+++ 過ぎゆく面影 +++(6)
「はぁ……面倒ごと増やしやがって」
子供達が就寝し、食事が終わっても何だかんだとやかましいルピナとイリスも客間へ押し込んだシオンは、礼拝堂で日課の祈りを済ませると、一人で教会の周囲を見回りしていた。
そして、ぐるりと一周してから、裏手にある林の奥へと足を伸ばす。
「おい。どうせその辺に居るんだろ。さっさと出て来い」
誰も居ない闇の向こうに、確信を持った声でそう問いかけ……否、命令する。
「……………」
だが、十秒ほど経っても、彼に返事をする者は現れない。
林の中に一人で立って睨みを効かせるその姿は一見、思春期の病気を拗らせたイタい人のようだった。
「……良い度胸してるじゃねぇか。言っとくが、俺は別にテメェ等が大人しくしてるなら、“魔王”が誰になろうがどうでも良いんだぞ?」
口元を引き攣らせながら、苛立ちの滲む声で煽るようにそう問い掛けても、未だ返事は無い。
「そうか……なら、ちょうど良いからあの女はオモチャにさせて貰うわ。聖職者なんてガラにもねぇ仕事で溜まってるんでな。飽きたら適当にぶっ壊してその辺に捨てといてやるから回収よろしく」
「貴様ぁっっ!? それでも勇者かこのクソガキめぇっっ!!」
「やっぱ居るんじゃねぇか」
「あ痛ぁっ!?」
まんまと釣られた予想通りの人物……否、“魔族”の顔を、シオンは容赦無くシバいた。
「手間かけさせんなや三下が」
「私の名は三下では無い! 先代魔王様から賜った、『ルシール』と言う誇り高き名があるのだ! うぅっ……子持ちの聖職者になって少しは落ち着いたかと思ったのに、中身はやはりあの『暴虐の悪魔』のままなのだな……」
「誰が子持ちだコラ。たまたま成り行きで一緒に暮らしてるだけで、あいつ等の親になった覚えなんか無ぇよ。てか、何だその格好?」
漆黒の燕尾服に生真面目そうな眼鏡を掛けた青年魔族、ルシールの姿にシオンは訝しげな声を漏らす。
……と言うか、地面に倒れるほど勢い良く顔をシバかれたのに、何故彼の眼鏡は落ちていないのだろうか。
「ふん。現魔王様は歴代と違い、暴力による支配を望んでおられない。故に、筆頭補佐を務めるこの私も以前のように鎧を纏うのではなく、常日頃から理知的な装いをしているのだ」
「眼鏡かけてる方が頭良さそうって発想がもう頭悪いな」
「黙れ小童ぁっっ!?」
言葉の暴力にも余念が無いシオンさん。流石は人呼んで不良牧師。
「それで? どうしてその“現魔王”が、こんな田舎で旅芸人なんかやってんだ? 遅れて来た反抗期、って訳でもねぇんだろ?」
「………何の事だ? 私はたまたま通りかかっただけだが?」
「最北の魔王城に居るはずの大幹部が、どうやったら正反対の南端にある田舎町の前を通りかかるんだよ。それに、うちの馬鹿……いやうちのじゃねぇが、今うちに居る阿呆が目の前で“聖剣”だの“元勇者”だのポロポロ食べカスみてぇに溢しても、あの女、普通にスルーしてたからな?」
「は、はてぇ? あの女とは、そもそも誰の事やら……」
「………ほう?」
「っっっ!?」
どう考えても手遅れなのにシラを切ろうとするルシールを、シオンは冷め切った瞳で睥睨する。
ルシールは感じていた。視線ではない。死の気配を、だ。
「つー事は、俺との“約束”は破った、って事で良いんだな?」
魔王軍を蹂躙し、瞬きの間に城を攻略した『暴虐の悪魔』が、最後に放ったあの言葉。
『そのガキの下僕として停戦の為に死ぬまで尽くせ。出来なきゃ、魔族って種族ごとこの国、滅ぼすからな? 忘れんなよ、三下』
……あれは、約束なんて生優しい物ではない。
命令であり、契約であり、そして……明確な“脅迫”だった。
だから、ルシールは決断する。
「魔王様はお前に恩返しがしたいらしい」
主人を売ると。
いくら忠誠を誓った王の願いであっても、少女の純情と一国の平和は天秤にかけられないのだ! だってこの元勇者、目がマジなんだもん!
「恩返し? ……ああ、なるほど。随分と律儀なこった。だが、そりゃ“勘違い”だ」
「何だと?」
主人の想いを鼻で笑うようなその言い草に、ルシールの目元がピクリと震えた。
「あの時、まだガキだった魔王を見逃したのは、“俺の意思じゃない”」
「っ!?」
……だが、どこか遠くを見るような、それでいて寂寥を感じさせるシオンの眼差しと予想外の言葉に、ルシールは絶句する。
「もともと俺は、魔王が男だろうが女だろうが、老人だろうがガキだろうが、問答無用でさっさとぶっ殺して勇者の使命を終わらせる気だったからな。……そうすれば、コイツも俺も、世界から必要とされなくなる。それが一番良いと、あの頃は本気で思ってた」
懐から取り出した錆びた十字架を握り締めながら、シオンは束の間瞑目する。その瞼の裏には果たして、どんな情景が、誰の顔が浮かんでいるのか。
主人に明言はしなかったが、ルシールは薄々察していた。この元勇者が自ら死の運命に抗う素振りを見せないのは、“受け入れている”からだと。……だが、それがまさか、あの飢えた獣のように殺気を振り撒いていた少年の頃からだったとは思いもよらなかった。
ルシールの知っている、否、あの時思い知らされた『暴虐の勇者エリュシオン』とは、死を振り撒く存在ではあっても、自身の死を受け入れるような弱い生き物では無かったのだから。
「……では、何故あの時、剣を引いた? 貴様に使命を捨てさせたのは、一体何者だ?」
だから、興味が湧いた。自分も含め、魔王軍の幹部が束になっても敵わなかった『暴虐の勇者』と言う厄災に、慈悲とも言える選択をさせたその要因に。
「別に、そんな大層な話じゃ無い。それこそ、ただの“約束”だ」
「勇者パーティの誰か……いや、お前が一番慕っていた聖女アメリアとのか?」
「いいや。アイツとは別口だ」
シオンは頭を振ると、木々の隙間から夜空を見上げた。
「俺の、多分人生最初で最後の………まあ、“親友”って奴の、願いだったんだよ」
自分でも驚くほど素直に出たその言葉に、シオンはどこか清々しい笑みを浮かべた。
……けれどその横顔は、友との思い出を語ると言うにはあまりにも切なく、寂寥が滲んでいて。
「……え? ここから回想始まるのか?」
「始めねぇよ。ボケ三下が」
「ぶべらぁっ!?」
始まらなかった。
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