+++ ぬくもりにふれて +++(1)
ーーーーーー時は遡り、約七年前。
これは、片田舎で『不良牧師』と呼ばれる青年が、まだ純粋な少年だった頃のお話。
『暴虐の勇者』と呼ばれる、少し、前のお話。
「アメリア。あれは殺して良いか?」
「真っ直ぐな瞳で聞くことじゃ無いんだよなぁ……」
……純粋? いや、純粋が故に、善悪も倫理もまだ理解していないだけだ。多分。きっと。まだ暴虐じゃない。……ちょっとしか。
「こら。エリュ……いや、“シオン”。すぐに聖剣を顕現させるなと言っただろう? 一旦しまいなさい」
「ジニア……でも、勝手に出て来るんだ。こいつ」
「いやそんなハムスターみたいに」
今よりも少しだけ眉間のシワが少ない『神官ジニア』に眼鏡をクイクイしながら言われて、シオン少年は聖剣の切先を投げやりに地面にガンガンぶつける。
……因みに、今の彼は勇者の装いではなく、どこにでも居る普通の子供らしい服装だ。なので、異様な気配を放っているのに聖剣も、どこかオモチャじみて見えた。
そんな彼に、『聖女アメリア』はノリ良く片手でポンと胸を叩きながらツッコんでいる。
太陽よりも眩しい金糸の如きブロンドの長い髪。澄んだ空色の瞳。白雪のような純白の肌。清純な相貌に反して主張の激しい、起伏に富んだ女性らしい体躯。
容姿だけなら紛れもなく絶世の美女だ。……が、芸人のオッサンみたいなその言動が、全てを台無しにして……ってうるっせぇよ!
「敵意に反応してるんじゃない? あっちはヤル気満々みたいだし?」
と、そんな彼らを生暖かい目で眺めながら、『魔導士カトレア』は対面するガラの悪い男達を指差した。……因みに、彼女の容姿は今と全く変わらない。教育に悪い露出の激しい格好もそのままだ。
「はぁ……一応確認するが、お前等は“魔王軍”の所属か?」
諦観の滲むため息を漏らしたのは、重装備を纏う大柄な美丈夫、『戦士ローダン』。
彫りの深い顔に哀れな生き物を見るような同情を浮かべる彼だけは、唯一、彼等『勇者パーティー』の“行く手を塞ぐ者達”と、まともに向き合っていた。
「如何にも! 我々は魔王軍が四天王、『閃剣の魔将ルシール』様直属の憲兵団である! 見たところ貴様等は旅の人間達のようだが、ここより先は魔族領最大国家、『ルーシア帝国』! もしこの国境を一歩でも越えよう物なら、即刻その首刎ねてくれるぞ!」
威勢良く吠えたのは、甲冑を纏う“異形の者達”、『魔族』の隊長格らしき単眼の大男だった。その巨躯はローダンに匹敵しており、胸の厚みは彼以上。一目で剛力と分かる。
だが。
「ふむ。存外に統制は取れているのだな」
ジニアは蟻の観察でもしているように淡々と感想を述べ。
「問答無用で襲って来るとかじゃ無いんだ? そっちの方が話早いのにねぇ?」
カトレアはつまらなそうに目を細め。
「あれ? シオン? どこに……ってうおおっ!? 何じゃこりゃぁ!?」
アメリアは魔族達の方に見向きもせず、いつの間にか地面に空いていた大穴に仰天していた。
……よく見ると、穴の底にはいまだに中々引っ込まない聖剣を無心で地面にガンガン叩き付けているシオンが居る。どうやら、地面の方が耐えられなくなって抉れたようだ。
「おかしいな……いつもなら二、三回で引っ込むのに。『声』もうるさいし……」
少年シオンは相変わらず無表情のままだが、自身のこめかみをコンコンと叩く仕草は、どこか煩わし気だ。
