+++ 夜の訪れ +++(3)
「……はぐれ魔族共。一度だけ聞くぞ。テメェら、人様の庭先で好き放題暴れた以上、死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」
「「「っっ……!?」」」
尋常ならざる威圧感を放ち、まるで分厚い鎧の如く濃密な殺気を纏って一歩踏み出したシオンに、魔族達はゴクリと固唾を呑む。
「だ、黙れぇっ! たかが人間風情が何様のつもりだ!?」
だが、最初に正気を取り戻した牛頭の魔族が怒りに顔を歪めて前に進み出ると、他の者達も同調するように殺意を漲らせた。
彼等は『魔族領』に於いて、『叛逆派』と呼ばれる者達。
事実上の停戦を受け入れた現魔王体制に反旗を翻し、再び戦争の火蓋を切る為に集った者達である。
たった一人の人間が放つ威圧如きに、僅かでも臆したと言う事実だけで、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えるのは当然だった。
「そうか。なら死ね」
表情の抜け落ちた、まるで人形のような顔で、シオンは聖剣を天に掲げるが如く振り上げる。
「シオン、さん……?」
初めて見る、知らない誰かのような顔と温度の無い声音に、ルピナは訳も無く不安が込み上げて無意識に彼の名を呼ぶが、シオンはその声に応えない。
虚な紅と黄金の瞳は、ただただ、これから刈り取る命だけを映していた。
「『滅尽光牙』」
冷え切った声音でそう告げ、一際強い輝きを放った聖剣を振り下ろす。
直後、音すら置き去りにした滅びの光が、世界を斬り裂いたた。
「っっっ!? なっ……!?」
遅れてやって来た轟音と暴風に思わず顔を腕で庇いながら、ルピナは驚愕の声を上げる。
……振り下ろされた聖剣の延長線。それまで林が広がっていた教会までの道のりには、抉れた大地が残されているだけだ。
直前に全身を魔力で身体強化していたルピナの瞳は、その一瞬を確かに捉えていた。
つい今し方まで目の前に立っていた牛頭の魔族。その頭上から、長大に伸びた『光の刃』が振り下ろされた。
そして魔族の身体が悲鳴すら待たず真っ二つに裂けると同時に、『光の刃』はその『斬撃の軌跡』を残したまま津波のように教会の手前まで突き進み、粒子となって虚空に消えたのだ。
当然の帰結として、『光の斬撃』の軌道上に居た魔族達は、まるで太陽に触れた塵の如く消滅した。
たったの一振り。それだけで、シオン……否、『暴虐の勇者エリュシオン』は、幾人もの魔族を屠ったのだ。
「行け」
そんな事実など、まるで噛み締めた様子の無い冷え切った声音で、シオンはルピナに命じる。
「で、でも……」
「ガキ共や町の連中は礼拝堂の中だ。口先だけでも『勇者』を目指してるなら、早く守りに行け。……頼む」
「っ! ……分かりました。でも、無理はしないで下さいね!」
最後の一言。その一瞬だけ、シオンの声音が僅かに温度を取り戻したように、ルピナには聞こえた。それが意識したものか、或いは無意識に溢れ出た感情の発露かは分からない。
けれど、そこに込められたもう一つの意味を、ルピナは確かに感じ取った。
だから、迷いを振り切って彼が切り拓いた道を駆け抜ける。
「っっ……!? く、くそっ!? 何してるお前ら!? 人間如きの好きにさせるな!?」
身体強化全開で突き進むルピナが教会に辿り着く直前。
それまで現実感の無い光景に愕然と硬直していた魔族達が、堰を切ったように慌てて動き出す。
「余所見してる暇があるのか?」
だが、彼等の魔の手が少女に伸びる事を、暴虐の勇者は許さない。
いつの間にか空へと舞い上がっていたシオンは、その手に握る聖剣を、“獲物”の前で振りかぶっていた。
「グアアアアアアッッ!?」
「「「っっっ!?」」」
回転と重力を乗せた斬撃が、蝙蝠のような姿の魔族の片翼を容赦無く斬断する。その勢いのままに、シオンは魔族の胸を踏みつけ撃墜した。
「……悪いが、見せしめだ」
「゛アッ!? ゛アアアッッ!?」
地面に叩き付けた魔族の残った片翼を踏みつけ、胴体へ聖剣の刃を突き立てれば、まるで溢れ出る命の滴を啜っているかのように、鍔に嵌め込まれた紅の宝玉が悍ましい輝きを明滅させる。
狩る者と、狩られる物。どちらがどちらかは、誰の目にも歴然だった。
「ハッ……」
刃から柄を伝って染み込んでくる肉を裂く感触が、快感となってシオンの脳髄を駆け抜け、自然と三日月のように口角が裂ける。
……すると、頭の中に響き続ける“慈愛に満ちたその声達”が、狂気の喝采を口々に叫び出す。
『そうです! 殺すのです! 一人でも多く八つ裂きにするのです!』
『穢れた魔の血を贄に捧げなさい!』
『魔を喰らい、人を喰らい、世界を壊して!』
『憎い……許せない……何もかもっ!』
『苦しみに喘ぎなさい! 私達を縛るこの世界の全ての者達よ!」
『誰のお陰で平穏を享受出来ていると思っているのか!? 滅べ……滅べぇぇぇっ!』
『『『あはははハハハははハハははははハハハッはっっっ!!』』』
狂気と狂喜を慈愛で包み、どす黒い血で満たした鍋で煮込んだような、呪いの喝采。
普段は囁くだけの禍々しい呪いの歌が、今は精神を焼き尽くさんばかりにハッキリと、耳の奥で木霊している。
この身から湧き出る憎悪が、執念が、殺戮衝動が、自分の物なのか“彼女等”の物なのか。
聖剣を振るえば振るうほど、その境界が溶けて曖昧になって行く。
………でも。
『殺せ。エリュシオン』
その澄んだ声音で下される『命令』が、自分と“彼女等”の境界を、確かに切り分けてくれる。
「ーーー………了解」
深く息を吐き出し、約束の言葉を呟いたシオンは裂けた口角を戻すと、再び人形のように表情を消して、純粋な殺意を魔族達に向けた。
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