+++ めぐり逢い +++(3)
「…………え、えっとその、貴方って、本当に……?」
「“おい”」
「っ……!?」
気不味げに視線を泳がせながら何かを問おうとした少女の言葉を、凄絶な殺気が込められた一声が圧し潰す。
少女が息を呑んで顔を上げると、法衣を汚す土埃を払いながら、牧師がゆっくりと歩み寄って来ていた。
……その瞳に、つい先程まで子供に向けていたような慈愛は一切無い。あるのはただ刃の如く、炯々とした輝きのみ。
「っっっ!? な、何を……ひっ!?」
背筋を激しい悪寒が走り思わず後ずさろうとする少女の胸ぐらを、牧師は荒々しく掴み強引に引き寄せる。
「ガキ共に手ぇ出すなら、容赦しねぇぞ。テメェだけじゃなく親兄弟まで、地獄の苦しみ味合わせてから……皆殺しだ」
「なっ……!?」
瞳を射貫くカタギとは思えない眼光と、聖職者が口にする筈のない明確な恫喝。
だが……その迫力とは全く別の部分に、少女は驚愕していた。
「あ、あの子供は、貴方が育てているのですか……?」
「あ゛?」
「それに、兄さん、て……全く似ていませんでしたが、兄妹、なのですか?」
「………」
普通の人間ならそれだけで腰を抜かすほどドスの効いた声で問い返しても、少女はそれ以上怯えること無く、曇り無きまっすぐな瞳でシオンを見つめ返す。
「もしかして……本当に貴方は、魔族では、ない?」
「…………っはぁ〜。最初からそう言ってんだろうが。そもそも魔族なら、教会に入った時点で『聖十字の結界』に焼き殺されてるわ」
「あ……」
思い出したように口元に手を当てる少女にシオンは呆れ果てた視線を向け、「はぁぁぁ〜」と、先ほどより深いため息を吐く。
王国の教会には、守護や治療を司る『光魔法』に絶対的な適性を持つ奇跡の存在、“聖女”の加護によって結界が施されている。それが『聖十字の結界』だ。
いざ『魔族』が王国の領地に攻め入って来た時、教会を民衆の避難所として利用する為の措置であり、王国民なら子供でも知っている常識である。
「で、でも、それなら私の魔法をどうやって!?」
「それは……まあアレだ。俺は少し特殊な体質なんだよ」
「体、質……? そ、そう、ですか……」
投げやりにはぐらかすと、意外にも少女は大人しく納得し、少し俯いた。
その様子を見て、シオンもまた何か思う所があったのか、掴んでいた胸ぐらを離し少女を自由にする。
「っと、良いのですか?」
「この間合いなら、お前の下手くそな剣や魔法より、俺がぶん殴る方が早い。少しでも攻撃する意思を見せたら、その綺麗な顔を潰れたトマトに変えてやるよ」
意外そうに目を見開く少女を、シオンは鋭く睨みながら牽制する。
「き、綺麗!? も、もうっ! いきなり何を言うのですか!? しょしょ、初対面の女性に向かって……はっ! まさか、口説いてます?」
「どこ拾ってんだよ。怪我したくなきゃさっさと帰れって言ってんだ」
少女の頭がちょっとアレだと悟ったシオンは、真面目に駆け引きするのも馬鹿らしくなり、冷めた声音で率直に要求を口にした。
「そんな!? 酷い! こんな夜中に女性を一人外に放っぽり出して心は痛まないのですか!? 仮にも聖職者を名乗るなら、もっと慈悲深い対応をすべきでは!?」
「こんな夜中に問答無用で人ん家(教会)の扉ぶっ壊して、お前の方こそ心は痛まないのか? 仮にも勇者を名乗るなら、もっと慎重に力を行使すべきじゃねぇのか? あ?」
「くっ、仕方ありません。この話は一旦脇に置いときましょうっ」
「おい」
如何にも不本意だと言いたげに目を逸らして勝手に話を切り上げる少女に、シオンは半眼を向ける。
「とにかく、私は帰る訳にはいかないのです! 勇者として力を示し、皆に認められる存在になるまでは!」
「いやお前の事情は知らんけど。帰りたくないなら宿にでも泊まりゃ良いだろうが」
「うっ!? そ、そうしたいのは山々なのですが、ここまでの過酷な旅路で、その、路銀が尽きてしまってぇ……」
