処女馬ケンタウロスと、売れ残り半額ケーキ
処女馬ケンタウロスと、売れ残り半額ケーキ
ルナミス帝国の建国者であり、前世の現代日本の知識でこの世界を近代化させたと言われる転生勇者、佐藤太郎。
彼がこのアナステシア世界に持ち込んだ数々の地球の文化の中には、良くも悪くも『呪い』として定着してしまった概念が存在する。
その最たるものが、『クリスマスケーキ理論』だ。
12月25日を過ぎると、とたんに需要がなくなり半額シールを貼られて見切り品となるクリスマスケーキ。それを、この世界の平均初婚年齢を大きく超えた『25歳以上の独身女性』になぞらえた、あまりにも残酷で無慈悲な例え話である。
12月25日の夜。
俺がポポロ村に開設した24時間営業の魔導コンビニ『タローソン』の裏手で、巨大な影がうずくまり、ヒック、ヒックとむせび泣く声が聞こえてきた。
「どうした、マンミア。そんな暗がりで」
「ケ、ケント殿……ッ!」
ビクッと肩を震わせて振り返ったのは、ポポロ村の自警団長であり、ケンタウロス種の戦士であるマンミアだった。
普段は凛々しくノブリス・オブリージュを体現する高潔な彼女の顔は、今は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに崩れている。
そして彼女の手には、タローソンの見切り品カゴから拾い上げたのか、『半額』という赤いシールが無情にも貼られた小さなショートケーキが握りしめられていた。
「私など……私など、所詮はこのケーキと同じですっ!」
マンミアは半額シールを指さし、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「16歳で成人し、20歳で結婚するのが当たり前のこの世界で! 戦いに明け暮れ、国と民を守り続け、気付けば25歳……! 誰にも背中に乗ってもらえず、ただただ筋力と装甲の厚さだけが増していく……ッ!」
乙女の悲痛な叫びが、星空に木霊する。
昼間は数百馬力の突撃で魔導バズーカと共に敵を粉砕し、偽勇者ゼロスの神聖バリアを相手に一歩も引かなかった誇り高き戦士が、乙女のコンプレックスを抉られて完全に崩壊していた。
「どうせ私なんて、定価で買ってもらえない売れ残りです……。自分で自分に半額シールを貼って、今夜はこの惨めなケーキをヤケ食いして、泣きながら寝てやるんですぅぅ……っ」
ヒパヒパと馬の下半身を震わせながら号泣する彼女の姿は、あまりにも痛々しかった。
前世の社畜時代、クリスマスの夜も終わらない残業に追われ、深夜のコンビニでパサパサのチキンをかじっていた自分自身の姿がフラッシュバックする。
……頑張っている人間が、報われない夜を過ごすのは間違っている。
「マンミア。そのケーキはよせ」
俺はため息をつきながら歩み寄り、彼女の手から小さな半額ケーキを優しく取り上げた。
「そ、そんな! 私の唯一の慰めを奪わないでください!」
「それはただの売れ残りじゃない。俺が仕入れすぎた発注ミスの結果だ。お前がそんなものを食べて悲しむ必要はない」
俺は半額ケーキをインベントリにしまい、そのまま虚空へと手を伸ばした。
今日アクセスするのは、日用品でも特選鮮魚でもない。前世のデパ地下にあたる、『超高級スイーツ・特設コーナー』だ。
「ケント殿……?」
虚空から俺が引き出したのは、純白の特製ボックス。
その蓋を静かに開けると、雪のように真っ白で滑らかな生クリームと、宝石のように輝く大粒の国産イチゴがふんだんに乗った、直径30センチはあろうかという【最高級の特大ホールケーキ】が姿を現した。
美しいチョコレートのプレートには、金箔まであしらわれている。
「な、なんですか、この美しくて、甘い匂いのする大きなケーキは……!?」
「前世の高級店で、完全予約制で売られていた超高級品だ。定価? そうだな、金貨数枚は下らない代物だ」
俺はホールケーキを両手で持ち、マンミアの真っ赤な目の前に差し出した。
「マンミア。お前は村のために誰よりも働き、あの偽勇者の理不尽な暴力の前でも一歩も引かなかった。お前は強く、誇り高く、そして美しい立派な戦士だ」
「う、美し……っ!?」
「半額の売れ残りなんかじゃない。お前はこの最高級のホールケーキと同じ、定価以上の価値がある女性だ。……だから、もう自分を卑下して泣くのはやめろ。俺からの、ささやかなクリスマスプレゼントだ」
ドカンッ、と。
マンミアの頭の中で、何かが爆発する音が聞こえた気がした。
