+++ 過ぎゆく面影 +++(11)
ルピナが風呂から上がって来ると、丁度シオンが温め直した夕食を食卓に並べ終えた所だった。
「おおーっ!? やたら良い匂いがしていると思っていましたが、今日はいつもの食事とは段違いに豪華ですね!」
「やかましい。お座り」
「ワン!」
「調教が行き届いてるなぁ〜」
一言余計なのはいつもの事だが、贅沢な夕食に心奪われ完全にペットと化しているルピナに、早くもドラゴンだった女性は順応していた。
「いやぁホント、底抜けに傍迷惑な天然なのに無駄にスペック高いとことか、誰かさんを思い出すなぁ」
「もっと良い所で懐かしんでやれよと言いたいが、俺もコイツの頭がアレな部分に奴の系譜を感じてるから、同意せざるを得ん」
「ワン?」
首を傾げる犬の背後に、呼んだ? と、間抜けな顔で問い返すシスターが見えた気がしたが、二人は寒気を堪えるように腕をさすった。
「もう、兄さん? せっかく温め直したご飯が冷めちゃうよ? だいたい想像はついてるけど、早くそのお客さん、ちゃんと紹介して?」
「おっと、そうだな」
フィナにせっつかれて、シオンは尚もしつこく視界の端で存在を主張していた幻(?)を頭を振って消し去ると、コホンと一つ咳払いして隣の女性を手で指し示した。
「コイツは元勇者パーティーの魔導士、『カトレア・クレマチス』だ。以上。じゃあ食前の祈りを……」
「「「いやいやいやいや」」」※カトレア、フィナ、レン。
「ワンワン!」※犬。
「にゃあ〜」※リーン(猫?)。
あまりにもあっさりと終えた旧知の紹介に、本人含め全員が抗議の声(一部鳴き声)を上げる。だが当のシオンは、心外と言わんばかりに眉根を寄せていた。
「んだよ? ちゃんと紹介したろ」
「あのさぁ、君ってホントそういう所は無頓着って言うか、他人のパーソナリティにとことん関心無いよねぇ。全く誰に似たんだか……」
「そりゃお前らだろ。俺と初めて会った時も、血の海の真ん中で聖剣持ってた俺に平然と近寄って来たじゃねぇか」
「まあシオンの塩対応なんて今更だし、食べながら自己紹介も兼ねてゆっくり昔話でもするから、先にお祈り済ませちゃおうか」
「聞けや。ったく……えー、主よ。今日も大地の恵みを与えて下さる事に感謝致します」
さらりと反論をスルーして肩を竦めるカトレアに半眼を向けつつも、シオンは食前の祈りを唱え、他の皆もやれやれと言った顔をしつつ、彼に続いた。
「「「「「感謝致します」」」」」
「命に敬意を、愛に誠意を捧げ、頂きます」
「「「「頂きます」」」」」
そうして、やっと始まった夕食の席は、直前までのゴタゴタが嘘の様にゆったりと和やかな時間が流れた。
「もっもっもっ……んぐっ! 元勇者パーティーという事は、カトレアさんも父と知り合いなのですか?」
「う、うん、そうだけど……その小さいお口と細いお腹に、どうやったらそんなに食べ物が入るの?」
まるでリスの様に顔が三倍に膨れるほど頬張った料理を、どういう原理か一瞬で噛んで飲み込んだルピナに、カトレアは質問の内容そっちのけでドン引きする。
もっとも、彼女以外の皆は慣れたもので、フィナが苦笑を浮かべたり、シオンが辟易して小さく溜息を吐く程度だ。レンやリーンに至っては全く気にしていない。
「まだまだ育ち盛りなので。そんな事より! 父はあまり私に旅の話はしてくれなかったので、当時の事をたくさん聞きたいです!」
「ああ〜……まあ、私達皆、あの旅では色々やらかしちゃってるけど、その中でも特にジニアは黒歴史満載だからねぇ。あの性格じゃ本人は笑い話にも出来ないだろうし。仕方ないよ」
「お父様の黒歴史!? 何ですかそれ!? メチャクチャ知りたいです!!」
「やめてやれよ……俺が言うのも何だが、今でもアイツが一番苦労してんだぞ」
父親の黒歴史に激しく食い付くルピナに、シオンはパンを齧りながらげんなりとした視線を向ける。親の心子知らずにも程がある、と。
「むぐむぐ、ほんなほほよりは! はほへあっへほあほんあのか!? ほえほもへんひんほはほーはふはへふのは!?(訳:そんな事よりさ! カトレアってドラゴンなのか!? それても変身の魔法が使えるのか!?)」
「こらレン! 食べるか喋るかどっちかにしなさい!」
「う〜ん、そうだねぇ、どっちとも言えるし、どっちとも言えないかなぁ」
「え? 何で分かるの……?」
