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+++ ぬくもりにふれて(6) +++


「んぐんぐっ、ごくんっ……ってな感じでさぁ〜、冒険する前に帰って来た訳よ!? さあこっからだ! ってテンション上がりまくってたのにぃ〜! あむっ!」


 宿屋の食堂で串焼きに齧り付きながら不満げな声を上げるアメリアに、卓を囲む勇者パーティーの大人達は総じて呆れた目を向け、


「「「英断」」」


 断言した。


「ええ〜!? 『大坑道』とか言う如何にも楽しそうな場所が目の前にあったらさ、普通はちょっとくらい服汚れてても喜んで突入しない!?」

「「「しない」」」


 ニベもなしとはこの事である。


「そもそも、目的は“偵察”であって、“攻略”ではなかったのだから、今日はあれで十分だ。少なくとも、鉱夫の者達が仕事を出来る環境でない事は確認出来た」


 ジニアが淡々と説明すると、ローダンが深く頷く。


「いくら魔族とはいえ、戦闘員でない者達に『ボルノドン』の群れを制圧しろと言うのは無理な話だ」

「まあそうなんだけどさぁ〜、“そこ”が引っ掛かってんのよねぇ〜」


 納得を示しつつも、アメリアは肉の消え失せた串をピッとローダンに向け、神妙な顔を見せる。


「幾ら平和っつってもさぁ〜、国境から大して離れてない村に、まともな戦闘員が一人も居ないっておかしくない?」

「……村人達に聞いた話だと、以前はこの辺《あたり》を『魔王軍』が定期的に巡回していたらしい。だが、この十年ほどで頻度が減って行き、遂には全く姿を見せなくなったそうだ」

「救援を呼ぶにも他の街まで遠いから、辿り着く前に魔物の餌食だよねぇ。だから村の中に引き篭もるしか無いんだよ」


 ローダンが鎮痛な面持ちで答えると、一緒に話を聞いていたカトレアも肩を竦める。


「十年、か………」


 眉間に皺を寄せたジニアが視線を向けたのは、隣のテーブルで気不味そうに目を泳がせるカランと、無言のまま向き合っていたシオンだ。


「偶然だと考えるのは、楽観が過ぎるか」

「“勇者の誕生”……厳密に言えば、“聖剣の適合者出現”が、魔王に知らされていたのだとすれば、無関係じゃないだろうねぇ」


 ジニアが溜息のように溢した言葉に、カトレアは皮肉げに口角を釣り上げる。


「関係ねぇよ」


 だが、核心的な言葉を二人が口にする前に、アメリアはその推測をたった一言で切り捨てる。


「何故そう言い切れる? 単純に考えれば……っ!」


 まさにその核心を口にしようとしたローダンは、真っ直ぐに自身を射抜く空色の瞳に息を呑んだ。


「単純に考えてるから言い切れるんだよ。“シオン”は関係無い。悪いのは謀略家ぶってる浅ましい教会の豚共だ。連中は小難しい理屈捏ねくり回してるけど、要は戦争してなきゃ教会の権威が保てないから、勇者や魔王を利用してご大層な英雄譚をでっち上げようとしてるんだ。でも、その思惑に乗っかってやる義理なんか、シオンには無い。連中や何も知らない民衆が求めるような“勇者《エリュシオン》”になる義務なんて無いんだ。だから、関係無ない」


 堂々と、迷いなく告げられた言葉。

 聖女の身でありなが……否、己が理想とする聖女の道を歩むからこそ、たった一人の子供に背負わせる人類の希望など、知った事かと断じる。

 そんな彼女の言葉を否定するでもなく、仮にも『勇者パーティー』と呼ばれる面々は、苦笑して頷いた。


「とは言え、『魔王』が本格的に侵攻の準備を進めているのなら、我々も先を急がなければ。魔族領は広い。真っ直ぐ進んだとしても、魔王城に辿り着くまでにどれほど掛かるか」

