一思いに殺して欲しかったのですが多くの魔物達を倒した事は事実なので、特別に島流しの刑になりました……」
ハァーッ……
私は強い憤りを感じて長い溜息をついた。
「貴女と取引がしたい……、私達は貴女に安らぎと快適な生活を提供する、その代わり貴女には人間達の情報を教えてもらいたい」
「……」
「人間達に復讐して共に戦おうとは言わない、ただ貴女の知識が欲しい」
「魔王よ、貴方はいつかまた人間達を滅ぼそうと侵攻なされるのでしょうか?」
「私にはそのような考えはない、良き人間とならば共存したいと考えている、人間は決して侮ってはならない、いずれ人間達はこの地上で最も強く繁栄する種になるだろう、我々は人間と共に生きるパートナーとしての存在を確立したい、すぐには達成出来ないだろうが、何百何千年かけてでも達成させなければ我等に未来はない」
「な、なんと……、まさかあなた様のような魔王が誕生なされるとは……、想像すらしていませんでした……、私は、私はあなた様を信じても良いのでしょうか……」
「貴女の信頼に応えられる程の物は今の私には……、そうだ、貴女には私の真実をお伝えしましょう、私は元は人間でした、こことは別の世界に住む一人のただの普通の料理人でした、東の日本という島国に住んでいた真央 真人という名の一般市民でした、私はある日事故に会って死んで、この世界にこの姿で生まれ変わったのです、この話しは仲間の魔物達には話していません、今初めてあなたにだけ打ち明けました、私はある意味で仲間である魔物達を欺いている事になるのです」
「…………、分かりました、魔王様、あなた様を信じます、わたくしが知る限りの情報を提供致します、そしてどうか先ほど話された人間との共存を成し遂げて下さい、そのためならばわたくしは魔王様に忠誠を誓います」
「貴女のお名前は?」
「わたくしは一度死にました、願わくば新しい名を頂きたく存じます」
「……、分かりました……、では貴女は……、そうだ! ジャンヌ! あなたは今日からジャンヌとお名乗り下さい」
「ジャンヌ! 何か運命を感じます! 魔王様! 今日からわたくしジャンヌはあなた様の望む未来の実現の為に全てを捧げる事を誓います!」
その時ジャンヌの全身が強く光り輝き、これまでも美しい容姿だったが、さらに美しく気高く若々しく力強いオーラを発する存在になった。
今まさに彼女は生まれ変わったのだった。