口に料理を詰めたまま喋るレンの言葉を、何故か正確に読み取ったカトレアに、フィナは戦慄して思わず敬語も忘れる。然もありなん。
「あの姿を見た男の子は、大体ああやって目をキラキラさせるからね。聞きたい事も想像がつくのさ。懐かしいな……シオンも初めて竜化を見せてあげた時はああやって目を……」
『聖剣が反応しない……魔物じゃないのか。光魔法が効かないなら、頭か心臓を潰せば死ぬのか?』
『いや物騒だな!』
「……ギラギラ、いやキラキラさせてたなぁ」
「おいコラ。てめえにとっては六、七年前の記憶なんて昨日の事みたいなもんだろうが。美化すんには早過ぎだ」
「てへっ☆」
「殴りてぇ……」
茶目っ気たっぷりにウィンクをかます妙齢の美女に、シオンは青筋を立てる。
「はぁ……まあ、こんな感じでアメリアやそこの穀潰しとは別種のウザさがあるババアだが」
「こらこらぁ〜? カトレアさんは永遠のお姉さんだぞぉ?」
「それなりに世話になった……と言うのはやっぱり俺の記憶違いだったみたいだから、雑に扱ってかまわない。どうせ泊まって行くつもりだろうが、その辺の床にでも転がしとけ」
「相変わらず照れ屋さんだなぁ〜。でも目付き以外はかなり良い男に育ったみたいだし、あんまり意地悪すると、夜・這・い、しちゃうぞ?」
「“我が身を喰らい、滅びの光を……」
「な、なぁんちゃってぇ! ウッソでぇーす! だから魔族以外にも効くようになった凶悪光魔法だけはやめよ? ね?」
笑顔はそのままだが、よく見るとカトレアのこめかみには冷や汗がたらりと流れていた。
「むぐむぐ、リュウカ? とは、どう言う意味ですか?」
「え? 君とはさっきあっちの姿で会ったじゃん。ほら、私の魔力、よく見てみな?」
キョトンとするルピナに分かりやすいよう、カトレアはオーラの様に自身の青く輝く魔力を漏出させる。
「むむっ………え? ええええええええええええええええええええっっ!? 何で!? 何でカトレアさんからあのドラゴンさんと同じ魔力が!?」
「リアクション良いなぁ〜。昔のシオンにも見習って欲しいよ」
「しっかり覚えてんじゃねぇか」
半眼を向けるシオンに、カトレアはどこか慈愛の篭った眼差しで応じた。
「でも、今はそうやってツッコんでくれたり怒ったり、本当に情緒が育ったね」
「うるせぇな……別にんなこと」
「昔は私やあのナマグサ性女がいくらラッキースケベやちょっとエッチな悪戯しても無反応だったのに、今やこんな可愛い女の子まで囲うようになってるなんて……お姉さん、嬉しいけどちょっと寂しいよ」
「良い話で終わらせろや!」
「いやぁ、照れますねぇ」
「テメェも都合の良いとこだけ拾ってんじゃねぇよ……」
ホロリと溢れた涙を拭う真似をするカトレアと、ピンポイントなワードしか聞こえないルピナのご都合イヤーに、シオンは改めて辟易した。然もありなん。
「ふむ。りゅうよ。やはりわれにうんめいをはこんできたか?」
「お? ……へぇ、鋭いね。お嬢ちゃん」
幼女とは思えないやたらと神妙な表情と声音で問い掛けたリーンに、カトレアはノリノリでニヒルな笑みを浮かべた。
「やっぱお前帰れ。ガキ共に悪影響だ」
「に、兄さん。確かにそうだけど、もうちょっとくらい良いじゃない。ね?」
「あれぇ? ぬるっと追い出される事が確定してるぅ?」
「気を付けて下さい。この教会の真のボスは……フィナさんです」
「ルピーさん?」
「ワン!」
やはり姉御は真のボスだったらしい。
「まあ悪ノリは別にして、“運命を運んで来た”ってのは、あながち間違いじゃ無いんだよね」
「何……?」
先程までのふざけ半分とは違う、真剣味を帯びたカトレアの声音に、シオンは眉を顰める。
「シオン。敢えてこの子達の前で、君に問おう」
真意の読めない透き通った表情で、カトレアはその青い瞳で真っ直ぐにシオンを見つめる。
彼女がそうしただけで、和やかな夕食の場が神聖さすら覚えるほどの静謐な空気に変わった。
「もう一度、私と魔族領へ旅に出ないか?」
なかなか思うように時間が取れず隔週更新になってしまっていますが、気長にお付き合い頂けると幸いです。
続きを書けずにアイデアだけ溜まってしまっている他のお話も、どうにか時間と体力がある時に書ければと思っているので、その時は良かった覗いてみて下さい。
今話もお読みいただき、ありがとうございました!