「俺達と旅するようになって、めっきり殺しは減ったからな。目の前に魔族が居るせいもあるだろうが、聖剣の“飢え”が限界なんじゃないか?」
「あー……確かに。つっても、アタシ等これから旅すんの魔族領だしなぁ。いくら相手が魔王軍だからって、シオンに余計な殺しなんかさせたくないし。どうしたもんかね?」
穴の底を覗き込みながら、ローダンとアメリアはポリポリと頭の後ろを掻く。
「き、貴様等ぁ!? 話を聞いているのかっ!? さっさと立ち去れっつってんだよ!」
「素が出てるよぉ〜。てか、そっちが国境超えるのは良い訳?」
「んん?」
痺れを切らして前のめりに叫んだ単眼の魔族は、カトレアの指摘に思わず目を丸くする。
ゆっくりと下へ視線を向ければ、確かに彼の足は国境線を越え、シオン達が居る人間族の領地、『スターチス王国』に踏み込んでいた。
「い、いやっ!? 違っ!? これは勢い余って!?」
「ほう? つまり自身の過失であると認める訳か。では、我々が“うっかり”旅の途中で道に迷い、そちらの領地を放浪したとしても、大目に見てくれるかね?」
「え!? いや、それは……」
ここぞとばかりに眼鏡をクイッ! キラーン! とさせるジニアに詰められ、単眼の魔族はたじろぎ。
「ええ〜? そんな優しい交換条件で良いのぉ? 神官様ぁ? この魔族のお兄さん、目の前で国境踏み越えたんだよぉ? さっき私達が国境越えたら首を刎ねるとか言ってたのにぃ〜?」
「うぐっ!? そ、それは牽制の意味も込めて少し大袈裟にだなっ!?」
ニヤァっと意地の悪い笑みを浮かべたカトレアに揚げ足を取られ、盛大に慌て。
「まあまあ神官様も魔導士様も、そ〜んな意地悪しなくても良いじゃない。ねぇ? 憲兵の兄さん? ここは一つ、“お互い何も見なかった”って事でどうよ? アタシ等はここが国境だって事に気付かず通り過ぎちまった。そんで憲兵の兄さん方は、すれ違いでアタシ等とは出会わなかった。ただそれだけの事さ。そうだろう?」
「うっ!? いや……うむぅ……」
いつの間にかスススッと寄って来て、実は自分達だけが得をする詐欺じみた提案をするアメリアに、まんまと騙される。
「おーいシオン。あんな連中みたいな大人にはなるなよ? お兄さんとの約束だ」
「ん? ローダン、街で子供達にオジサンて呼ばれてなかったか?」
「がはっ!? ……お、俺は、まだ二十代、だ……」
見事なまでに教育に悪い連携を見せる大人達から青少年を守ろうとしただけなのに、ローダンは大ダメージを負って穴の底に落ちた。
「あれ? 何もしてないのに死んだ。アメリア、ごめん。約束守れなかった」
「そいつはノーカンだからオッケー!」
淡々と己が過ち(死因は不明)を認めて謝るシオンに、アメリアは満面の笑みでサムズアップする。
「生きとるわっ! おいナマグサ聖女! テメェ聖職者なら子供の前でくらい真っ当に振る舞えや!」
「お? 早速老害発言ですかぁ? オ・ジ・サ・ン? ぷぷぅーっ!」
「ぶっ殺すっ!」
これでもかと言うほど小馬鹿にした顔で上から覗きこんで来るアメリアの元に、ローダンはその巨体に似合わぬ跳躍力を見せて飛び上がる。……自分がすこぶる教育に悪い発言をしている事にも気付かずに。
「なるほど。仲間なら気軽に殺し合いしても良いのか」
「うちのパーティーに限って言えば否定出来ない所が何とも歯痒いが、その歪んだ認知は早めに矯正しておこう。奴らは異常者だ。参考にするな。本来の仲間とは、互いを思いやり時にはその身を盾にして護り合う、そんな固い絆で結ばれた者達の事だ」
