+++ 過ぎゆく面影 +++(10)
「ただいま。兄さん」
「おう。おかえり。丁度魚が焼き上がるとこだ。手洗って座っとけよ」
「あれ? もうご飯の支度出来てるの? こんな早い時間に終わるなんて珍しいね? それに、何だか豪華じゃない?」
遊びに出ていたレンとリーンを連れ帰って来たフィナは、普段より半刻以上早く用意されている夕食を見て、目を丸くする。
しかも、いつもならスープか煮物にせいぜい副菜が一品とパンくらいしか並ばない食卓に、今日は追加で燻製肉の炒め物や、野菜をふんだんに使ったサラダまである。この上、焼き魚まで来るというのだから、驚かずにはいられない。
「お、おいおいシオン。俺達の誕生日ならまだ先だぞ?」
「へそくりがバレたか?」
「ちげーよ。あとリーン。そのセリフどこで覚えて来た? 教育に良くねぇ大人のとこで遊んでないだろうな?」
レンとリーンも揃って首を傾げるが、その頬は紅潮しており瞳もキラキラ輝いている。言動はともかく(特にリーン)、実に子供らしい反応だ。
「でも本当に、どうしたの? 兄さんがこんなに張り切ってご飯の支度するなんて」
「ああ〜……何つぅか、別に約束した訳じゃないんだが、多分今日あたり俺の客が顔を見せに来ると思うんだ。まあ一応ガキの頃世話になった奴だから、少しくらいはもてなしてやろうと思ってな」
「っ! それって……」
フィナが何かを察した、その時。
外で「ゴオォォォッッ!!」と荒れ狂う豪風が地面に叩き付けられる音が響き、衝撃で宿舎が激しく家鳴りを起こす。
「きゃっ!?」
「うおっ!? な、何だぁ!?」
「敵襲か……?」
「……はぁ、ったく。どうして“うちの連中”は派手に登場しなきゃ気が済まんのかね?」
一人落ち着き払った様子のシオンは、子供達の頭にポン、ポン、ポンと軽く触れて安心させると、家鳴りが治るのを待って扉を開ける。
不測の事態であれば、シオンは「宿舎から出るな」と言う。それが分かっているから、子供達は自然と彼の後ろに続き、外の様子を見に行った。
そしてすぐ、驚愕に目を見開く。
「わぁっ!?」
フィナは畏怖を覚えると共に感動の声を漏らし。
「おっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」
レンは一瞬たじろいだ物の、すぐに目を輝かせて興奮の雄叫びを上げ。
「っ……ふっ。うんめいのときがきたか」
「待てリーン。戻って来い。その年からそっちの世界に行くと帰れなくなるぞ」
リーンは謎の覚悟を決め、思春期男子のような痛々しい言動を口にした……ので、シオンが早めに軌道修正しにかかった。
『あははっ。皆、随分と立派に育ったねぇ。あのナマグサ聖女とヤンチャ坊主が育ての親とは思えないよ』
「「「っっ!?」」」
物理的な音は発していない。だが確かに、見上げるほどに大きな“その存在”から、まるで風に乗る鈴の音のように清涼な“声”が響いたように、フィナ達には聞こえた。
天に向かって伸びる長い首と、岩すら容易く裂いてしまいそうな爪を持つ四本の足。体躯の更に倍以上長い尾。そして、陽の光すら容易く遮る二対の翼。
その全身を包み込む見るからに硬質そうでありながら、神々しい輝きを纏う蒼鱗。
そして、彼らを慈愛の込もった眼差しで見つめる、宝玉のような青い瞳。
世界広しと言えど、一生に一度出逢う事すら難しいとされる“伝説”の存在、『ドラゴン』の姿を目にして、子供達は、ただただ感動に打ち震えていた。
『うんうん。普通の子供ならビビってお漏らししちゃうとこだけど、ちゃ〜んと私に殺気が無い事を理解してるね。シオンが警戒していないというのもあるんだろうけど、それでも大したもんだぞ。偉い偉い』
どこか人間臭い仕草でウンウンと感心したように頷くドラゴンに、シオンは苦笑を向ける。
「どうでも良いが、その格好だとデカすぎてうちに入らねぇぞ。わざわざ用意してやった晩飯を食わないってんなら、別にそのままで良いが」
