+++ 夜の訪れ +++(2)
「魔族っ!? 何故こんな南端の辺境に!? 『魔族領』は北の最果てですよ!?」
本来この場所に居る筈が無い魔族達の姿を目の当たりにし、ルピナは反射的に腰の剣へ手を伸ばす。
しかも、その異形達が、徒党を成して教会を取り囲んでいるのだ。
幸い、『聖十字の結界』は機能しているようで、暖色の光のベールに包まれた教会にはまだ侵入していない。
「……大陸の反対側から、海を渡って来たんだ」
「なっ……!? そんな事が可能なのですか!?」
「ああ。俺たちが移住して来た頃、この町は連中に支配されかけてた。当時は俺とアメリアで殲滅したから大事には至らなかったが……くそっ! よりにもよってガキ共しか居ない時に!」
シオンは奥歯を噛み締めると、悪態を吐きながら馬から飛び降りる。
「シオンさん!?」
慌てて馬を制止したルピナに、シオンは叫んだ。
「俺が道を開く! 合図したらお前は礼拝堂まで真っ直ぐ突っ切れ!」
「っ!? でも、あの数を一人でどうやって!?」
「決まってんだろ。不本意だが……今だけ、『勇者』に戻るんだよ」
そう言うと、シオンは襟元から錆びた十字架を取り出し、強く握り締める。
そして、深く息を吐き出し、その“呪い”を口にした。
「………“我が身を喰らい、滅びの光をこの手に”」
それは、およそ聖なる力を顕現させる『祝詞』とはかけ離れた、禍々しい『呪言』。
だが彼の手には確かに、大聖堂でルピナが目にした“白銀の剣”が顕現した。
「「「っっっっ!?」」」
その異様な気配に、教会を取り囲んでいた魔族達が一斉にシオンの方を振り返る。
だが、彼等の初動を待つ事なく、シオンは聖剣を呼んだそれとは異なるもう一つの『呪言』を叫んだ。
「“我が半身は神を背にする月の影。穢れしこの血を染めるは宵闇”……“魔魂励起”!!」
その瞬間、聖剣から発せられる異様な気配を呑み込むほどの凄まじい圧力が、シオン自身から溢れ出す。
煤けた灰髪は色が抜け落ち、怖気を覚えるような白髪に。
漆黒の瞳は、獣の如き紅と、満月のような黄金の二色へと塗り替えられる。
「「「っっ……!?」」」
魔族達が本能的な恐怖に身を竦ませたごく僅かな間に、シオンは胸の前に聖剣を掲げ、瞑目して意識の底でその“声”を聞いた。
『殺せ。エリュシオン』
………それは、かつて失った筈の、最愛の声だった。
* * *
シオンとルピナが教会に辿り着いたその頃。王宮の一角にある執務室では、ジニアによる『講義』が行われていた。
無論、受けているのはシオンと国王の間の『連絡係』に任命されたナルキスだ。
「言うまでも無いが、先日国王とシオンが語った話には、説明不十分な点が多々ある」
「は、はい……」
教師然として淡々と語るジニアに対し、相槌を打つナルキスの声は生気が抜けていた。
たった三日の間に、垂れていた頬はやつれ、恰幅も一回りほど減ったように見える。
血筋のコネに胡座をかいて今まで勉学も修行も怠けていた彼にとって、元勇者パーティーであり、神官と兼任で宰相も務めているスーパーシゴ出来マンであるジニアの扱きは、相当堪えているようだ。
「そもそも、『聖剣』とは何か、君は理解しているか?」
「え、ええと……教会の秘宝で、勇者が持つ聖なる光の力を宿した剣、でしょうか?」
「ふむ。では具体的に、聖なる光とはどう言う性質の物だ?」
「……申し訳ありません。魔族に有効な光魔法を扱える、としか……」
「謝る必要は無い。一般的にはその程度の認識で当然だ。では質問を変えよう。光魔法とは、本来どのように運用される物かね?」
「え? それはまあ、結界を張ったりだとか、傷を癒したり……でしょうか?」
「如何にも。それが“本来の光魔法の使い方”だ。聖女の手によって教会に施される『聖十字の結界』などが代表的な例だな」
我が意を得たりと頷くジニアに、ナルキスはホッと安堵の息を吐く。
「だが、守るだけでは魔族と戦う事は出来ない。そこで生み出されたのが、本来は守護や回復にしか使う事の出来ない光魔法を、“無理やり攻撃に反転させる”、『聖剣』と言う“兵器”だ」
「っっ!? そ、それが、『聖剣』の正体……?」
「……いいや。ここまでは悪魔で、君が先ほど口にした『聖なる光』の正体。そしてこれから語るのが『聖剣』の正体……より悍ましい言い方をするのであれば、“材料”の全貌だ。そしてルピナが師と仰ぎ、シオンが姉のように慕っていた、『聖女アメリア』の直接的な死因でもある」
「っ!?」
ジニアが厳かな声で語り出したその内容に、ナルキスは疲れも忘れ、ただただ驚愕と得体の知れない怖れに身を震わせた。
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