多国籍の吹き溜まり『ポポロ村』と、ゲロオムレツの悲劇
多国籍の吹き溜まり『ポポロ村』と、ゲロオムレツの悲劇
ルナミス帝国を飛び出した俺が向かったのは、マンルシア大陸の中央部に位置する『ポポロ村』である。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国という三大国の国境が交わる緩衝地帯。地図上ではただの「人口約1000人の辺境の農村」となっているが、実際に足を踏み入れてみると、その光景は前世の常識を軽く凌駕していた。
「……なんだこの要塞農村は」
のどかな大根畑の脇には、禍々しい光を放つ『魔導地雷原』の看板。
空を見上げれば、自動感知型の『魔導長距離自爆ドローン』がカラス避けの如く飛び回り、村の四隅には物々しい『魔導対空砲』が天を睨んでいる。
極めつけに、トラクターの代わりに装甲の分厚い『魔導戦車』が停まっている始末だ。
聞けば、ここは地下のドワーフ帝国と密輸ルートで繋がっており、最新兵器の実戦テスト場を兼ねているらしい。「いつ三大国が攻めてきても単独で返り討ちにできる」という、狂気のプラグマティズムが生み出した魔改造農村、それがポポロ村の真の姿だった。
「まあ、平和(?)で何よりだな」
社畜時代、クレーム処理でヤクザの事務所に単身乗り込まされた経験のある俺にとっては、魔導地雷の群れなど可愛いお出迎えに過ぎない。
俺は村の中央にある宿場町エリアへと足を進めた。
そこは三大国の非番兵士や商人、冒険者たちが入り乱れる多国籍の吹き溜まりだった。しかし、活気があるはずの広場の空気が、どうにも重い。いや、重いというより――ひたすらに臭い。
「おえぇぇぇッ……!」
「隊長、もう無理です……腹が減って死にそうですが、これ以上は喉を通りません……!」
広場の片隅で、オリーブドラブ色の軍服を着たルナミス帝国の駐屯兵たちが、地面にうずくまって涙を流していた。
彼らの手にあるのは、茶色い真空パックから取り出された、黄色いスポンジ状の四角い塊。
ルナミス帝国軍が誇る(?)軍用戦闘糧食3型――通称『ゲロオムレツ』である。
「うっわ、なんだこの臭い……」
風に乗って漂ってきた臭いを嗅いだ瞬間、俺の強靭なメンタルが一瞬揺らいだ。
胃酸の臭いと、一週間履き潰した濡れた靴下の臭いを足して、魔法化学調味料で煮詰めたような悪臭。前世で徹夜明けに嗅いだオフィスのゴミ箱よりも酷い。
スライムの死骸から抽出した凝固剤とロックバイソンの骨粉を無理やり固めたというその代物は、兵士が一口かじるたびにタイヤのような弾力で歯を弾き返し、絶望的な胃もたれを引き起こすという。
「あかーん! ほんま勘弁してえなルナミスの兄ちゃんら! そんな兵器みたいなメシ広場で食われたら、こっちの商売あがったりやで!」
堪り兼ねたように声を上げたのは、金の装飾が施された煙管を吹かす、猫耳の獣人だった。
派手な羽織を着流し、片手には年季の入った算盤。ゴルド商会に所属する商人、ニャングルである。コテコテの関西弁をまくしたてながら、ピンと立った猫耳を嫌悪感に震わせている。獣人の鋭敏な嗅覚にとって、あの悪臭は毒ガスに等しいのだろう。
「ご、ごめんなさい……! でも、村の備蓄もギリギリで、駐屯している皆さんに十分な食事を提供できなくて……私の力不足です……」
ニャングルの横で、申し訳なさそうに兎の耳をぺたんと垂らしているのは、このポポロ村の村長を務める月兎族の少女、キャルルだった。
ラフな現代風の衣服に、足元はいかつい安全靴というアンバランスな出で立ちだが、その顔立ちは驚くほど可憐だ。しかし、彼女の瞳には、飢えた兵士たちを見過ごせないという強い責任感と焦燥が浮かんでいた。
「くそっ、これがルナミス兵の末路かよ……腹減った……まともな白飯が食いてえ……」
涙と鼻水に塗れた若い兵士が、絶望のままにゲロオムレツを地面に投げ捨てようとした、その時だった。
「……おい、そこのお前。そんな消しゴムの化け物みたいなものを胃に入れるな。体を壊すぞ」
俺はたまらず歩み寄り、虚空へと右手を伸ばした。
ユニークスキル【スーパーマーケット】を起動。
脳内の日用品コーナーと、惣菜・おにぎりコーナーにアクセスする。
虚空から引き抜いたのは、一本の『消臭スプレー(微香性シトラス)』と、最高級の葉巻『ポポロシガー』、そして――コンビニで定番の『ツナマヨおにぎり』だ。
シューーーーッ!
