+++ 過ぎゆく面影 +++(4)
「こんなもんで良いか?」
「ああ。助かったよ牧師様。ジジイ一人じゃ屋根の修理までは難しくてねぇ」
いつも通り、店主が一人で切り盛りしている商店や足の悪い者、それに老人の家などを巡りながら、シオン達は魔族に壊された家屋の修繕などを手伝って行った。
と言っても、魔族が襲来した時には町民達は既に教会へ逃げ込んでいたので、人の気配が無かった家屋は何軒かが様子見程度に少し壊されただけで、復興というほど大袈裟なものではない。
「この町は職人も少ないからな。何かあったら、年寄りの冷や水で怪我する前に、『自警団』の連中でも使えよ」
「ああ。あの子らも牧師様のお陰ですっかり良い子になったからね。頼らせて貰ってるよ。元々根は悪い子らじゃ無かったが、まあ若いうちは跳ねっ返りになるくらいが元気で良いさ」
「元気過ぎるのも考えもんだがな」
『自警団』の男達もあちこち散らばって手伝いや見回りをしているので、町は既にいつも通りの日常を取り戻しつつあった。……が、いつも以上に騒がしい者達も居た。
「ちょ、ルピナちゃん!? 何でそんなでっかい魔法陣展開してるの!?」
「割れた窓をそのままにしていても仕方が無いので、いっそ一度壊してしまった方が新しい物と取り替えやすいかと」
「だとしても普通にハンマーとか工具でやろうよ!? そんな大きい魔法が発動出来るなら身体強化も使えるでしょ!?」
「使えますが、それだと地味なので。私の有能さをアピール出来ません」
「もの凄い自己中だね!?」
「そんな事はありません。私が有能な人材だと知れ渡れば町の皆さんは困り事を頼みやすくなりますから。ゆくゆくは町の為になります」
「完全に世界の中心が自分だと思ってる!」
………などと、ルピナとイリスは間抜けな漫才ばかりしていて殆ど手を動かしていないが、全く役に立っていないかと言えば、そうでもなかった。
「凄ーい!? 綺麗な光! お姉さん! これ魔法?」
「姉ちゃん魔法使いなの!?」
「ふふっ。そうですよ。私は勇者であると同時に天才魔導士なのです」
「あはは……えっと、魔導士はともかく、勇者はこのお姉さんが自分で言ってるだけだから、あんまり間に受けないでね」
「本業は勇者です!」
「「「あははははっ!」」」
とまあ、こんな調子で町の子供達には大ウケだ。
周囲で忙しなく働いている大人達も、微笑ましそうにそんな彼女らへ温かい眼差しを向けていた。
「賑やかで良いねぇ。朝はやる事が多くて、子供らの相手をしてやれないから助かるよ」
「昨日は魔族に怯えてたが、お陰で暗い空気も吹っ飛んじまったな」
作業が一段落したシオンは、ほのぼのしたその光景に肩を竦める。
「そんな良いもんかね……ま、ガキのオモチャになるくらいが、“自称勇者”には丁度良い仕事かもしれねぇな」
本物の元勇者は、無意識に口角を少しだけ上げて、そう呟いた。
『聖剣』に呪われ、殺戮の限りを尽くす勇者と言う名の“兵器”だった自分とは対極にあるルピナの姿に、ある種の感慨を覚えたのかもしれない。
「おい。俺は最後に町外れに住んでる婆さんとこ行っったらそのまま帰るが、お前らはどうすんだ? 別に大してやる事もねぇし、そのままガキ共と遊んでても良いぞ。何ならそのまま帰って来なくても良い」
「む? 付いて行きますよ! 出来るだけ沢山の方に顔を覚えて貰いたいので」
「ウ、ウチも! ……ん? 今帰って来なくても良いって言った?」
「あっそ。ならさっさと行くぞ」
シオンは嫌そうに眉を寄せたものの、それ以上文句は言わずに歩き出す。
ルピナとイリスは子供達や周りの町民達に別れの挨拶を済ませて、先に行ってしまったシオンの背中を早足に追いかけた。
そうして、町から少し離れた小川の近くまで歩くと、こぢんまりとした一階建ての家屋が見えてくる。
シオンはドアの前に立つと、強めにドンドン! と、二回ノックして、そのまま鍵の掛かっていないドアノブを回した。
「おう。邪魔するぞ婆さん」
「借金取りみたいですね。失礼します」
「はは……お邪魔しまーす」
後ろから見ていたルピナとイリスは、少々乱暴なその振る舞いに軽く引きつつも、勝手知ったる様子で奥に入って行くシオンの後に続く。
「ふん。また来たのかい。毎度毎度こんな町外れまでご苦労なこった………ん? おや! ほほーう?」
と、憎まれ口でシオンを迎え入れた老婆は、彼の後ろに居る二人の少女、それも絶世と言っても過言ではない美少女二人の姿を認め、何故か疑問と共に納得したような声を漏らす。
「おい婆さん。やめろその顔。違うからな」
「ははぁ〜……嫁探ししろとは言ったけどねぇ。まさかいっぺんに二人も捕まえるとは。それも両方大した上玉じゃないかい」
食い気味に否定したシオンの言葉を無視して、老婆はルピナとイリスの顔を交互に見比べる。
「こんにちは。私はルピナ・フランネルと申します。お気軽に愛称でルピーとお呼び下さい。職業は勇者です」
「ブレねぇなテメェは!」
「え、えっと! 旅芸人のイリスです! その、シオンのお嫁さん……では、まだないんだけど、よろしくお願いします!」
「誤解招く言い回しすんな!」
ツッコミ要員が足りねぇ……と、シオンは珍しく肩で息をしながら疲れた顔を見せる。
「勇者に旅芸人かい。てっきり二人とも、家出したどこぞの貴族のお嬢か何かだと思ったんだがねぇ?」
「「(ぎくっ!?)」」
「ふふっ」
