+++ ぬくもりにふれて +++(2)
「さっきの魔族達もそうだけど、何か拍子抜けって言うか、思ったより全然平和じゃん? てっきり『魔族領』に入った途端、血湧き肉躍るバトルロワイヤルが始まると思ったのにさぁ〜」
見渡す限り人っ子一人ならぬ魔族っ子一人(?)居ない荒野を歩きながら、アメリアは法衣の裾をはためかせ、つまらなそうに石ころを蹴る。
「聖女が血湧き肉踊らすな……。講義で何度も教えただろう? 魔族は人族に比べて圧倒的に繁殖力が低い。その為、広大な領地に反して人口密度は薄いのだ。この辺りはまだ国境に近い、言わば辺境。先程のように巡回している魔王軍に偶然出くわす事でも無い限り、そうそう襲われるような事は無いだろう」
「だが魔物はどうだ? 『魔族領』は王国に比べて魔素が濃いと聞く。夜を待たずとも、獰猛な奴は餌を探して彷徨っているんじゃないのか?」
説教じみた解説をするジニアにローダンが食い下がるが、すぐにカトレアが肩をすくめて否定する。
「そっちも相変わらず気配は少ないんだよねぇ〜。王国の『灰の森』の方がよっぽどウヨウヨしてるくらい」
「……聖剣にも反応は無さそうだ」
シオンも自身の手の平を見つめながら、カトレアに同調する。
「はぁぁぁ〜〜……お前達、分かっているのか? 我々は戦争をしに来た訳では無い。どうしてそう物騒な発想に偏る」
「「「育ちが悪くて」」」
「そうだったな! ……ん? いやカトレア。貴女は良い加減落ち着いても良いだろう? 年齢的に」
「ふふっ。“ジニア君”? ぶっ殺されたいのかな?」
「ひっ!? ま、まだまだ現役と言う事ですな!」
「ぶっ殺す」
常識人ズラで軽快に地雷を踏み抜いて行くジニアに、カトレアは戦場もかくやという殺気を放ちながら迫る。
「よく見とくんだぞシオン? 女心が分からないと、ああやって酷い目に遭うからな」
「そうなのか」
「いや見てないで助けろぉぉ!?」
完全に他人事なアメリアの言葉が分かっているのかいないのか、取り敢えずシオンは素直に頷く。……残念ながら、この教育が未来の不良牧師に活かされたとは言い難い。
「シオン。あいつらも勝手に追いかけっ子を始めた事だし、ちょうど良いから町か村でも見えて来るまで競争しようか。ここの所移動ばかりで、そろそろ体が鈍って来る頃だろう」
「競争? 足の速さを競うのか? 何の為に?」
と、ローダンに提案され、シオンは首を傾げる。体を動かす事と言えば実戦か戦闘訓練しか知らない少年にとって、『競争』とはただ知識として知っている単語に過ぎなかった。
そんな、普通なら異様に映るであろう少年の疑問に、美丈夫はただ快活に笑って答える。
「どうせ体を動かすなら、楽しい方が良いじゃないか」
「楽しい……よく分からないけど、分かった」
「よし。走る前にしっかり準備運動するんだぞ?」
「うん」
ローダンは面倒見の良い兄のようにポンとシオンの頭に手を乗せ、自分もグッと屈伸して手本を見せる。
「良いねぇ! じゃあ負けた奴が今日の晩飯当番な!」
そんな和やかなひと時に、ガキ大将のようなテンションで聖女(?)が水を差した。
「おい……。子供に賭け事を強要するな」
「はぁ〜? 何言ってんの? やるからには本気の方が楽しいじゃん! リスクがある方が燃えるってもんでしょ?」
「完全に賭博中毒者の思考なのよねぇ〜。でも乗った。重戦士のローダンには絶対勝てるし」
「む……何だと?」
常識を説いていた筈のローダンだが、いつの間に戻って来たのか後ろからヒョコっと話に混ざって来たカトレアに煽られ、あっさりと乗せられる。
「んじゃ行くぞ〜! シオンも準備は良いか!?」
「うん。でも、俺は料理できな」
「うっしゃ! よーい、ドーンッ!」
シオンの言葉を最後まで聞かず、アメリアは勝手にスタートの合図を叫んで走り出した。
