+++ 過ぎゆく面影 +++(5)
「……お前ら、今日は晩飯抜きだからな」
「「うぐっ!?」」
老婆こと町長の家を出たシオンは、低く掠れた声音で振り返りもせずにそう告げた。相手は勿論、気まずげに目を泳がせて恐る恐る後ろを付いてくるルピナとイリスである。
あの後、テンションがぶち上がった老婆に散々揶揄われたシオンは、仕方なく『知り合いの貴族の娘であるルピナが、王都の社交界で利権争いに巻き込まれたから、一時的に保護する為に仕方なく婚姻という形を取った』と、説明した。それはもう、何度も繰り返し懇切丁寧(ドスの効いた声と泣く子も黙って回れ右する眼光付き)に。
……もっとも、終始ニヤニヤしていた老婆が納得していたかと言えば、怪しいものだ。
ただ、他言無用の約束だけはしっかりと交わしたので、これ以上面倒な誤解(?)が広がる事は無いだろう。多分。
「お、お代わりは我慢しますから! 何だったら、今日は私が腕を振るっても構いませんよ!」
「切り落とすぞ?」
「腕をっ!? ちょ、こんな所で『聖剣』出そうとしないで下さい!?」
首に掛けた錆びた十字架を躊躇なく握り締めるシオンさん。そうとうキテいるらしい。
「ま、まあまあ。ウチもちょっと驚いて変なリアクションしちゃったけど、ルピナちゃんだって悪気があった訳じゃ」
「悪意がなきゃ悪行に罪は無いと? なら正義だの大義だの掲げて無辜の民を殺しまくってる連中も全員無罪放免てか? あ?」
「きょ、極論過ぎるよ!?」
「むぅ……これはちょっと不味いですね。本当に晩御飯を抜かれてしまいそうです」
いつものやさぐれ具合とは一線を画す苛立ちを見せるシオンさんに、さしものルピナも普段通りの傍若無人ムーブはかませないらしい。
それ以上ろくに会話も無く気不味い空気の中、三人は教会に辿り着いた。
「お帰りなさい兄さん。と、ルピーさんにイリスさんも。昨日あんな事があったし、今日はいつもの町回りより大変だったでしょう? 晩御飯は私が用意しといたから、先にお風呂で汗流して来たら?」
宿舎の扉を開けると、栗毛を後ろで一つ結びにしてエプロンを纏ったフィナが、ほんわかと柔らかい笑顔で三人を出迎えた。
シオンはそれまで戦場から帰ったばかりの傭兵みたいな表情をしていたが、「ふっ」と小さく笑うと、呆れたように瞼を細める。
「お前こそ、一番の功労者が何で誰よりも働いてんだよ……って言っても、もう遅ぇな。ありがとよ」
「わっ!? ちょ、もう! お客さんも居る所でやめてってばぁ……」
優しい声音で礼を言うシオンにワシワシと頭を撫でられ、フィナはむず痒そうにしながらもそこから逃げたりはしなかった。
彼女がまだ幼いので兄妹の微笑ましい光景に見えるが、温かい夕食を作り、笑顔で仕事から帰った男を出迎えるその姿は……。
「こ、この子っ、誰よりも正妻力が高いっ!?」
「くっ、あの不良牧師をいとも簡単に手懐けるとは……これが、これが聖女の才能ですか!?」
良妻賢母を体現するかのようなその姿に、彼女よりずっと年上の少女二人は間抜けな事を言いながら戦慄する。そういうとこでは?
「ああそうだ。あそこの馬鹿二人は飯抜きだから。外で草むしりでもさせといて良いぞ」
「「扱いが違い過ぎる!?」」
「当然だろ?」
「「ひぃっ!?」」
優しい声音のまま、シオンは顔半分だけ振り返って二人を最後に一睨みすると、そのまま風呂場の方へ向かった。
「ルピーさんはいつもの事ですけど、イリスさんまで兄さんを怒らせるような事したんですか?」
「あはは……いやぁ、ちょっと勘違いを拗らせちゃってね。余計なこと言って迷惑かけちゃった」
「フィナさん。いつも私が怒らせているのではなく、彼が勝手に怒っているのですよ? まあ、今日は少しばかり私にも非があると言わざるを得ませんが、あそこまで怒らなくても良いと思うのです」
苦笑を見せながらもシュンと肩を落とすイリスと対照的に、ルピナはふんす鼻息を出してやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「ルピー姉ちゃんはシオンをキレさせる天才だからな。仕方ねぇよ」
「うまれもったさが」
「お二人とも。お忘れかもしれませんが私、年上なんですよ? もう少し敬意のある眼差しを向けるべきでは?」
台所から料理を運んで来たレンとリーンに、ルピナは心底呆れたジト目を向けられる。さもありなん。
「まあ、兄さんも最近は色々あって疲れてたから、いつもよりイライラしてるだけかも。お風呂入ってリラックスしたら、きっと許してくれますよ」
「だと良いんですが。シオンさんは意外と根に持つタイプですからねぇ」
「す、すげぇなルピー姉ちゃん……。疲れさせたのもイラつかせたのも自分なのに、全部まとめて棚に上げやがった」
「おんしらず……?」
「うぐっ!? わ、分かってますよ! ……これでも一応、感謝してるんですから」
流石にドン引きしたレンとリーンに図星を突かれ、思わず仰け反ったルピナは、プイッとそっぽを向いてブツブツと小声で呟く。……よく見れば、その頬は淡い桃色に染まっていた。