「……へぇ。あっそ。じゃ、俺は誰かさんがぶっ壊した扉修理するから、野宿するならその辺でご自由に」
気不味げに目を泳がせる少女が何を言いたいのか、何を目的として教会の扉を叩いたのか。
察したシオンは、早々に回れ右して教会へと帰って行く。
……まあ、当然そうは問屋が卸さないのだが。
「ちょおおおおっと待って下さい!!」
「ぐえっ!?」
後ろから少女に猪もかくやという勢いでタックルをかまされたシオンは、馬車に轢かれたカエルのような声を漏らす。
散々脅した後で、まさかこの後に及んで実力行使に出てくるとは思いもせず油断していたのだ。
「くそっ、何すんだこらっ!? さっさと離せっ!」
「嫌です! 教会に泊めてくれると言うまで離しません!」
「誰がテメェみたいな危険人物、泊めるかぁ!」
「贅沢は言いません! お風呂とふかふかのベットを用意してくれて、朝昼晩の三食食べさせてくれたら他には何も要りませんから!」
「贅沢しか言ってねぇ!? 王都の宿でもそこまでせんわ! てかウチはガキ共の飯代だけで常にギリギリの貧乏教会だぞ!? お前みたいな不審者にやる飯なんて無ぇんだよ!」
「じゃあせめて! お風呂だけでも! お願いです! 私、お、女の子なのに、もう何日も野宿で、汗と汚れまみれで……このままじゃ、勇者になるどころか、お嫁にも行けないっ」
「っ……」
先程までの冗談のような強気はどこへやら、震えながら縋り付いて涙声を漏らす少女に、シオンは思わず言葉を失う。
「………お前、どっから来た?」
「へ? お、王都、ですけど……」
「ちっ、クソ遠いじゃねぇか……。で? 何だって遠路はるばるこんなド田舎に? 勇者になりたきゃ……いや、そもそもなりたくてなれるもんでもねぇが、ともかく実績が欲しけりゃ『魔族領』に近い北に向かえば良かっただろ」
この町は、王国領の中でも最南端に位置する辺境にある。
そして、勇者が戦うべき魔王が居る『魔族領』との国境は、王国の最北端だ。
つまり、この町は勇者が本来向かうべき方角と真逆に位置している。
「それは、その……私の師匠が、この町の出身だと聞いたので。強さの秘密が何かあるんじゃないかと思って」
「この町の……? いや、そもそも師匠が居るなら、王都でそいつに稽古なり何なりつけて貰えや」
「っ、それが出来れば、私だってそうしています! けど、師匠は私が小さい頃に、ざいに……っ、ゆ、行方が分からなくなってしまって。もしや、この町に戻って来ているかも、と」
「………」
どうやら彼女は、その師匠とやらに随分と心酔していたらしい、と、シオンは悟る。
……同時に、恐らくその師匠とやらは、彼女が勇者を目指し、自分の背中を追ってまで強さを求めるとは思ってもいなかったであろう事も。
彼女の見様見真似の剣術は、お世辞にも誰かの指導を受けたとは思えないお粗末な物だった。少しでも基本を習った経験があれば、ああはならない。
つまり、師匠とやらは彼女に指導らしい指導などしていないと言う事だ。
結論から言えば、彼女は一方的な憧れで、幼い頃に世話になったその人物を師と仰いでいるだけなのだろう。
……だが、その残酷な真実を言葉にするのは、町の元ゴロツキ達に「神よりも人で無し」と評されるシオンとて躊躇われるようだ。
因みに、何故“元”なのかと言うと、彼らはシオンの手で皆仲良くお説教(半殺しに)され、今は敬虔なる神の信徒(強制)として、町の治安維持に貢献しているからだ。
「お願いしますっ。助けて、下さいっ……!」
「っっ………」
嗚咽を堪え、なりふり構わず必死で懇願する少女の姿に、シオンは……、
「ああ〜〜、うっぜぇ」
虫ケラを見るような目で悪態を吐き、乱暴に振り払った。
人で無し、ここに極まれりである。先程の沈黙は何だったのか……。
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