二人揃って素直なリアクションをするルピナとイリスだが、老婆は微笑ましい眼差しを向けただけで、それ以上追求はしない。……と言うか、イリスはともかくルピナは貴族である事自体は隠していないのに、何故リアクションしたのか。芸人魂が騒いだのだとしたら、彼女の方こそ旅芸人に向いている。魔法も子供達にウケてたし。
「私は見ての通りただのババアさ。一応、この町の町長って事になってるが、特に何をしてるわけでも無い。一番長生きしてるから押し付けられただけだよ」
「町長さんでしたか! これはこれは、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「あ、ありません!」
丁寧にお辞儀をしたルピナに習ってイリスも慌てて頭を下げるが、シオンは怪訝な顔をしていた。
「別に挨拶なんかいらねぇだろ。ここに永住するわけでもなし」
「何言ってんだい! 嫁に貰ったならきちんと最後まで責任持つのが男ってもんだよ!」
「だから違うっつってんだよ! どんだけ耳遠いんだクソババア!」
「シオンさん。誤解があるとは言え、ご老人に怒鳴り散らす聖職者というのは如何なものかと」
「ぐっ!? テ、テメェ……こんな時だけ真っ当なことほざきやがって……」
しれっとツッコむルピナに、シオンは完全に聖職者とは逸脱した凶悪な視線を向ける。
「そ、そうだよ! それに……その、もしかしたら? 誤解じゃなくなる、かもしれないじゃん?」
「ねぇよ。騒がしいのはガキ共だけで十分だし、うちみたいな貧乏教会で嫁二人も養えるか」
「うっ……そ、そこはほら! 今時共働きだって珍しくないし!」
「確かに。実際、私は勇者なので、“既に”共働きですし」
「そうそう。ルピーちゃんはもう……って、ん?」
食い下がるのに必死だったイリスは勢いでルピナの言葉に頷きかけて、その微妙なニュアンスの言い回しに引っかかる。
「と言うか、さっきから思っていたのですが、誤解と言うほどでは無いのでは? 一応、私とシオンさんは“婚姻関係”にあるわけですから」
「おまっ馬鹿!? 余計な事を!?」
シオンは慌てて割り込もうとしたが、時既に遅し。
「んまっ!」
「へ……?」
老婆は年甲斐もなく頬を淡い桃色に染め、イリスは………絶対零度の吹雪の中に放り込まれたように、青ざめた顔で硬直した。
「おいお前ら! 違うからな!? これには事情が!?」
「何をそんなに必死になって否定しているのです? 寧ろ、私達の都合を考えれば積極的に広めるべきでは?」
「チッ!? テメェ……誰の為に俺がこんな面倒な役回り引き受けたと……」
「子供達の為でしょう? 分かっていますとも。私の生活を保証してもらう以上、フィナさん達の事は、責任持って守り育てます!」
「いや、それはそうなんだが! もうちょい言い方考えろや!」
「うむうむ。そりゃあ子供達には、母親も居た方が良いさね。あの子らの親にしちゃ、ちぃっとばかし若過ぎるが、まあ“自分の子供”が出来りゃあ、母親も板に付いてくるだろうよ」
「子供達の……そっか、そうだよね。そういう事なら、仕方ない、よね………」
「ほらみろまたアホな誤解が生まれてるじゃねぇか!」
微妙にイヤらしい笑みを浮かべてチラチラ見てくる老婆と、虚な瞳で地面に向かってぶつぶつ呟いているイリス。 明らかに間違った方向で納得している二人の反応に、シオンは頭を抱えてのたうち回る。
何と言うことか。自称勇者が本物の勇者を口先だけで一方的に蹂躙している姿が、そこにはあった。本格的な代替わりも近いかもしれない。
「自分の子供……ふむ。確かに、将来の事を見据えるなら、今の内に産んでおいた方が良いかもしれません」
「………は?」
「ほう!」
「………………」
何気なくルピナが口にしたその爆弾発言(パート2)に、今度はシオンも固まった。そして老婆は更にテンションが上がった。イリスは……………そっとしておこう。
「今は平和ですが、またいつ魔族と戦争になるか分かりませんから。勇者として戦いに赴くことになれば、最悪死ぬかもしれません。なので、子供を産むなら今しかないかと」
淡々と、さも自然の摂理を説くように語るルピナに、シオンは開いた口が塞がらない。
「なっ………何で発想はぶっ飛んでるくせに、考え方だけ無駄に合理的なんだよ……。てか、お前それ、意味分かって言ってんのか?」
「意味?」
「………いや、良い。どうせ何も考えてねぇだけで」
「若いのに見上げた根性だ! ふふっ、だけどねぇ、“子作り”には相性ってもんがあるからねぇ? 困った事があれば、いつでもこのババアに聞きに来な。こう見えて若い頃はブイブイ言わせたもんだよ。それこそ、死んだ爺さんが足腰立たなくなるくらいにね」
「どんだけ困ったってババアの性体験談なんか聞きたくねぇよ! てかそもそも困るような事なんてしねぇわ!」
「足腰? 性体験? …………………………………………ぁっ、、、ひゃっ!? ち、違っ!? 違いますよ!? いや、違うと言うか、とにかくそういう話では!?」
悉くタイミングの悪いルピナさん。自分がとんでもない大胆発言をしていた事にようやく気が付いたらしい。
「あーもう面倒臭ぇマジ面倒臭ぇぇぇぇぇっ!!」
頭を掻きむしりながら絶叫したシオンの砲声は、町の向こうの教会まで響き渡った……かもしれない。
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