「そうだねぇ〜。おまけに魔王城は太古の魔法で隠されてるって言うし、私でもすぐに見破れるか分かんないからなぁ」

 腕を組んで唸るカトレアに、ローダンは心底不思議そうに首を貸しげた。


「カトレアでも知らない程、古い魔法があるのか?」

「あ゛? ババアって言いたい訳? その無駄に結合して膨らんでるタンパク質の塊全部分解してやろうか?」

「い、言い掛かりだ! 俺はただ博識なお前でも知らない事があるのかと……や、やめろ!? どう見てもヤバそうな液体を魔法で生成してにじり寄って来るなぁっ!?」


 不用意な発言……と言うのは少々厳しい気がするが、ともかくカトレアの気に触る発言をしてしまったローダンは、その巨体を宿屋の隅まで追いやられて縮こまる。

 村に来てからと言うもの、彼の扱いが微妙に酷い。


「ま、つ〜訳で、そろそろ聞かせてくれよ。カラン?」

「ううっ……何か言えよぅ………へ? 僕?」


 と、物騒なコントをしている魔法使いと重戦士には目もくれず、アメリアは唐突にカランへと話を振った。

 宿に着いた途端、彼女に「レッツコミュニケーション!」と強引に子供二人で同じ卓に座らされたカランは、じっと見てくるだけで何も言わないシオンの無表情に気まずさが限界突破して涙目になっていたが、不意に声をかけられキョトンと潤んだ瞳を丸くする。


「『勇者パーティー』に用があるから、探してたんだろ?」

「っっ!?」


 ニヤリと不敵に笑ったアメリアの問いに、カランは反射的に身を固くし、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。


「そう警戒すんなって。アンタの目的は、言いたくなったら話してくれれば良い」

「……じゃあ、何を話せって?」


 恐る恐る尋ねるカランに、アメリアは飄々とした態度のまま改めて問い掛ける。


「知ってるよな? “魔王城の場所と入り方”」

「っっっ!? な、何故っ!?」


 椅子を蹴倒す勢いで後ずさるあまりに純粋な反応を示す魔族の少年に、アメリアは眉尻を下げて少し同情しながらも、容赦無く追求する。


「あ、やっぱ知ってんのね。んで? こっから結構遠いの? それとも魔法で次元ごと隠されてるから、物理的な距離は関係無いとか?」

「なっ、なぁっ!?」


 カマを掛けられた事に仰天する間も無く、核心を突く様に次々と質問され、カランは目を白黒させた。


「あ〜、リアクション的に後者っぽいな。中ボス倒したら門が開くとか、そういうダンジョンぽい裏技とかある? それか鍵になる魔道具とか? 手当たり次第に魔王軍の拠点“襲撃”して探せば、何か見つかるかなぁ〜?」

