+++ ぬくもりにふれて +++(5)
「おお〜! こりゃまた分かりやすく“魔物の巣窟”って感じだねぇ!」
村近くの『大坑道』を訪れた聖女アメリアの第一声は、言葉とは裏腹に酷く愉快げだった。
彼女の言葉通り、入り口には先ほどシオン達が遭遇した巨大な蜥蜴のような魔獣、『ボルノドン』が何匹も徘徊しており、中からも夥しい数の魔獣の気配が漂って来ている。
「カトレアとローダンは置いて来て良かったのか?」
「村人達を落ち着かせる必要があったのでな。普段は飄々としているが、ああ見えて年の功かカトレアは口が上手い。ローダンは念の為の護衛という所だ。それに、『大坑道』の岩盤がどの程度の強度かも分からん。大規模な火力より近接戦に秀でたアメリアとシオンの方が向いているだろう。私は回復薬兼お目付け役と言った所だな」
と、その後ろから疑問を口にしたシオンに、ジニアは教師然とした口調で丁寧に説明する。……澄ました顔をしているが、カトレア本人が居れば『年の功』と口にした辺りで縛首にされていた事だろう。ゾクッ!?
「何で僕まで……」
と、更にその後ろから、銀髪の魔族の少年『カラン』がトボトボと億劫そうな足取りで追いつく。
『大坑道』の近くまではアメリアに強引に抱えられて連れて来られた(連れ去られた?)カランは、未だ混乱する頭のまま、なし崩し的に付き合わされていた。
「と言うかお前、何で当たり前みたいに戦力に数えられてるんだ? 『勇者』って話が本当だとしても、まだ子供だろ?」
「? 子供である事が、何か関係あるのか?」
「は? いやだって、人間の国じゃ子供は大人に守られる者なんだろ? 魔族は種族とか故郷によって違ったりするけど、でも知能が高い種族は大体そうだぞ」
「ああ。“人間”なら、お前の言う通りだ。でも『勇者』は、魔王を狩る為に作られた“兵器”だ」
「なっ……!?」
どこまでも淡々と、まるで誰かが紙に書いた文字を誦じているだけのように告げるシオンに、カランは絶句した。
「兵器は殺す為の道具。道具は使う物であって、守る者じゃない」
「っっ………いや……でも、お前は………生きてるじゃないか。なのに、自分を物って……」
「? 生きているとか死んでいるとか、そんな事が道具に関係あるのか?」
「だからっ! っっ!?」
本当に人では無いかのように言葉の通じないシオンに、カランは掻き乱された感情のまま激昂しそうになった。
だが、彼が大声を上げる前に、それまで黙って会話に耳を傾けていた神官がそっと肩に触れる。
「我々はシオンが『勇者』だから戦力に数えている訳でも、子供扱いしていない訳でも無い。ただ、大人と子供である以前に、彼を対等な“仲間”だと思っているから、頼りにしているだけだ」
「え……?」
不意に聞かされたジニアの、大人の考えに、カランはすぐに理解が追いつかず呆然と目を見開く。
「シオンの力は、望んで与えられた物では無い。だからこそ、“彼自身の為の使い方”を覚えるべきだと、私は考えている。子供だからとただ庇護するのではなく、共に戦う中で学んで欲しいのだ。勿論、彼に危険が及べばこの命に換えても守り抜く。身近な大人として、その覚悟を忘れるつもりは無い」
「共に、戦う………」
「ジニアはよくカトレアに殺されそうになってるけど、俺も助けた方が良いのか?」
「シオン。今私はカランにとても大事な話をしている。……だが断らぬ! 口添えだけでも良いからお願いします!」
「分かった」
締まらない神官にシオンがコクリと頷いている横で、カランはどこか望洋とした瞳で虚空を見つめながら物思いに耽っていた。
「………」
「おい」
「………」
「おい。そのままだと死ぬぞ?」
「ああ………え? どぅわあああああああああっ!?」
いつの間にか、シオン達の背後に回り込んでいた『ボルノドン』の群れが、涎を垂らして目と鼻の先まで迫っていた。
「はぁ……シオン? 私は共に戦うと言ったばかりだぞ?」
「? コイツもか?」