「ジニア。いつの間に降りて来たんだ?」
音も無くシオンの隣に降り立っていたジニアは、眼鏡をクイっとしながら教育者の顔でシオンを諭す。……もっとも、説得力は全く無いが。
「良いかシオン? 戦闘力も確かに一つの強さだが、もっと大事なのは心の強さだ。この私の様に常に己を律し、他者への慈しみを忘れない大人になりなさい」
「でも、ローダンがジニア達みたいな大人にはなるなって言ってた」
「おいそこの筋肉ダルマァッ!? 子供に何吹き込んでんだコラァ!?」
ジニアはそのインテリな風貌に似合わぬ荒々しい跳躍で穴から飛び上がり、アメリアを追いかけ回していたローダンに向けて飛び蹴りを放つ。……間違いなく、未来の不良牧師を生み出した元凶である。
「お〜い。シオ〜ン? お馬鹿さん達が世界の果てまで鬼ごっこしそうだから、そろそろ上がっておいで〜。それとも一人じゃ登れな〜い? お姉さんが迎えに行こっかぁ〜?」
「分かった。一人で問題無い」
呑気な声で穴の中へ呼びかけるカトレアに応えて、シオンは軽くつま先を地面に突いて調子を確かめ、グッとしゃがみ込んだかと思えば、一気に飛び上がった。
「わおっ! 今日も絶好調だねぇ〜」
「普通だ。それより、この辺に殺しても良い魔物とか居ないか? 聖剣が全然引っ込まないんだ」
穴を覗きこんでいたカトレアの頭を悠々と飛び越えて地上に着地したシオンは、聖剣を投げやりにブラブラさせながら問い掛ける。
「う〜ん……すぐ近くに魔物の気配は無いねぇ。あの人達に狩場でも聞いてみる?」
そう言って、カトレアはチラチラとシオン達の方を見ながら遠ざかって行く憲兵団の魔族達を指差す。
どうやら、彼等はまんまとアメリア達に乗せられて(脅迫されて?)何も見なかった事にしたらしい。
「……いや。近づいたら“もっと殺したくなりそう”だから、やめとく」
シオンは聖剣の刃に映る、自身の濁った血の様な色の瞳を見つめて、静かに首を横に振った。
「こーら」
「んぐっ」
そんな彼の視線を、突如として褐色の肌が遮ったかと思えば、あっという間にか柔らかな温もりに包まれる。
アメリアと比べれば控えめだが、それでもしっかりと女性らしい主張をしているカトレアの胸に埋められたのだ。
「それは、シオンの意思じゃないでしょ〜。ちゃんと切り分けなきゃ。聖剣の衝動でシオンが戦うんじゃない。シオンの意思で戦う時に、聖剣を“使う”んだよ。オーケー?」
「……うん。分かってる」
悪魔で友人のように気安い声音で、それでいて抗い難い力のある言葉に、シオンは素直に頷いた。
「あーっ!? 若造りババァが条例違反してるぅーっ!!」
「セクハラ性女にだけは言われたくないんだけどぉ? その教育に悪い脂肪の塊削ぎ落とすぞコラ」
……悪魔で友人のように気安い声音に、確かな殺意を乗せて頬をヒクつかせるカトレアは、明らかに自身の衝動に呑まれていた。やはり説得力は皆無である。
「……あれ?」
だが、そんな彼女等の間抜けなやり取りに気を削がれたのか、或いは魔族が去った故か、聖剣はいつの間にかシオンの手から消えていた。
ーーーーーーこれは、『聖剣の器』でしかなかった少年が、心を探す旅のお話。
そして、『暴虐の勇者』が生まれた、悲劇の物語。
やっとこさ新章ですが、『勇者パーティー』の回想編はずっと描きたかったので多分長くなります……。良ければお付き合い下さい。
今話もお読み頂き、ありがとうございました!