「そう言えば、ルピーちゃんとシオン、昨日までどこに行ってたの? 騎士の人達が来てからバタバタしてたのは知ってるけど」
「ん? そっか。イリス姉ちゃんは知らないよな。王都だよ。ルピー姉ちゃんが自称婚約者の神官に無理やり連れ去られて、シオンが助けに行ってたんだ」
「へぇ〜、何だかロマンス小説みたいな話だ、ね…………って、え? ええええええっ!?」
途中まで普通に感心しながら話を聞いていたイリスだが、途中でそれが想い人によるドラマチックなヒロイン(他の女)の救出劇であると理解し、豆鉄砲を脳天に喰らった鳥のように在らん限りの目を見開いた。……まあ、実際はそんな良いものではなかった気がするが。
「じゃ、じゃあ、その悪徳神官から守る為に、シオンはルピーちゃんと結婚を!?」
「ええっと……ま、まあ、大体そんな感じですかね?」
憐れナルキス君。今では毎日地獄の扱きを受けてすっかり改心していると言うのに。
「それもう完全に駆け落ちじゃん! 最初は偽装結婚とか言ってお互い意識してなかったのに、色んなイベントを経てちょっとずつ気持ちが追いついて最終的に溺愛されるのも時間の問題パターンの奴じゃん!!」
「反省しろやボケ」
「痛ぁっ!? はっ!? シ、シオン!?」
スパーンと良い音を響かせてしばかれた頭を押さえたイリスが涙目で背後を振り返ると、いつの間にかそこには件の想い人が。
風呂から上がって部屋着に着替えたシオンは、不機嫌そうに目を細めている。だが、フィナの言う通り湯船に浸かってリラックス出来たのか、帰って来た時よりも幾分か剣の取れた雰囲気だ。
加えて、まだしっとりと湿り気を帯びた髪はいつものボサボサ頭とは違いどこか艶っぽく、ラフにボタンを留めている麻のシャツの緩い首元から鎖骨や引き締まった胸筋の張りが覗いていた。
湯上がりで蒸気した肌も相まって、普段の不良牧師姿とは違った意味でどこか不健全な雰囲気が漂っている。
要するに、彼に片想いしている少女目線だと。
(な、なんかすっごいエッチだっ!?)
となる。
「勘違い通り越してガッツリ妄想入ってるじゃねぇか。お前、今の作り話外で言いふらしたら町から叩き出すだけじゃ済まさねぇからな?」
「うっ……ご、ごめんなさい」
だが、中身は安定の不良牧師クオリティーなのがシオンさん。無意識に色気をダダ漏れにさせても、言動の治安の悪さはいつも通りだ。
とは言え、イリスの思い込みが先走ったのは事実なので、惚けるのも早々に大人しく謝った。
「そうですよ。逆はともかく、いくら“元勇者”とは言え、今となっては見る影も無いこんなヤサグレ不良牧師を私が好きになる事なんて有り得ません」
「テメェもテメェで反省が足りないみたいだな? 王都と言わず今すぐ土に還らせてやろうか?」
「しまった!? いつもの調子でつい……きょ、今日のことは申し訳ないと思っています。この通り謝りますからぁ、だから、ご飯は食べさせて下さい!」
躊躇なく土下座して食事を乞う正に乞食のような自称勇者(笑)の姿に、シオンはドン引きして怒る気も失せた。
「プライドより食意地かよ……はぁ〜。てか、見る影とか以前に、お前は現役時代の俺と会った事も無ぇだろうが」
「んん? 言われてみれば! 評判は沢山聞いていましたが、実際にお目に掛かった事はありませんでしたね」
「その評判とやらも、どうせ当時の教会本部が自分達の権威を誇示する為に都合の良い作り話を広めたもんだ。事実なんて一割も含まれてねぇよ」
「むっ……本人を目の前にしてこんな事を言うのは少々気恥ずかしいですが、私が憧れた勇者を否定されるのは面白くありませんね。ただ、本人を目の前にしているからこそ、説得力が凄まじいのが如何ともし難い所です」
「お前は喧嘩売らなきゃ会話出来ねぇのか?」
せっかく落ち着いたのに……。
「漫才はもう良いから、早く飯食おうぜ〜」
「われもげんかい」
「そうだね。冷めちゃったら勿体無いし。兄さん? 二人のお仕置きは明日で良いでしょう?」
「ったく……しゃあねぇな。おい穀潰し共。今日の所はガキ共に免じて食わせてやる」
「ありがとうございます!」
「躊躇いがないっ!? ……あ、えっと、ありがとう!」
イリスは穀潰しと言う呼ばれ方に狼狽し顔を引き攣らせたが、心底嬉しそうに元気よく返事をした隣のルピナ(穀潰し一号)の姿には引き攣るを通り越して表情が崩壊した。
「その代わり、明日は普段フィナがやってる家事を全部お前らでやれ。あと庭の草むしりもな。雑草一本でも残ってたらどうなるか……分かってるよな?」
「「ひぃっ!? はっ、はい!」」
完全に本気と書いてマジの目をしているシオンのドスの効いた声に、流石のルピナもイリスと抱き合いながら震えていた。まあ、彼女の場合は恐怖よりも明日以降の食事の心配だろう。
そうして、いつも以上に賑やかになった教会の夜は、食事が終わると共に少しずつ静けさを取り戻して行った。
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