「旅は道連れなんとやらだ。同行者である以上、彼だって今は仲間みたいなものだろう」
「そうなのか。分かった。おい。邪魔だからどいてろ」
「微妙に僕に対してだけ当たりキツくないか!?」
ジニアに促され、表情こそ変わらないものの、シオンは何処か渋々といった雰囲気で『聖剣』を顕現させた。
「十五、六匹か……」
カランの抗議を無視して腰溜めに『聖剣』を構えたシオンは、地面スレスレまで身を低く落とす。
直後、ボバッ! と音を立てて砂埃が舞ったかと思えば、少年の小さな身体が弾丸の如く巨大蜥蜴の群れに向かって射出された。
「速っ!? お、おいっ!?」
魔力による身体強化を生まれながら身に付けている魔族《自分》とは違う、一見ただの人間の少年にしか見えなかったシオンの人外とも言える瞬発力に、カランは驚愕する。
そして、作戦も何も伝えず一人で魔獣の群れに突っ込むその無謀さに、思わず声を上げながら自らも参戦しようと身を乗り出した。……だが。
『『『グルァッッ!?』』』
驚愕したのは、『ボルノドン』達も同じだった。
何故なら地面に突き立つ彼らの屈強な四本の足が、小さな影が閃光の如く駆け抜けた軌跡に遅れて、次々と胴体から別れを告げて行くから。
『『『グルッ!? グラァァァァァァァァァァッッ!?』』』
ドスンッ、ドスンッ、と音を立てて、『ボルノドン』の巨躯が冗談のように容易く地面に倒れ伏して行く。
そして、もがく術すら失い生きたままただの肉袋と化した蜥蜴の群れを無感動な瞳で見下ろすのは、返り血の一滴も浴びず『聖剣』をだらりとぶら下げた、人形のような少年。
「えっ、ええー………?」
「お見事」
そのあまりに不条理で圧倒的な光景に、カランは顎が外れそうなほど愕然として気の抜けた声を漏らし、ジニアは満足げに頷いた。
「おっ! 分かってんじゃんシオン〜。っしゃ! 足生えてくる前に首掻っ捌いて“血抜き”だな! 内臓抜いて三枚におろしたらお土産に持って帰ろうぜぇ〜」
「『っっ!?』」
と、そんな二人の後ろから、アメリアがおやつを前にした少女のように明るい声でグロテスな提案をしつつシオンに駆け寄る。
……気のせいか、『ボルノドン』達はカランと一緒に目をかっ開き、身動きの取れない身体をブルブルと震わせているように見えた。
「食べるのか。これならアイツでも倒せると思って脚だけ落としたんだけど」
「アイツじゃなくて、カ・ラ・ン、な? せっかく自己紹介したんだから、名前で呼べってば」
「……魔族だぞ?」
「だから? ほれ、この前教えた魔獣の捌き方、カランにも教えてやれよ」
「………分かった」
教会暗部に植え付けられた価値観のせいか、或いは『聖剣』に宿る憎悪がそうさせるのか、やはり釈然としない様子ながらも、シオンはアメリアの言葉に素直に頷く。
「カラン。剣は持ってるか?」
「えっ!? あ、ああ! 短剣なら一応……」
と、初めてシオンからきちんと名を呼ばれて動揺したカランは、懐に隠し持っていた短剣を普通に見せてしまう。
そのあまりに無防備な脇の甘さに、ジニアはいつもシオン達にそうするように説教しようと口を開きかけたが、アメリアにジト目で制される。
「む、何だ?」
「いやアイコンタクトで分かれよ。水差すなっつってんの」
「っ! ………なるほど。すまん」
デリカシーを教義の向こうに忘れて来た神官様は、呆れ腐った眼差しを向ける聖女に言葉でも諭され、そして改めて子供達の様子を見て、ようやく納得する。
「顎の下の方に、太い血管が通ってる。深く刺し過ぎると魔石が割れるから、頭の方から首元に向かって斜めに切れ」
「い、いや、そんな簡単そうに言われても……」
「簡単だ。人間を殺さないように斬るより」
「なるほど〜ってなるか! 比べる対象が物騒過ぎて全然共感できないぞ!?」
「?? 魔族のくせに生きたまま人間を捌いた事も無いのか?」