まずは消臭スプレーを広場に散布し、ゲロオムレツの悪臭を科学の力で中和。続いてポポロシガーに火をつけ、芳醇な香りで空間を上書きする。
「な、なんだこの良い香りは……!?」
「悪臭が消えた……?」
驚く兵士たちをよそに、俺は若い兵士の手に、フィルムに包まれたツナマヨおにぎりを押し付けた。
「食ってみろ。本物の『白飯』ってやつだ」
兵士は戸惑いながらも、俺がフィルムの開け方を教えると、真っ白に輝く米粒と海苔の香りに誘われるように、おにぎりに大きくかぶりついた。
「――っ!?」
瞬間、兵士の動きが雷に打たれたようにピタリと止まった。
ふっくらと炊き上がった米の甘み、パリッとした海苔の風味、そして中にたっぷりと詰まったツナとマヨネーズの濃厚なコクと酸味。
異世界の硬くて大味な食事しか知らない彼の脳髄を、現代日本のジャンクな旨味が容赦なく殴りつけたのだ。
「う……うぉぉぉぉぉぉんッ!! な、なんだこれぇぇッ!! 米が甘い! 中に入ってる謎の濃厚なソースがめちゃくちゃ美味いッ!!」
兵士はボロボロと大粒の涙を流しながら、おにぎりを狂ったように貪り食い始めた。
他の兵士たちも「俺にもくれ!」と群がってくる。俺はスーパーの棚から次々と鮭や昆布のおにぎりを召喚し、彼らに配ってやった。
「……おい、兄ちゃん」
ふと横を見ると、商人のニャングルが、煙管を落としそうなほど口を開けて俺を見ていた。
その視線は、俺の手元――何もない空間から次々と物資が現れる現象に釘付けになっている。
「自分、いま何もない虚空からそれ出したんか? 魔法のアイテムボックスにしては、出の早さが異常やで。……ちょ、待て。それ、原価なんぼや? 仕入れルートはどうなっとる!? まさか原価ゼロちゃんやろな!?」
ニャングルの指が、手元の算盤を凄まじい速度で弾き始める。
パチパチパチパチッ! と、もはや残像しか見えない速度だ。
「さあな。少なくとも俺の財布からは1円も減ってない」
「ヒィィッ! 価格破壊や! 流通革命や! 兄ちゃん、いや旦那ァ! ワイと組んで商売せえへんか!?」
目を血走らせてすり寄ってくるニャングルの首根っこを掴んで引き剥がすと、今度は正面から、村長のキャルルが俺の両手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
「あ、あの……!」
上目遣いで見上げてくるキャルルの瞳は、きらきらと星のように輝いていた。
長く美しい兎の耳が、期待にピクピクと震えている。
「旅の方……今の不思議な魔法、もっと出せるんですか? もし、もしよければ……この村の食事事情を助けていただけませんか!?」
俺の手を握る彼女の力が、思いのほか強い。
そして、どういう原理か分からないが、彼女の耳が俺の胸のあたりに向けられ、俺の心音を正確に聞き取ろうとしているのが分かった。嘘をつけないプレッシャーを感じる。
「……まあ、いいさ。俺は自由なスローライフを求めてここに来たんだ。美味い飯を食うのは、その第一歩だからな」
俺は苦笑しながら、キャルルの手を優しく握り返した。
「今夜は、ちゃんとした肉料理を振る舞ってやる。ただし、硬いロックバイソンの肉を用意しておいてくれ。俺の『調味料』で、最高のステーキに変えてやるよ」
「本当ですか……! ありがとうございます、えっと……」
「ケントだ。ケント・バレンタイン。しがない冒険者だよ」
こうして俺は、多国籍の吹き溜まりであるポポロ村で、気ままで規格外なスーパーマーケット生活をスタートさせることになった。
――しかしこの時の俺はまだ知らない。
俺の生み出す現代食が、この後キャルルの重すぎる愛情を爆発させ、さらには三大国の軍隊の胃袋を完全に掌握する『最恐の兵站兵器』へと化すことを。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「ゲロオムレツ、名前からしてヤバすぎる…」「ツナマヨおにぎりで号泣する兵士に同情する」「原価ゼロのチートに狂喜するニャングルいいキャラしてる!」
など、少しでも楽しんでいただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると、ケントの品出しスピードと作者の執筆速度が限界突破します!
また、【ブックマーク】へのご登録も何卒よろしくお願いいたします!
皆様の応援が、本作をランキング上位へと押し上げる最大の力になります。
次回、第3話「【スーパーマーケット】召喚! 100円の調味料が異世界を支配する日」。
硬い異世界の肉が、マヨネーズと特製焼肉のタレで超絶品ステーキに! キャルルの胃袋と心を完全に掌握します。お楽しみに!