一歩目の踏み込みからして女性のそれとは思えない……否、“人間離れ”した地面を抉るような剛脚で飛び出した彼女の背中が、あっという間に小さくなる。
「当然のように魔力で身体強化すんのねぇ〜」
「大人気ない……いや、あの聖女とは名ばかりのゴリラが大人だった事など無いな。はぁ……」
呆れ顔の残された大人二人もそう言いながら、全身に魔力を漲らせた。
「先に行く」
と、その横を小柄な影がハヤブサのようにヒュンと風切り音を立てて通り過ぎる。
「およ?」
「ほう」
アメリアの背中を追いかけて駆け出したシオンを、カトレアは意外そうな、ローダンは感心したような顔で思わず見つめた。
「……ふふっ。ナマグサ聖女のアホなノリも、たまには役に立ったんじゃない?」
「元々は俺が言い出した事なんだがなぁ……」
滅多に見れないシオンの少年らしい姿に二人は相好を崩し、その小さな背中を見失わぬよう、すぐに追いかけた。
それから四人で走ること数分、シオンは先頭を駆けるアメリアに追い付き、横に並ぶ。
「お? 速いじゃんシオン! でも私の美脚はこんなもんじゃないぜ!」
「ビキャクって、どう言う意味?」
「純粋と言う名のボケ潰し、だと!? ぶべっ!?」
「あ」
そして、調子に乗った聖女(笑)は地面に顔面ダイブした。
よそ見をしていたせいで足元の大きめな石に躓いたのだ。……尚、石の方は跡形もなく砕け散った。
馬よりも遥に早く走っていたので、本来なら彼女の顔も酷い有様になる筈だが、身体強化の恩恵かケロッとした顔ですぐに起き上がる。
「ぷはっ!? 動揺を誘う作戦とは、お主、ちびっ子のくせに中々やるな!?」
「?」
全く意味の分からないアメリアの言葉に、少年シオンはただただ首を傾げるばかりだ。
「置いてくぞ。脳筋女もどき」
「あははっ!? 四つん這いになってるとホントにゴリラみたい!」
と、その横を仏頂面のローダンと、心底バカにし腐った笑い声を上げるカトレアが通り過ぎる。
「ぬわぁんだとぉっ!? 筋肉ダルマと擬態トカゲに言われたく、ないわぁっっ!!」
激昂したアメリアは、膝をついたまま地面を思い切り“殴り飛ばし”、無差別に飛礫の散弾を放った。
「ふん」
「ホイホイっと」
「邪魔しても良いのか?」
だが、シオンを含め前方を走る三人は弾くなり躱すなりしてあっさりと回避する。
「特にルールは決めていないが、あの女は人として終わってるから真似するなよ、シオン」
「分かった」
「分かるな! おいコラ、シオン!? 素直なら良いってもんじゃ無いぞ!? ちゃんと自分で考えなさい!」
「まともな思考回路なら結論同じじゃない?」
ほぼ散弾と同じ速度でアメリアは追い付き、四人は横並びとなる。……余談だが、この時彼らが駆け抜けた後に残る“轍”のせいで、この地方では暫く、とんでもない巨大な魔物が生息していると言う噂が流れた。
「そう言えばカトレア、今更だがジニアはどうした?」
「んん〜? なんか崖に落っこちたから置いて来たけど?」
「聞いたかシオン!? 私よりこの露出狂の方が人として終わってるぞ!」
「そうなのか? ジニアなら崖くらい大丈夫だと思うけど」
キョトンとした顔で首を傾げる少年を見て、三人は同時に思った。
(((このパーティ、マジで教育に悪いな……)))と。今更である。
「お、おおいっ!? アンタらのせいでうちの子の常識がぶっ壊れてるんですけど!?」
「一番最初に脂肪の塊押し付けて性癖ぶっ壊そうとした女が何か言ってる」
「男の子が大きいオッパイ大好きなのは正常でしょうが!」
「そうか? 俺はどちらかと言えば控えめな方が好みだが……」
「「黙ってろロリコン。お前が一番教育に悪い」」
曲者揃いの勇者パーティでも特に女性陣は協調性に欠けるが、何と言う事でしょう。今は驚くほど息ピッタリ!