ケンタウロスの巨体がビクンと跳ね、彼女の顔が耳の先から首筋まで、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まる。
25年間、誰も触れてこなかった乙女心の最も深い部分を、大人の余裕と最高級のスイーツで正面から完全に肯定されたのだ。恋愛偏差値ゼロの処女馬が、これで陥落しないはずがなかった。
「あ、あぁ……ケ、ケント殿……っ!」
「どうした? 嫌いだったか?」
「ち、違います! 私、私……こんなに嬉しい言葉をいただいたのは、初めてです……っ! 私なんかに、こんなに高価で美しいものを……っ!」
マンミアは震える手でホールケーキを受け取ると、大切そうに胸に抱きしめ、上目遣いで俺を見つめてきた。その瞳は、完全に『恋する乙女』のそれになっていた。
「ケント殿……もし、よろしければ……」
「ん?」
「私の背中に、乗っていただけませんか……?」
モジモジと馬の前脚を交差させながら、マンミアが顔からシューシューと湯気を吹き出して言う。
ケンタウロスの背に乗る。それはこの世界において『生涯を懸けてお仕えする運命の夫(殿方)としてのプロポーズの受諾』という、とんでもなく重い意味合いを持っている。
俺は一瞬躊躇したが、ここで断れば彼女は再び半額シールを自らおでこに貼り付けて号泣するだろう。毒を食らわば皿までだ。
「……まあ、少しだけなら」
俺がひらりと彼女の背中に跨ると、マンミアは「ヒヒィィィンッ♡」という歓喜の嘶きを上げ、星空の下のポポロ村を猛スピードで駆け出し始めた。
「最高です! ケント殿の重みと温もりが、私の初めての背中に……っ! ああ、私、もう半額なんて言わせません! ケント殿、今夜は絶対に寝かしませんからねぇぇぇッ♡!!」
「おい、スピード出しすぎだ! ケーキが崩れるぞ!」
俺を乗せて星空を駆けるケンタウロス。
ラブコメの波動が高まるその光景を――村の広場の暗がりから、ギリリリリッ! と凄まじい音を立てて見つめている影があった。
愛用のダブルトンファーを握りつぶさんばかりの力で握りしめているのは、月兎族の村長・キャルルである。
「……私のケントさんが……馬女の背中に、乗っている……」
ゴゴゴゴゴ……と、満月でもないのにキャルルの背後からドス黒いオーラが立ち上る。
「許しません……ケントさんの特別は、私だけのはずなのに……。あの極上のお肉も、パフェも、優しい言葉も、全部全部私だけのものなのに……っ!」
彼女の胸ポケットにねじ込まれた『お手製の人参刺繍ハンカチ』が、主の激しい嫉妬に呼応するように微かに揺れていた。
キャルルは虚ろな目でトンファーを持ち上げ、ふふっ、と暗く笑う。
「仕方ありませんね。マンミアさんには、あとでみっちりと『顎砕きからの全回復』で、立場というものを教えてあげないと……♡」
俺の気ままなスローライフは、村の防衛戦から『正妻戦争』という新たなフェーズへと移行しつつあった。
だが、そんなドタバタな夜のポポロ村に、さらなる新たな来訪者の影が近づいていることなど、背中の上で振り落とされそうになっている俺には知る由もなかった。
「あぁ〜、世俗のゴタゴタは面倒ですわ〜。やっぱりサウナと開拓に限りますわね!」
タローマン製の作業用オーバーオールを肩に引っ掛け、片手斧を持った超美人の女――元・アバロン魔皇国の氷魔将軍スアイが、最高の『水風呂』を求めてポポロ山からふらりと下りてくるのは、もう数時間後のことである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「半額ケーキの呪いが切実すぎるw」「ホールケーキで完全陥落するマンミア可愛い!」「キャルルちゃんのヤンデレゲージが限界突破してて怖い!」
など、少しでも楽しんでいただけましたら、
ページ下部にある
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、キャルルのトンファーの威力が和らぎ、作者の執筆モチベーションは最高潮になります!
また、【ブックマーク】へのご登録も何卒よろしくお願いいたします!
皆様の応援が、毎日の更新の最大の力です。
次回、第14話「サウナ上がりの元将軍スアイと、極上の宴」。
ガチキャンパーの元魔将軍が村に襲来!? ケントの氷魔法が『究極のサウナ水風呂』を錬成し、最高のサウナ飯(サ飯)で彼女の胃袋をも完全に支配します! お楽しみに!




