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+++ 過ぎゆく面影 +++(8)


「ふぅ……今日は久々に、平和だなぁ」


 信徒が途切れた昼間の礼拝堂。

 壁に背を預け、地べたに行儀悪く座ったシオンは、気の抜けた声でそう呟いた。


 昨日教会に泊まったイリスは、しっかり朝食も共にして、すぐ仕事に出た。稼いだ金で一宿四飯の礼をするのだと意気込んでいたが、果たして旅芸人の投げ銭で幾らほど儲かるのか。取り敢えず、シオンは全く期待していない。


 ルピナもそんな彼女に触発されて、『サクッと一狩り行って来るので、今夜のお肉は任せて下さい!』と威勢よく出て行ったが、そもそもこの町の周辺は魔物が少ない(昔シオンが乱獲したせいで怯えて近寄らなくなった)ので、こちらも全く期待出来ない。……まあ、ブルズボアの前例があるし、もしかしたら無駄な引きの強さでとんでもない魔物が寄って来る可能性はあるが、そこは自己責任で頑張って貰おう。戦闘技能はまだまだだが、身体強化と魔法の威力だけは一級品だ。最強種と謳われるドラゴンでも現れない限り、最悪逃げるくらいは出来るだろう。


「思えば、あの穀潰しが来てからずっと騒がしかったからな……まあ、アメリアが生きてた頃もそこは似たようなもんか。問題は……」

「お世話される側とする側じゃ、全然違う?」

「それな。ガキどもだけならまだしも、大して年も変わらん上に、自分から勇者を名乗るような頭沸いてる女の面倒なんて俺には見切れん」

「でも、シオンは自分の意思であの子を王都から連れ戻したんでしょう?」

「うぐっ……」

「なら、最後までちゃんと責任取らなきゃね。それこそ、あのナマグサ聖女が、最後まで貴方の側に居たように」

「いや、それとこれとは話しが違っ……て、ん?」


 いつに間にか、誰かと会話していた事に気付いたシオンは、ふと横を見る。……けれど、そこにはもう誰の姿もなく、僅かな空気の揺らぎと一枚の美しい青い羽が残されているだけだった。


「これは……はっ。相変わらず気まぐれっつぅか、悪戯好きっつぅか。普通に挨拶くらい出来んもんかね?」


 だが、シオンにはその青い羽だけで十分だったようだ。

 苦笑を漏らし、ちょうど手元に落ちて来た羽を摘んで、懐かしそうに目を細める。


「………ん? いや、ちょっと待て。待て待て待て。何でアイツがルピ……穀潰しの事を知ってんだ? しかも、ろくに挨拶もせずどっか行ったって事は………うげぇ、面倒くせぇ〜」


 予期せぬ来訪者によって、この後何が起こるのか。漠然と想像しただけで、シオンは早くも辟易する。


「……ま、来ちまったもんは仕方ねぇな。取り合えず、さっさと掃除だけ済ませて、早めに晩飯の支度するか」


 十中八九、昨日以上に騒がしくなるであろう夕食の準備に向けて、シオンは重い腰を上げ、一人きりとなった礼拝堂の掃除を早めに始めるのだった。



* * *



「うぅ、どうしよう……。これじゃお礼なんて全然出来ないよぉ……」


 町の中央に位置する広場で、道化師ピエロの格好をしたイリスは項垂れていた。

 彼女の足元に置いてある投げ銭箱には、片手で数えれるだけの数枚の銅貨が侘しく転がっている。

 因みに、銅貨は王国で最も価値の低い硬貨で、三枚でパン一つと交換出来るかどうかと言う程度だ。この町の気の良いパン屋なら焼き損じの小さいパンくらいはおまけで付けてくれるかもしれないが、王都では少なとも倍以上。下手すれば切れ端も買えないかもしれない。


「なぁなぁピエロの姉ちゃん! もっと面白い事出来ないのぉ〜?」

「うぐっ!? ちょ、ちょっと待ってねぇ〜?」


 素直すぎて容赦ない“お客様”の言葉に、イリスは引き攣った笑みを浮かべる。ピエロメイクだとなかなかに迫力があるが、周囲に居る客達はキャッキャと笑うばかり。

 そう。売り上げに反比例して、客の数はそこそこ居るのだ。……もっとも、ろくに小遣いも持たされていない幼い子供ばかりだが。イリスの大道芸は、ジャグリングや輪投げなど、とにかく子供ウケが良かった。

 逆に言えば、大人から見たら子供騙しにしか見えず、微笑ましさこそあれど、それなりの金を払うほどでもない。それでも比較的王都に近い街などでは、喜ぶ子供の代わりに親が銀貨や時には金貨まで投げ入れてくれたものだが、そもそもこの田舎町の大人に金持ちはいないし、昼間は特に忙しい。子供達は基本的に勝手に遊んでいるだけなので、まともな投げ銭などあるはずも無いのだ。


「よ、よぉし! いっくよ〜!」


 それでも人の良い(魔族なのに)イリスは、全力で子供達を楽しませるべく声を張り上げた。

 そして、転移魔法(超高等魔法)を奇術と言う体でこっそり使って、巨大なボールを出現させた。


「いぃ、よっとぉ!」


 グッとしゃがんだイリスは勢い良く跳躍すると、器用にボールの上で片足着地を決めた。


「すっげぇ!」

「お姉さんそんなとこ乗って大丈夫なのぉ!?」

「へっへぇ〜ん! どんなもんだい! ほら! 皆こっちにおいで〜!」


 子供達の歓声に気を良くしたイリスは、そのまま歩いてボールを転がす。


「「「おお〜!」」」


 調子に乗ってはいても、子ども達にぶつからないよう細心の注意を払う事は忘れずに、イリスはボールの上に乗ったまま広場をぐるりと一周する。

 そんな彼女の気遣いまで察している訳ではないだろうが、楽しませようという心意気はこれ以上なく伝わっているのだろう。子ども達は花畑のように笑顔を咲かせて彼女の後ろに続いた。


「いやぁ、“流石”だねぇ。あっという間にお子ちゃま達をメロメロにしちゃうんだから」

「ふふんっ。まあね! う〜ん、でも困ったなぁ。この子達が喜んでくれるのは嬉しいんだけど、この調子じゃ肝心のお礼が出来ないんだよね」

「別に、お金じゃなくたってお礼は出来るでしょう?」

「でも、ウチは料理とか出来ないし……」

「ノンノン。そういうのも乙女チックで良いけどぉ、せっかく“良いモノ”、持ってるんだから、この子達みたいにコロコロ転がしてメロッメロにしてあげなさいな。ただし……ベ・ッ・ト、でね?」

「へ? 良いモノ? ベット? ………って、ふぇぇぇぇぇえっっ!? あっっ!?」

「「「うわぁぁぁぁっ!?」」」


 耳元で囁かれたその言葉の意味を察したイリスは、バランスを崩してボールの上で足を滑らせた。子ども達も突然の事に身を竦ませて叫ぶことしか出来ない。


「くっ!? ……え?」


 絶対に子ども達を巻き込むまいと、イリスが正体を明かす覚悟で魔法を発動しようとした、その寸前。ふわりと柔らかな風が彼女を包み込み、ゆっくりと子供達から離れた地面に誘うようにして着地させる。


「今のって……んん〜?」


 ふと、頭の上にくすぐったい感触を覚えて手を伸ばすと、そこには一枚の青い羽が乗っていた。



今話もお読み頂きありがとうございます!

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