「だっ、誰が幼女趣味だ!? 俺はただ華奢で守ってあげたくなるような女性がだなっ!?」
「はいはい。牢屋に回れ右してどうぞ」
「衛兵さ〜ん! この人でぇ〜す!」
「おおいっ!? ち、違うぞシオン!? 俺は決してそんな変態などではっ!?」
「………ああ、うん。そうか」
「シオオオオオンッッ!?」
虚な瞳で心なしか距離を取って頷くシオンに、ローダンは普段なら精悍な顔立ちを情けなく歪めて誤解(?)を解こうと迫る。より変態っぽい。
「あれ、村じゃないか?」
「む?」
だが、シオンの返事がいつも以上に素っ気なかったのは、ローダンの性癖に疑いを抱いたからではなく(きっと)、前方にゴールとなる村らしき集落が見えたからだった。やけに高い鉄柵に囲まれているが、その隙間からは住居と思しき石造りの建造物がちらほらと見える。
「ハッハァーッ! わざわざお知らせとは、まだまだ甘いなシオン!? てことで、アタシは先に行くぜぇっっ!」
アメリアは黄金の魔力を迸らせると、その光を両足に集約し、流星の如く爆発的な加速で他の三人を突き放す。
「他人の事を筋肉だるまだとか言っておきながら……あいつが一番脳筋じゃないか」
そうボヤくと、ローダンは一瞬シオンにニッと笑いかけ、アメリアに続いて地面を蹴り砕きながら加速した。
「どっちもどっちだよねぇ? んじゃ、筋肉おバカが二人して先に行ってくれた事だし、私たちはゆっくり行こ? シオン」
「え? ローダンは『競争』って言ってたぞ?」
と、加速した脳筋二人の背中を呑気に眺めなら逆にペースを落としたカトレアに、シオンも合わせて減速しながら首を傾げる。
「だって、負けても別に良いじゃん。損する事なんて何も無いんだし」
「でも、俺は料理なんて……っ?」
思案するように俯いたシオンの頬を、カトレアはムニっと両手で挟んで顔を上げさせ、悪戯っぽく微笑んだ。
「うん。だから、お姉さんと頑張ろ? 大丈夫さ。初めてでも二人で一緒に作ったら、きっと楽しいよ」
「ほう、はのは(そう、なのか)?」
頬を挟まれているせいで上手く滑舌出来ないシオンを、カトレアは堪らなくなったように頬を紅潮させて抱きしめた。
「もう何それぇ〜!? 可〜愛〜い〜い〜!!」
「ふがっ」
「ああ〜ローダンじゃないけど、私も少年趣味に目覚めちゃいそうだよぉ〜!」
シオンを胸に埋めたままイヤンイヤンと左右に身体を揺らすカトレア。控えめに言って犯罪臭が凄い。
………と、そんな二人の背後から、ドドドドドドドドドッ……と、激しい揺れと共に地鳴りのような音が響き渡る。
「ん? 何だろこの音?」
「っ! カトレア、離れて」
シオンはスッと彼女の腕から抜け出ると、自ら聖剣を顕現させる為の“呪言”を唱える。
「“我が身を喰らい、滅びの光をこの手に”」
「おやおや……まったく。腹ごしらえの運動はもう十分なんだけどねぇ?」
カトレアはシオンの肩にポンと優しく手を置くが、その青い瞳は狩をする前の獰猛な肉食獣の如く細められていた。
二人の視線の先に迫る土煙。その中に見える影は、人の二倍はあろうかと言う巨躯の群れ。
赤銅色の硬質な鱗に包まれたトカゲのような姿の魔物、『ボルノドン』。魔物の中でも特に獰猛な部類で、一度目を付けた獲物はどこまでも追いかける習性がある。
「この辺りに他の魔物が居ないのはコイツらのせいみたいだね。通りで村が仰々しい柵に囲まれてる訳だよ」
「アメリア。あれは殺しても……あ、居ないのか」
「良いよ。私が証人になる。あっちは確実に私達のこと餌としか思ってないし。結果的に、あの村を守る事にもなるからね。これは、“無差別な殺し”じゃない」
聖女アメリアと交わした、生まれて初めての“約束”。
目の前に魔物の群れが現れても素直にそれを守ろうとしている少年の姿に、カトレアは慈愛と憐憫のこもった複雑な視線を向ける。
「分かった」
コクリと頷き、シオンは聖剣を無造作に振りかぶって、駆け出した。
「う〜ん……。そろそろ自分を守る戦い方も教えないとだよねぇ。とは言っても私は近接専門外だし、ローダンは防御力ゴリ押しのパワープレイで、アメリアに至ってはセンスだけで戦ってる野生動物みたいなもんだからなぁ……。情操教育上ちょっと心配だけど、やっぱりジニアに任せるしか無いかぁ」
自称常識人の神官が時折覗かせる治安の悪い言動(本性?)が、シオンの人格面に悪影響を与えるのでは無いかと、カトレアは懸念する。大正解。
そんな事を考えている内に、シオンがボルノドンの群れと接敵する。
「ま、今は取り敢えず私達が守れば良いんだけどさ」
肩を竦め、片手を空に掲げたカトレアの全身から青い魔力光が立ち上り、天空に巨大な魔法陣が展開された。
「風の精霊よ、我が導きに応えよ。『フィル・ヴェルディガ』」
