+++ 過ぎゆく面影 +++(7)
『あの女にはテメェから伝えとけ。勇者は、“知り合いから依頼を受けてお前を見逃した”ってな。俺はこのまま、あいつの正体には気付かないフリしといてやる。その方が、旅芸人として自然に去れるだろ』
そう言い捨てて、シオンは一人教会へと帰って行った。
ルシールは、頭を抱えた。
(いやいやいや言えるかそんな残酷なこと!? うちの魔王様は今まさに発情期……じゃなくて思春期真っ只中の恋に夢みる夢子ちゃんなのだぞ!? 精神崩壊してうっかり戦争でもおっ始めたらどう責任取るつもりなのだ!?)
かつては人類に恐れられた、“閃剣の魔将ルシール”ともあろう男が、まるで娘に嫌われたくない父親のように悶える姿が、そこにはあった。……もっとも、彼の肩に懸かっているのは父親の威厳などではなく、比喩抜きの世界平和だが。
政治的に世界を滅びへ導ける娘が、よりにもよって、暴力で世界をぶち壊せる男に恋をしてしまった。
この洒落にならない現実に比べれば、ロマンス小説にありがちな貴族と平民の許されざる恋など遥にハードルが低い。命の価値は数では無いが、巻き込まれて死ぬ者の数が桁違いなのは間違い無いのだから。
(待て待て。落ち着け私。魔王様とてご自身の立場はよく弁えていらっしゃる。いくら何でも失恋の一つや二つで民を戦火に投じるような真似はしない。……だがなぁ。かれこれ六年も想い続けて、ようやく会えた初恋の相手だ。助けられた理由はともあれ、そう簡単に諦められるものだろうか? ……それに、“あんな事”を言ってしまったしなぁ)
シオンが教会を襲った魔族を殲滅したあの夜。ルシールとイリスの間には、こんなやり取りがあった。
『……どこまでも愚かな男です。あんな呪われた剣、すぐにでも手放してしまえば良いものを。“寿命を削って”まで、己の内に留めるとは』
『っ………』
口調こそ忌々しそうでありながら、どこか憂うような影を瞳に宿すルシールを見て、イリスもまた、瞳を濡らして沈鬱な表情を浮かべた。
『………彼は、あと何年くらい生きられるかな?』
『正確には分かりませんが、私の目で魔力体の消耗を視た限りでは……保って十年前後かと』
『っ、どうにか出来ないかな? ……うんう。どうにかする! だって彼を救うのは、魔王であるウチの義務でもあるんだから!』
『……それは、奴の中に我々と同じ、“魔族の血”が流れているからでしょうか?』
目を眇めて問い掛けるルシールに、イリスは強い眼差しを返して頷く。
『うん。どうやったのかは分からないけど、多分、聖剣の出力に耐えられる身体にする為だよね。……シオンは分かってる。自分と同じ存在を生み出そうとしたら、とんでも無い数の命がまた犠牲になるって。だから彼は自分が死ぬ時に、聖剣ごと消えようとしてるんだ』
確信を持ってそう告げる己が主をルシールは痛ましそうに見つめていたが、その視線に気付かれる前に、これみよがしな溜息を吐き出した。
『はぁぁぁ……。ハイハイ分かりましたよ。魔王様がこの町で“青春スローライフ”している間に、どうにかして奴の中の聖剣だけ破壊する方法を、我々が探しておきます』
『せ、青春スローライフ!? い、いやでも、良いの? そんな丸投げみたいな感じでお願いして……』
申し訳なさと期待がない混ぜになった上目遣いの視線を受けて、ルシールは思った。
あざとい、と。………もっとも、そんな仕草をせずとも、彼を含め現在の魔王軍幹部達は元よりイリスを甘やかす気満々なのだが。そうでなければ、人間の王国で旅芸人の真似事をして想い人を探すことなど、許す筈も無し。
『構いませんよ。この六年、魔王様には停戦に伴う激務をこなして頂きました。それこそ、我々に丸投げしても構わなかったと言うのに。……時にはその御身を危険に晒し、反感を抱く者達を根気強く説得して頂いたお陰で、魔族領は徐々に安定しつつあります。もちろん、緊急時にはお戻り頂きますが……せめて、世が平和である内くらいは、ご自由にお過ごし下さい』
ルシールは、その若い外見に反してどこか好々爺じみた笑みを浮かべ、恭しく跪いた。
『………ありがとう。なら、あと少しだけ、甘えさせて貰うね』
最後に見せたイリスの切なげな笑みが、脳裏に蘇る。
故に。
「うがぁーっっ!? 何で私は“青春スローライフ”とかいらん事をぉぉぉぉっ!?」