『っ! ……本当に、優しくなったね。シオン。いや、優しいのは元々か。ただ、行動で示すのが上手になっただけで。当たり前だけど、君もあの頃より成長しているんだね』
「ああ〜うるせぇうるせぇ。良いからさっさと“人の方”に戻れよ。焼き魚が冷める」
『焼き魚!? それを早く言ってよ! 私の大好物じゃん!』
その威容からは信じられない、餌を前にした犬のような反応を見せた『ドラゴン』の全身が、途端に眩い光に包まれる。
そして、徐々にその光は“人の形”に収束し、粒子となって空に溶けるように消えたかと思えば、そこには青い長髪を揺らす細身な女性が立っていた。
背はシオンと同じくらいで、女性としてはかなり高く、肌は健康的な小麦色。上下で分かれた布面積の少ない民族衣装のような服を纏っているせいで、控えめながらしっかり女性らしさを主張している胸元やくびれた腹、引き締まった太ももが惜しげも無く晒されている。
そして最も特徴的なのは、まるで湖畔のように神秘的な青い輝きを持つ瞳だった。
「うっ、う〜ん! 最近はこっちの姿の方が慣れちゃったけど、たまに“本来の姿”に戻るとやっぱ気持ち良いね。王都や魔族領だと大混乱が起きちゃうから、なかなか難しくって。久々にスッキリしたよ」
「そりゃ結構な事だが、どうせ“変身”するならもうちょいマシな服にしろよ……。ガキの教育に悪い」
「ん?」
腕を天に向かって伸ばすようにストレッチしたせいで、余計に際どい所が見えそうになるその女性に、シオンはジト目でツッコむ。
「ねぇ、兄さん。この人(?) って、もしかして?」
「おう。こいつは……」
「皆さぁぁぁんっ!? ご無事ですかぁぁぁぁっっ!?」
と、シオンが改めてフィナ達に彼女を紹介しようとしたその時。穀潰し……もといルピナの大声が、裏山の方から近付いて来た。
「へぇ……もう追い付いて来たか。流石は『星に選ばれし者』の伴侶だねぇ。……いや、もしかしたら彼女も……」
「何?」
「はぁっ、はぁっ……シオンさん! フィナさん達、は……?」
ドドドドッッ! と、華奢な少女とは思えない猪のような足音を立てて教会に辿り着いたルピナは、息を切らせながら慌てて子供達の安否を確認した物の、当の子供達がキョトンとした顔で自分の方を見ていたので、思わず首を傾げる。
「あ、あの、こちらに向かって『ドラゴン』が飛んで来ませんでしたか!? かなり大きかったので、外に居たなら見逃す事は無いと思うのですが……」
「落ち着け。それは……」
「シオーーーーーーン!? 皆ぁぁぁ!? 大丈夫ぅううう!? 何だかすっごい大きな魔力の気配がっ」
「ちっ、面倒くせぇなぁ! 大丈夫だっつってんだろ!」
「うっ、うええええ!? 何でウチ怒られたの!?」
と、ルピナに一足遅れて町から大慌てで帰って来たイリスが、タイミング悪く説明しようとしたシオンの言葉を遮ったせいで、理不尽にキレられる。哀れな魔王(笑)さんである。
「(てか正体隠してるくせに『魔力の気配』とか一般人から逸脱したこと大声で叫ぶなよバカが)」
「あ、あれぇ!? シオン何かすっごい怒ってる!? う、うぅ……ウチ、皆のこと心配しただけなのにぃ」
気付かないふりをしている手前、言葉にするわけもいかず視線で注意(罵倒?)してくるシオンの凶悪な眼差しに、何も分かっていないイリスは小動物のように震える。
「あれぇ? この子ってぇ……」
「何も言うな。思うな。考えるな。問題ない。だからこれ以上俺の面倒ごとを増やすな」
「独裁者かな?」
先ほどまで『ドラゴン』だった女性が何かに気付いたように(わざとらしく)イリスをじっと見つめると、間髪入れずシオンがその言葉を遮る。完全に状況整理を放棄したいらしい。
「おい穀潰し。取り敢えず、お前はガキどもとこのデカ女を連れて宿舎に戻れ。食堂に飯は用意してやってるから、その汚ねぇ格好をどうにかしたら、後は“待て”だ。良いな? そのくらい出来るな?」