彼女が静かに呪文を告げると同時に、無数の“風の刃”がボルノドンの群れに降り注いだ。
鎧の如く硬質な鱗に守られた魔物の首が、見えないギロチンに次々と切り落とされる。
『『『グギャァァァァアアッ!?』』』
ただ一度の魔法行使で群れの五割以上を屠り、生き残りにも甚大なダメージを与えたカトレアは、状況に反してのんびりとした声音でシオンに告げた。
「ほどほどに残しといたから、後よろしく〜」
シオンは返事の代わりに前を向いたままコクりと頷き、目前に迫った一体目のボルノドンに聖剣を振り下ろす。
『グルァァァッ!!』
「『滅魔光刃』」
同時に、聖剣に選ばれた勇者のみが行使する事を許された、“攻撃型光魔法”を解き放つ。
聖剣の刃が目を焼くほどの純白の魔力光を放ち、まるで溶断したかの如く一切の抵抗を感じさせない滑らかさでボルノドンを頭から尾まで一気に一刀両断した。
いくら切れ味が良くとも、普通なら子供の力で剣を振り下ろして、ああはならない。
「相変わらずエグいなぁ。……あんな物を子供に持たせるなんて、正気を疑うよ。本当に人間て生き物は、群れ過ぎると碌な事をしない」
いつもの飄々とした雰囲気とは違う、どこか老獪さと剣呑さを帯びたカトレアは、苛立たしげにつま先で何度も地面を叩いた。
「群れると碌な事をしないのは、人間に限った話では無いがな」
「あ、ジニア。生きてたんだ?」
いつの間にか追いつき隣に立っていたジニアに大して驚くでもなく、カトレアは雰囲気をいつも通りに戻して小首を傾げる。
「死ぬ可能性を考慮したなら助けに来い。……まあ、私の事は別に良い。それより、シオンに一人で戦わせているのか。アメリア達は?」
「援護はしたし、何かあればすぐに助けるよ。脳筋馬鹿二人はあそこの村へ先に向かったから、そろそろ待ちくたびれてる頃かな?」
「どうしてそうなったのかは聞かない。どうせ頭の悪い理由だろう」
「お、流石は“先生”。出来の悪い教え子達の事をよく分かってるじゃないか」
「アメリアはともかく、ローダンを教え子にした覚えはない。それに教職はもう辞した。私には向いていなかったからな」
「そうかな? 私は向いてると思うけど。少なくとも、あの子を育てた……いや、“造った”教会の連中よりは、ずっとね」
「……シオンと二人きりになったのは、わざとか?」
カトレアは神妙な顔をしたジニアの問いにすぐには答えず、シオンの小さな背中をじっと見つめる。
凄まじい速度で舞うように光の刃を振り回し、次々と魔物を切り裂いて行くその姿は、まるで死を振り撒く天使のようだ。
「……見極めたい、とは思っているよ。でも、過剰な手出しはしない。それこそ経験上、碌な事にならないからね。あの子の手助けはしても、愚か者の不始末まで面倒を見てやる気は無いさ」
「そうか……そうだな。それは、私の仕事だ」
「お、意外だねぇ。君のそう言う“熱”は、もう冷めたのかと思っていたけど。何かやるつもりなのかな?」
ジニアの返事が予想外だったのか、カトレアは期待に目を輝かせる。
だが、当のジニアは酷く落ち着き払って言葉を続ける。
「期待しているところ申し訳ないが、そんな大層な話じゃない。ただ、あの子を自分達の都合の良い道具にしようとしている連中の思惑を、台無しにしてやろうと言うだけの事だ」
「いやそれ殆どクーデター……十分大した話だと思うけど?」
「人聞きが悪いな。私は、悪魔で平和的な手段しか使うつもりはない。まあ、シオンを連れ出す時には“少々強引な”手を使ったが、結果的に人死は出なかったのだから問題ない」
「何をしたのかは聞かないよ。どうせ教育に悪い事だろうからね」
やっぱりこの神官(悪)には任せない方が良いかなぁ……と、カトレアが頭を捻っている間に、危なげなくボルノドンの群れを殲滅したシオンが、トコトコと駆け戻って来る。
「カトレア、ジニア。終わった」
戦いながらも気配を察していたのか、シオンは戻っていたジニアに驚くでもなく、淡々と報告する。
「うん。お疲れ様。怪我は無い?」
「多分。しててもすぐコイツが治すから、大丈夫」
シオンは聖剣を持ち上げて、何でもない事のようにそう言うと、「引っ込め」と雑に命じて聖剣の顕現を解いた。魔物の血を啜って落ち着いたのか、今度はあっさりと姿を消す。
「それは大丈夫とは言わんが、まあ、無事なら良い。村があるのなら、一先ず今夜の宿を探そう。もっとも、快く受け入れてくれる宿屋があるとは思えんが……そこはまあ、何とかしよう」
「教育に良くない手段で?」
「平和的な手段で、だ」
「?」
含みのあるやり取りをする大人達に、シオンはただただ、首を傾げるのだった。
また間が空いてしまいましたが、気長にお付き合い頂けると幸いです。
今話もお読み頂き、ありがとうございました!