「イメージが悪過ぎる!? ……そ、そりゃ、戦争中だし拷問とかで近い事した兵士は居るだろうけど、皆が皆そんな異常者みたいな真似してるわけ無いだろ? そもそも殆どの魔族はさっきの村人達みたいな一般民で、人間を直に見た事も無い者の方が多いんだから」
「そうなのか……教会で教えられた話とは違うんだな」
「いやだからさ。人間国の教会、物騒過ぎない?」
と、短剣の刃先を見ながらプルプル涙目で震えるトカゲさんの横でシュールな会話をする少年達に、教会の顔と言っても過言ではない神官様は瞳が虚になった。
「誤解を解くためにも、やっぱり口を挟んで良いか?」
「まあまあ、そういうのは追々で良いって。今は自由に戯れさせてやろうぜ〜」
と、彼らの方を見もせずに、アメリアは笑顔のまま迷いの無い手付きで巨大蜥蜴を捌いて行く。足元に溜まっていく黒い血の池も何のその。まるで漁港の親方の如く豪快にして繊細な手付きで、綺麗な切り身を量産していた。修道服を纏っているのに、その姿は聖職者に全く見えない。
「大体さ〜、いくら子供でも魔族相手に神官様が教会暗部の内情を話しちゃ不味いっしょ? 無職になっても良いわけ?」
「ふん。シオンの……『勇者』の旅に強引に同行した時点で、私の立場などあって無いような物だ。幸い子供達は暗部の連中と対立している王権派の貴族が保護してくれている。職を追われようと、私一人ならどうとでもなるさ。……寧ろ、せっかく真正面から喧嘩を売ったのだ。もっと高く買って貰わねばな」
昏い声音と共に、抑制し切れぬ憤怒と覇気を漏らすジニアに、アメリアは目を細めてこう告げた。
「ふっ……流石はかつて“迷宮無双”と呼ばれた男よ。闇の住人など恐るるに足らぬ、か」
「その痛々しい通り名で私を呼ぶなぁぁぁぁあっっ!? ぐっ……!? ま、また発作が!? はぁっ!? はぁっ!?」
「締まらんなぁ〜」
のんびりした声音でそう言いながら、次の蜥蜴さんをキュッと〆る聖女。自らの恩師を弄ぶ手管も込みで、もはや職人技である。
「アメリア。こいつダメだ。全然出来ない」
「し、仕方ないだろ! 僕の育った領地じゃ魔物を自分で捌く習慣なんて無かったんだ!」
と、そんな職人に教えを乞うように、異種族の少年二人が駆け寄って来る。
「シオンだって初めての時は、どれが肉か骨か分からないくらいバラバラに解体してたじゃん。気長に教えてやりなよ」
「アメリアが教えた方が良い。俺は話すのが下手だ」
「子供は大体そうだっつの。まあ? 私のギャグセンは美少女の頃から冴え渡ってたけど」
「??」
「無表情で首傾げんな。煽ってるようにしか見えんのよ。それはそれで可愛いから良いけどな!」
怒ってるのか喜んでるのか分からないアメリアの言動に、当のシオンではなくカランの方が混乱して目をグルグルと回す。
「え、えっと、貴方は『聖女』、なんだよな……?」
「如何にも! 私こそ“史上最強の聖女”、アメリア・ルドベキア様だぁ! 遠慮はいらん。末代まで語り継いでくれたまへ!」
「あ、はい。結構です。……え? 史上最強?」
反射的にアメリアの申し出を辞退したカランだが、人間族屈指の『守護者』であり『癒し手』でもある聖女の口から予想外の自己紹介をされ、逸らした目を思わず戻す。
『『『グルァァァァァァァァァッッ!!』』』
だが、その言葉の説明を求めている暇は無かった。
「っっ!? あっ……」
轟いた咆哮に跳ねるように振り返ると、“不完全な脚”で立ち上がった数体の『ボルノドン』が憎悪に身を震わせていた。
文字通り手負の獣から向けられる純粋にして凶悪な殺気に呑まれ、カランはぺたりとその場に尻餅をつく。
「また斬るか?」
「っっ!?」
けれど、自分と変わらない年頃の、もしかしたらより幼いかもしれない人間の少年は、その殺気を微風程に感じた様子も無い。
それどころか、自信でも虚勢でもなく、絶対的な確信を持って大人に進言していた。
「うんや。肉は十分取れたし、こっからは“狩り”よりも“冒険”メインで行こう。て事で、アレは私がサクっと片付けとくから、カランを起こしてやりな」
