+++ ぬくもりにふれて +++(3)
『魔族領』に足を踏み入れて、初めての人(魔族)里。
そこでは、“戦争”が行われていた。
「行け行けぇーっ! あんな汗臭いだけのオッサン達なんて蹴散らしちまぇー!」
「「「おおーっっ!!」」」
まるで競馬のヤジのような声を上げる聖女(ギャンブル中毒者)率いる、鬼の形相で箒やフライパンを構えた女性陣と。
「ひっ、怯むなぁっっ!? おお男の、否! “漢”の尊厳を守るのだぁぁぁ!!」
「「「お、おおーっ!?」」」
何故か微妙に及び腰の重戦士に率いられた、イマイチ覇気の無い男性陣。
当然だが、アメリアとローダン以外は、人間の感覚から言えば“異形”の姿だ。女性陣、男性陣双方、大体は角が生えていたり肌が青かったり、目玉が三つあったりする。
だと言うのに。仮にも“勇者パーティー”の聖女と戦士を名乗る二人は、性別でのみ分たれたそれぞれの陣営に溶け込むどころか、先頭に立って率いていた。何という無駄なカリスマとコミュ力か。
「何コレ?」
「あんの馬鹿共っ……」
村らしき集落に到着早々、どう見ても身内のせいで大事になっている意味不明な状況を見せられ、カトレアは呆れ顔で首を傾げ、ジニアは頭痛を堪える様に額を押さえていた。
その横で、シオン少年は何処までも素直に状況の不可解さに首を傾げる。
そして、どう見ても一触即発の状況にも関わらず、何の気負いも感じさせない足取りで相対する二人の間に立ち、至極シンプルに問いかけた。
「何でアメリアとローダンが敵対してるんだ?」
「お! なあなあ聞いてくれよシオン! この村の男どもと来たら、全っ然働きもせずに食っちゃ寝ばっかしてんだぜ!?」
「聞く耳を持つなシオン! 言い掛かりだ! 確かに今の彼らはその……労働力としてはあまり機能していないかもしれない。だが! それには事情があるのだ!」
「???」
何故かすこぶる楽しそうなアメリアと、真剣そのものなローダンの態度の違いに、シオンはますます混乱する。
「はぁぁぁ〜〜〜……双方、一先ず落ち着け!」
仕方ないと言わんばかりに顔を顰め、別に危険は無いが、情操教育の観点から少年を庇うように間に立つジニア。
「嫌だね! せっかく面白くなって来たんだから、もっと盛り上げようぜ!」
「おいジニア! この馬鹿女はお前の教え子だろう!? どうにかしろぉ!」
「……ふむ」
彼は双方の主張を聞き、考えをまとめる様に俯くと、スチャッと眼鏡の位置を直す。
そして、優しくシオンの背中を押した。
「さ、シオン。あっちに良さそうな宿があるぞ? 試しに行ってみよう」
「「ちょいちょいちょいちょーっい!!?」」
まるで何も聞こえなかったかの様に、自称常識人の神官は少年を連れて二人に背を向ける。
「あ、スルーする方向なのねぇ」
「当然だ。あんなもの相手にしていられるか」
しれっと合流したカトレアにそう言いつつ、神官は大声で呼び止める馬鹿二人の方を決して振り向かない。
「お〜いムッツリ神官! 宿に行っても受付の子なら居ないぞ〜! 彼女は既に、我が軍門に降ったぁ!」
「あ、はい。すみませんお客さん。今ちょっと取り込み中でして……その、ムッツリなんですか?」
寝取った女を見せびらかすようにアメリアにグイッと肩を抱かれた魔族の女性は、その青い肌の頬を恥ずかしそうにほんのりと染めながらも、チラチラとジニアを見る。どうやら人間のムッツリが珍しいらしい。
「違いますが? と言うか、この馬鹿聖女! 何をナチュラルに侵略しているのだ? 戦争しに来たんじゃないっつってんだろ」
「いやいやアタシは別に何もしてねぇよ? 此処に着いたら何か村の女側と男側で揉めてたから、乗っかってはしゃいでる内にリーダーになってただけで」
「聖女なら争いを止めんか! 助長してどうする!」
「いやだってさぁ〜、この村の男どもが情けないったらありゃしないんだもん。うちのチビッ子の方がまだ男らしいっての。なぁ? シオン?」
「そうなのか」
「間に受けるなシオン。このアホ女は自分が楽しむことしか考えていないだけだ」
「うおっ!? 何すんだよぉ!」
シオン少年の頭を撫でくりまわしながら言い訳するアメリアを、ローダンが力づくで引き離す。
「子供を取り込んで自分の主張を正当化しようとするな」
「はぁ? 正当化も何も、実際に役立たずなんだからしょうがないじゃん」
「彼らだって“魔物の脅威”が無ければ、もっと精力的に働いている! 仕事場の鉱山に『ボルノドン』の群れが巣食っているんだぞ!? 非戦闘員ではどうしようも無いだろう!」
「だぁからぁ〜、男のくせに魔物如きにビビってんのが情けねぇって言ってんの。お分かり?」