「いつも通りの酷い呼び方とか雑な指示はこの際脇に置いとくとして、これだけは言わせて貰います。シオンさん。私は人間です。ワンコみたいな扱いはやめて下さい」
「そうか。飯はいらないか」
「ワン! さあ皆さん、早く中に入りますよ! そちらのお客人もどうぞ!」
「凄いなこの子!? 一瞬で人としての誇りを投げ捨てたよ!」
「ルピーさん……」
あっさりとプライドを捨てて忠実な犬となったルピナは、シュタッと宿舎の前に高速移動して扉を開ける。彼女もまた、シオンによる日々の教育(調教)によって少しずつ成長(退化?)しているのかもしれない。
「あ、あの、シオン? ウチは?」
「ああ、お前は……」
「「「「兄貴ぃぃぃぃぃっ!? 大丈夫ですかぁぁぁぁぁっ!?」」」
微妙にまだ震えながらウルウルとした瞳で見上げて来るイリスに、シオンが何事かを言おうとしたタイミングで、再び邪魔者(酷い)に遮られる。
だが、先程と異なりシオンは落ち着いた様子でクイッと親指を彼等の方に向け、寒気がするほど完璧な作り笑顔でイリスへ告げた。
「あの馬鹿共と一緒に町に帰れ。以上。じゃあな」
「うぇぇぇぇえっ!? ちょ、ま、待ってよ!? ウチあの人達とほぼ初対面なんだけど!?」
お察しの通り、彼らはルピナを追いかけて来た『自警団』の男達だ。身体強化全開で走って来たルピナに置いて行かれたのだろう。
「この前うちで一緒に飯食ってたろ。心配するな。見た目はあんなだが、躾は済んである」
「しつっ!? い、言い方! う、うう……でもでも、ウチ、今日もシオン……達と、一緒に居るつもりだったのに……」
「そうか。それは残念だったな。今日は客が来てるからお前に構ってやる暇は無い。諦めろ。じゃっ」
「スーパードライ!? ひ、酷いよぉっ! この人でなし! 不良牧師!」
しょぼくれるイリスを情け容赦なく切り捨てたシオンはにべもなく彼女に背を向けると、『自警団』の男達に問答無用で「ハウスッ!」と命じて、宿舎に帰ってしまった。
「え、ええ……まあ、兄貴が帰れって言うなら問題無ぇんだろうけど、何であんな機嫌悪いんだ?」
リーダー格のスキンヘッドの男はたじろぎつつも、雑な対応には慣れたものなのか、すぐに納得して仲間達と共にトボトボと帰路に着く。シオンは牧師よりも調教師の方が向いているかもしれない。
「す、すごい。本当に躾が行き届いてる……」
「ん? おう! 誰かと思えば旅芸人の姉ちゃんじゃねぇか。はは〜、さてはアンタも兄貴達を心配して来たのに、あっさり追い返された口か?」
シオンの言葉が比喩では無かった事に愕然としているイリスに気付き、スキンヘッドの男は諸々の事情を察して苦笑を向ける。
「うっ……うん。その通りです。お客さんが来てるから、今日は構ってる暇無いって……」
「客? 兄貴にか?」
「た、多分。私が来た時には、シオンの横に背が高くて綺麗な女の人が立ってたから、その人だと思うけど」
「なっ!? 兄貴に、綺麗な女の客、だと……!?」
イリスの言葉に『自警団』の男達はザワつき始める。
「……どう思う?」
「どうもこうも、わざわざこんなど田舎まで兄貴を訪ねに来るなんてよお……」
「いやいや待て! 兄貴は確かに俺たちの兄貴だが、この町に来た時はまだ子供だったんだぞ? 幾らモテるつったって、あの頃から外に女なんていないだろ?」
「でも、この前兄貴、王都に行ってたって……」
「「「はっ!? それだ!!」」」
どれだよ。と、ツッコむ者は、残念ながらこの場に居ない。
「……あれ? もしかして私、余計なこと言っちゃった?」
何やらコソコソと怪しげな相談を始めた『自警団』の男達を見て、イリスは今更ながらに焦り始めるのだった。
季節の変わり目に負けて一週空いてしまいましたが、何とか今週は更新できました。
今話もお読み頂き、ありがとうございます!
※前後の整合性を取るために若干セリフ等修正しました。