アメリアはそう言って軽く笑いかけると、ゆったりとした足取りでイキリ立つ巨大蜥蜴達に自ら歩み寄って行く。
「……立て」
上手い言い回しが思いつかなかったのか、或いはそもそも会話が必要だと考えていなかったのか、僅かに間を空けてシオンは端的な言葉と共にカランへ手を伸ばす。
「え……あ、ああ! すまない!」
呆然としていたカランは、差し伸べられた手の意味に遅れて気付き、慌てて掴んで立ち上がる。
「え、えっと、大丈夫なのか?」
そんな自分の姿を無様に感じたのか、彼は目を泳がせながら誤魔化すように問いかけた。ただ、心配自体は本心だ。
自称とは言え『聖女』だと聞いているし、恐らく魔力操作によるであろう圧倒的な身体能力を発揮した姿も見ている。……ただそれでも、今この時、カランの目に映るアメリアの背中は華奢な女性のそれでしかなく、革の胸当てすら無い薄布一枚の修道服だけを纏う姿は酷く頼りない。
「“大丈夫ではない”と思う」
「ああ。全くもって“大丈夫ではない”な」
「へ?」
しかし、予想の斜め上だったシオンとジニアの即答に、一瞬で心配を忘れて間抜けな顔で再び呆然とする。
「悪いけど、こっちも持って帰れる荷物に限度があるんでね。アンタらの事は食ってやれない。だから……無駄死にしたくないなら、今のうちに失せな」
言葉が通じた訳では無いだろう。だが『ボルノドン』達は確かに、アメリアが放つ悪意も嗜虐心も一切無い純粋な殺気に気押された。
『『『グルッ!? ……グッ、グルァァァァァァァァァッ!!』』』
それを自覚し獣としての誇りが傷ついた故か、仲間を目の前で食肉に解体された本能的な憎悪も相まって、地響きがするほど激しく突進して来る。
「上等っっ!!」
犬歯を剥き出しにしてその美しい相貌に獰猛な笑みを浮かべたアメリアは、両手から黄金に輝く魔力を激発させる。
『ガァァァァッッ!!』
彼女の眼前に迫る先頭の『ボルノドン』が巨大な顎をガバリと開き、華奢な彼女の上半身を喰いちぎらんと飛びかかった。
「光の精霊よ! 我が身を守護者の聖域と成せ!『アクロ・アシュロン』! ……うらぁっっ!!」
『グガッッ……!?』
鋭利な牙が乙女の柔肌を貫く、その直前。
収束した高密度の黄金の魔力をまるで“籠手”のように纏ったアメリアの“拳”が、常人には目視不可能な速さで巨大蜥蜴の腹部を貫き、胴体を爆砕した。
「え、詠唱と効果が合っていない、だと!? 守護の術法かと思えば、あんな凄惨な攻撃魔法だったなんて……一体、どんな高騰技術なんだ……?」
「「………」」
戦慄するカランから、ジニアとシオンは仲良くスイッと目を逸らした。
いやあれ、高騰技術とかそんなんじゃなくて、ただのバグった脳筋プレイなんだ……とは、口が裂けても言えない。
ジニアはいたいけな少年が思い描く『聖女』のイメージを少しでも壊さぬように、シオンは何となくアメリアにとってその方が良い気がして、口を噤んでいた。
「オラオラオラオラァァァァァァッッ!!」
……が、聖女うんぬん以前に女性としてアウトな雄叫びを上げる、魔獣以上の獣と化したアメリアは、仲間の配慮など気にも留めない。
文字通りの“一撃必殺”を嵐のように繰り出して、巨大蜥蜴達へ襲い掛かる。……魔獣より獣な聖女とは何ぞ?
『グガァァッッ!?』
『ギャッ!?』
『ガフッッ!?』
外の生き残りだけでなく、血の匂いに釣られて『大坑道』内部の入り口付近に居た魔獣達も出て来たが、猛り狂う獣(聖女)の猛攻に巻き込まれ、仲良く地面のシミになって行った。
……そうして、光の軌跡が舞うごとに血飛沫が爆ぜるどこの終末だと言いたくなるような狂宴は、ものの数分の内に終わりを告げる。
魔獣のドス黒い血に染まり肉塊が散乱する荒野の真ん中に立ち、満足げに「んっ!」と伸びをした金髪碧眼の聖女は、返り血まみれの顔に快活な笑みを浮かべて、こう言った。
「んじゃっ、『大坑道』の探検と行きますか!」
「「「いや、一回帰ろう」」」
「え?」
今話もお読み頂きありがとうございます。