「そ、そんな物は無い! 魔王城への門を開けるのは“王族の方々”だけだ! ……あ」


 これみよがしに物騒な方法を口にしたアメリアにまんまと釣られたカランは、自身が最重要機密を口走ってしまった事に遅れて気付き、石像のように硬直する。


「ははっ、マジかぁ〜! 一番面倒臭いパターンじゃん!」

「はぁぁ〜……何でお前は嬉しそうなんだ……」


 言葉とは裏腹に何故か満面の笑みを浮かべるアメリアに、ジニアは眉間を揉みながら深々と溜息を吐いた。


「て事は、外に出て来た王族とっ捕まえるか、どうにかして引き摺り出すしか無いって訳だ。こりゃぁ攻略のし甲斐があるミッションだぞ!」

「分かっているとは思うが、我々は魔王と“和平交渉”をしに来たのだぞ。物騒な手段や挑発的な行動は慎むように」

「分ぁかってるって! アタシは平和を愛し民を慈しむ聖女様だぞ? そんな事する訳ないじゃん!」

「つい先程まで魔物の返り血まみれだった悪鬼羅刹に言われても全く説得力が無いんだが」

「ええ〜? 何のことぉ〜?」

「このクソガキっ……!」


 きゃるるんっ! とぶりっ子のようにウィンクしながら首を傾げるアメリアに、青筋を立てたジニアの血管は破裂寸前だ。


「……本当に、お前達は、和平交渉をしに来たのか?」


 と、もう何度目とも知れない聖戦(聖女討伐戦争)が勃発する直前、それまで硬直していたカランが、ポツりと溢した。

 その声音には、微かだが縋るような響きがある。


「おう。アタシらは“王国の最高戦力”なんて呼ばれちゃいるが、権力馬鹿共の思惑に乗っかって戦争なんかしてやる気は無い。それに……」


 反逆罪に問われかねない事を軽く言い切ったアメリアは、もう一人の少年、シオンへと愛しげに目を細めた。


「“魔王を殺す”なんて世界の半分を敵に回すような業を、シオンに背負わせるつもりも無い。……他人の思惑や呪いのせいで、コイツの人生をこれ以上、歪ませてたまるか」


 その眼差しは柔らかくも、強い光を宿していた。

 いつの間にか席に戻っていたカトレアとローダン、肩を竦めたジニアも、同意するように真っ直ぐシオンを見つめている。


「魔王は俺が殺す」


 だが、彼らの眼差しを拒むように、人形のように表情の無い少年は視線をテーブルに固定し、淡々と自らに与えられた……否。“自ら定めた使命”を口にする。


「なっ!? 何故だ!? お前は魔王様に恨みがあるのか!? 小競り合いはあったらしいけど、ここ十数年は戦争も落ち着いているのに、どうして……」

「恨みは無い」

「はぁ!? なら何でっ……!?」


 顔を上げ、カランの満月のような瞳を真っ直ぐに射抜くシオンの瞳は、暁月の紅に染まっていた。


「“『勇者』をもう造らせない為に”」

「っっ!?」


 

 無表情は相変わらず。……されど、その瞳に宿る仄暗い焔が、決然とした彼の意思を表していた。


「『魔王』が居なくなれば、『勇者』は必要無い。魔王を殺して、教会を滅ぼして、俺が聖剣と共に死ぬ。そうすれば、もう『勇者』は造られない」

「な、何だよ、それ……そんなの、そんなの、誰も救われないじゃないか! 大体何だよ!? 勇者が“造られる”って!?」

「俺は救いなんて求めてない。ただ、もう勇者なんて生まれない方が良いと思ってるだけだ」

「だからっ、何でそんなっ!?」

「はーいストップ。二人ともそこまでぇ〜」

「っっ!?」

「………」


 少年二人の間に割って入ったのは、カトレアだった。


「カラン。君の立場でシオンの決意を肯定しろとは言わないよ。でも、彼にもそこに至る過去や思いがあるんだ。言いたい事は沢山あるだろうけど、一先ずは飲み込んでくれないかい?」

「………魔王様を殺すなんて、そんなの、認める訳にはいかない」

「うん。そうだろうね。さっきから言ってるけど、私達もそうならないように最善の努力をするつもりだよ。でも、シオンの気持ちも分かる。だから、折衷案を用意してるんだ」

「っ!? そんな物があるのか!?」


 ドンと机を叩いて前のめりに食い付くカランの様子に、大人達は皆、表情を緩ませた。

 薄々は勘づいていたが、その反応は彼が争いを望んでいない事の何よりの証左だから。


「あるよ。もっとも、向こうが応じてくれる可能性は低いから、ちょーっとだけ武力を背景にした交渉にはなっちゃうかもだけど」

「武力を背景に……?」


 すぐに意味が理解出来ず首を傾げるカランに、アメリアがしょうがないなぁと言わんばかりに肩を竦め口を開く。


「要するに脅は」

「いらん事言うな馬鹿聖女」

「あ痛ぁ!? テメェ筋肉だるま!? やっぱ地面の染みにしてやろうかこんにゃろう!?」


 もっとも、即刻ローダンに上からシバかれたので最後までは言えなかった。

 因みにお察しの通り、武力を背景にした交渉とは、即ち『脅迫』である。


「ぐ、具体的にはどういう交渉なんだ?」


 大男が容赦無く女をシバいた光景に戦々恐々としつつも、カランは質問する。

 カトレアはそんな少年を見て「まだ慣れないかぁ〜」とか呑気な事を考えつつ、あっさりと告げた。



「魔王に“引退”して貰うんだよ」



今話もお読み頂き、ありがとうございます。

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