「っっ、お前、本当にそれでも聖女か!?」
目に見えてカッと頭に血を上らせたローダンは、アメリアの胸ぐらを掴んで頭一つ分以上高い自分の目線の位置まで引っぱり上げる。
「あ? マジで戦んのか筋肉ダルマ?」
「お前が彼らを侮辱した言葉を取り消さんなら、やむを得ん」
「「「っっ………!!」」」
慌てるでも怯えるでもなく、ただ冷め切った声音で問い掛けるアメリアに、ローダンは低く唸るような声で応じた。
先ほどのおふざけのような一触即発とは一線を画す、圧倒的な緊張感が、その場の空気を呑み込む。
「ジニア? 止めなくて良いのか?」
「うーむ……悩みどころだな。正直、奴らが勝手に喧嘩して終わるならそれでも良いのだが、今すぐ始められると、この村自体が無くなりかねん。力づくで止める労力を取るか、結界で村を守る魔力消費を取るか。いや全く難しいところだ」
「話し合いで解決って案が真っ先に出て来ない時点で、このパーティー、魔王よりよっぽど人類の脅威じゃない?」
「「「っっっ!?」」」
圧倒的な、緊張感が……無い者達も約三名居るが、とにかく明らかに非戦闘員の村の住人達は、固唾を呑んで状況を見守る事しかできない。
「……上等だコラ。先ずは無駄に太いこの腕からへし折ってやるよ」
額に青筋を浮かべたアメリアが、右脚に黄金に輝く魔力を収束させる。
「させるかぁっ!」
だが、その脚が目にも止まらぬ速度で彼の肘を狙って垂直に振り抜かれる直前、ローダンは彼女を天高く放り投げた。
「良い判断だな。あれなら周囲に被害は出ない」
「どうせならあの山の向こうくらいまで遠投してくれたら、もっと平和なのにねぇ」
「無理だと思う。アメリアは“空気を蹴れる”から、多分途中で帰って来る。……あ、ほら」
大人達が呑気に分析しているからか、シオン少年も特に動こうとはせず、大人しく“観戦”していた。
そんな彼が小さな指で示した遥高い空の上で、「ボンッッ!!」と言う鈍い破裂音と同時に、大きな雲が弾け飛んだ。
その爆心地の中心から、黄金の魔力に包まれたアメリアが、自由落下ではあり得ない速度で流れ星の如く一直線に飛んで来る。
「む、アレは不味い。あの速度でまともに墜落したら、村どころかこの辺り一帯がクレーターになるぞ」
「私が適当に撃墜しよっか?」
「落ちる前に止めるだけなら、俺でも出来ると思う」
一応カトレアとシオンは軽く身構えるが、懸念を口にした当の本人は、特に結界の用意をするでもなく目を眇めるだけだ。
「いや……アレは馬鹿だが、そこまで考え無しでは無い。腹立たしい事に、頭の回転だけは早いのだ」
ジニアが溜息を吐くようにそう口にした、直後。
「っ! ……見つけた」
黄金の流星が、鋭角に軌道を変えて村外れの方角へ飛んで行く。
「おい!? 何処へっ!?」
アメリアを迎え撃つ為に魔力を練り上げていたローダンは、そのあまりに唐突な方向転換に戸惑う。
「あれ? ローダンは“グル”じゃないの?」
「は!? 何の話だ!?」
「はぁ……大方、アメリアに良いように使われたのだろう。実直が人の形をしている様なこの男に、“芝居”は無理だ」
「ああ、確かにねぇ」
「お、お前ら!? 一体何をっ!?」
ジニアとカトレアから生温かい眼差しを向けられ、ローダンはますます混乱する。
「どう言う事だ?」
同じく状況を理解していないシオンが、これまたシンプルに問いかける。だが、カトレアとジニアは顔を見合わせて苦笑するだけだ。
「おーいっ! 何か“野生の可愛い子ちゃん”見つけたぁー!」
「はっ、放せ!? 僕は野生でも可愛くもないっっ!」
そんな一行の元に、ドタドタと慌ただしい足音を響かせながら、アメリアが戻って来る。
小脇に、嫌がる“魔族の子供”を抱えて、満面の笑みで。
……しかもその子供は、“満月の如き黄金の輝きを宿す瞳”と、“氷原を思わせる白銀の髪”を持つ、人間の目から見ても神がかった容姿だった。
「ねぇ、神官殿? あれもう冗談抜きで絵面が事案なんだけど」
「やはり、あの聖女の皮を被った悪魔は、この手で仕留めるっ」
「んっ、ん〜ん……」
ジト目を向けてクイクイと袖を引っ張るカトレアと、改めて殺る気を漲らせるローダンから、ジニアはそっと目を背けた。
そんな大人達の前に、シオンは一歩進み出て、真っ直ぐな瞳で問い掛ける。
「あれは殺して良いか?」
「「「絶対、ダメッッ!!」」」
こうして、バラバラだった大人達の息は、ピッタリ揃うのだった。
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