主人の背中を押して、失恋と言う名の地獄に叩き落とした自分を、全力で呪った。
実の所、イリスが思い切って攻めたファッション(シオン曰くスケベな格好)で教会を訪ねたのも、配下の心意気に応えんとする主人としての使命感のような物が空回りした結果でもある。
そもそも、本来の彼女は箱入り中の箱入り娘。恋愛経験は愚か、まともな人付き合いも経験していない彼女が初恋の相手と距離を詰めようとすれば、自然とアクセルベタ踏み全力フルスロットルになると言う物。
再会当初は勇気が出なくて控えめなアピールしか出来なかったが、頼りになる配下達が自分の代わりに彼を救う方法を探してくれると言うのなら、魔王たる自分が手を抜くわけにはいかない! ここからは本気を出させてもらう! ……と、言う訳なのである。
長年誰よりも側で彼女を見守って来たルシールには、その思考過程がよく分かる。分かりすぎる。やる時はやる女の子だからこそ、空回る時はどこまでも空回るのだ。
「い、いや、まだ完全に脈無しと決まった訳では無いぞ! どうやら奴は、これまで子育て優先で色恋を避けて来たようだし、最近一緒に住み始めた娘も頭がちょっとアレなせいで女として見てはいない! まだ魔王様にもチャンスはあるはずだ! 多分! きっと!」
もはや当然のように思考が口から漏れ出ているが、希望的観測を言葉にしなければ平静を保てないほど、彼は追い詰められているのかもしれない。
「しかし、どうしたものか……。魔王様には出来るだけ自由を謳歌して頂きたいが、現実問題として時間に限りはある。先日も愚か者共がわざわざ海を渡ってこのような辺境まで追いかけて来たばかりだ。我々で潰せる芽は潰すが、玉座を空けたままでは綻びが出て来るのは必定。今は水面下で動いているだけだが、時が経ち、『暴虐の勇者』に見せられた悪夢を忘れた者、或いは知らない者達が表立って声を上げるのも時間の問題。理想を言えば、魔王様に奴をさっさと籠絡して頂き、勇者の力で見せしめに叛逆派の組織を幾つか血祭りに上げてくれれば暫くは安泰なのだが……はぁ。そう上手くは行かんよなぁ」
「そうねぇ。あの子は誰かさん達に似て頑固に育っちゃったから。少なくとも子供達が大きくなるまでは、此処を離れないでしょうねぇ」
「いずれにしても、やはり色恋以前の問題、と言う訳だな。……まあ、これからの国を思えば、以前と同じ暴力に頼る圧政では意味が無い。どの道あの悪魔には頼れんか」
「良い心がけだけど、悪魔呼ばわりは酷いんじゃないかしら? そもそも、魔王城だけ制圧して終わらせるつもりだったシオンちゃんを先に怒らせたのは、そっちのお馬鹿さん達だったんだから」
「我々が? それはどういう……む?」
ツカツカと林の中を歩きながら、一人で考え込んでいると思っていたルシール。……彼はようやく、自分が“会話”をしている事に気が付いた。
だが……。
「………は?」
振り返っても、そこには誰も居ない。気配も無い。ただ真っ暗な林が広がっているだけだ。
「ぇ……………っっっっっっっっっ!?」
状況が飲み込めると、一気に背筋を激しい悪寒が駆け抜けた。
間違いなく、自分は会話していた。……なのに、その間ずっと、相手の姿は愚か、“何の気配も感じ取っていなかった”のだ。
確かに今のルシールは、かつてのように常在戦場の心構えではない。だが、それでも魔王軍最高幹部にして、近接戦闘では右に出る者がいない猛将と謳われていた。現役を退いた今でも、一流の暗殺者が全力で気配を消していたとて数十メートル先から察知出来る自負が、彼にはある。……いや、あった。この時までは。
「ま、まさか………」
じりじりと、誰も居ない暗闇から後ずさる彼は、青ざめた顔で唇を震わせる。まるで、幽霊でも見たかのよ
「ゆ、勇者パーティーだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」
…………えっと、幽霊ではなく、『勇者パーティー』を見たかのように、裏返った情けない声を上げてその場から走り出したのだった。
今話もお読み頂きありがとうございます! 話が進むのが遅くてすいません……でも好きなんです、ほのぼのギャグパート。そのうちまた新たな展開が訪れると思うので、叶なら気長にお付き合い下さい。




