+++ めぐり逢い +++(2)
「ぐふぅぅっっ!?」
見事に腹の真ん中を捉えたシオンの蹴りを受け、少女はその整った顔を不細工に歪めながら、体をくの字に折ってかっ飛んで行く。
そして、地面に尻を引き摺るようにザザーッッと砂埃を巻き上げながら着地すると、バタりと仰向けに倒れ、泡を噴いて白目を剥いた。
およそ年頃の少女が晒しても良い醜態ではない。端的に言って、酷い有様だ。
「あ? あんなとんでもねぇ魔法ぶっ放しといて、防御の方はザルなのかよ……」
ピクピクと死にかけの虫ケラの如く手足の先だけ震えている少女の姿に、シオンは先ほどとは別の意味で目を見開く。
教会の扉は頑丈だ。そう易々と破壊出来る代物では無い。いくら錠を開けた直後とは言え、片方丸々吹き飛ばしたとなれば、相当厄介な相手だ……と、踏んでいたのだが。
「ひくっ、ひくっ」
「……ヤッベ」
殺っちまったか? と、シオンはこめかみに冷や汗を垂らしながら、恐る恐る奇妙な呼吸音を漏らす死体(仮)となった少女の側へにじり寄る。
「お、おーい? 起きろ〜。くたばるならせめてあっちの川の下流の方にしてくれぇ〜」
聖職者ともあろう者が、ナチュラルに偉大な大地の力を悪用して死体遺棄に手を染めようとしていた。……もっとも、残念ながら(?)彼が新たな罪を犯す前に、少女は目を覚ます。
「うっ……? はっ!? くっ、まさかこんな辺境の地に魔王の手先が居たなんて!?」
「失敬な。敬虔な神の使徒たる俺に向かって」
一秒前まで死体の処理方法について真剣に考えていた男のセリフとは思えない。
それはそうと、少女は意識が戻るやいなや、素早く立ち上がってシオンから距離を取った。
シオンの回し蹴りはもろに喰らっていた筈だが、やはり多少は戦闘の心得があるようだ。
「とぼけないで下さい! “勇者”であるこの私に、不意打ちとは言え一撃入れた者が、只の牧師な筈ありません!」
「はぁ? 勇者ぁ?」
何言ってんだコイツ……と、半眼になるシオンの視線に構わず、少女はヒステリックに捲し立てる。
「そもそも、敬虔な神の使徒が可憐な少女に向けてあんな凶悪な回し蹴りを放たないでしょう!?」
「護身術だ。聖職者にだって身を守る権利くらいある」
※牧師に回し蹴りを教える教会など存在しません。
「私は勇者として、教会に巣食う魔族を放置する訳にはいかないっ!」
「お〜い。話聞け〜。てかそもそも勇者ってお前……」
『勇者』とは、『人族』が統治する王国と常に領土争いを繰り広げている『魔族』の頂点、『魔王』を打倒する為に選ばれる人類の精鋭だ。
身体能力、魔法技能、精神性……あらゆる要素に於いて規格外の存在。
扉を破壊した力は確かに脅威だが、シオンの目には、彼女が『勇者』には見えなかった。
「町の人々に被害が出る前に、魔族はここで成敗します!」
「寧ろお前に教会の場所教えた町の連中のせいで、こっちが被害被ってるんだが?」
何だか一人で盛り上がり拳を握り締めて使命感に燃える少女は、冷めた目で自分を見る青年との温度差に一向に気付かない。
「今度は正々堂々、正面から戦いなさい! セァァァアッッ!」
問答無用と言わんばかりに少女は腰から剣を抜くと、一目散にシオンへと斬りかかる。
「だから人の話聞けやっ! わっ、ちょっ!? 危ねっ!?」
シオンはブンブンと目の前で振り回される刃を軽いステップで避けつつも、ある種の『型』のような物が全く見えないくせに、やたらスピードだけは速い斬撃に冷や汗を流す。
「やはり!? 一介の牧師に私の斬撃が見切られるはずがありません!」
「さっきからやたら自己評価高ぇな!? あと牧師舐めんな!」
確かに普通の牧師なら無茶苦茶な斬撃を躱しながら会話する余裕は無いかもしれない。だが、少女の剣の腕も、『勇者』を自称するには少し……と言うか、かなり覚束ない。
まるで見様見真似で、誰かの剣筋を素人が真似しようとしているようだ。
ただ真似にしても、やはり剣術と言えるほど洗練された『型』が一向に見えて来ない。
「ちっ、面倒くせぇ……取り敢えず、落ち着けやっ!」
「あっ!?」
相手をするのが鬱陶しくなって来たシオンは、斬撃の隙を突いて少女が持つ剣の柄を蹴り上げた。
「はぁ……。お前が自称勇者を名乗るのは勝手だし、教会に何しに来たのか知らんが、俺は夜中にチャンバラごっこするほど暇じゃねぇんだよ。てか、あの扉どうしてくれんだ? あ?」
「っっ!? ……自称……? チャンバラ……?」
「いやお前が気にしなきゃいけないのそこじゃねぇよ?」
俯いてプルプルと震えながらシオンの言葉を反芻する少女は、どうやら一番都合の悪い部分だけ聞こえていないらしい。
「……こんな辺境に来てまでっ、何で馬鹿にされなくちゃならないんですか。私は、私は勇者なんです! 魔族にまで舐められたまま、終わる訳にはいかないんですよっ!」
「っ!? お前……」
キッと眦を吊り上げ、瞼の端に涙を貯めて顔を上げた少女に、シオンは思わず言葉を失う。
……期せずして生まれたその隙が、不味かった。
「兄さん? こんな夜中に何を騒いで……」
「っっ!? 馬鹿っ!? 戻れ!!」
教会の裏手から、騒ぎを聞きつけたフィナが様子を見に来てしまったのだ。
よりにもよって、扉を破壊した“魔法”が再び放たれようとしている。最悪のタイミングで。
「雷の精霊よ! 我が願いを聞き届けよ! 『エリクトニス』!!」
怒りに我を失い視野狭窄に陥った自称勇者の少女に、紫紺に輝く光の粒子が収束する。
やがてそれは『雷の大蛇』へと姿を変え、凶悪な顎門を開いて襲いかかった。
シオンと……その向こうで訳も分からず目を見開いている、フィナの元へ。
「ん…? えっ!? ちょっ!?」
少女は魔法を放った直後、明らかに“魔族とは無関係な子供”の存在に気付いたが、時既に遅し。
『グルァァァァァッッ!!』
『雷の大蛇』は、無常にもシオンとフィナを飲み込んだ。
そして……、
「……良い加減にしろや」
奈落の底から響いたようなその声音が、少女の耳に届く。その、直後。
『雷の大蛇』が、“爆散”した。
「っっっ!? ………は?」
咄嗟に余波の暴風から顔を庇った少女は、土煙が落ち着いた視界に、信じられない物を見た。
「痛っつぅ……怪我はねぇか? フィナ」
「う、うん」
顔を顰めながらも、感情を抑制した声音で、胸の内に庇う子供に問いかける牧師。
その、無傷の姿を。
よく見れば、牧師は魔法を放った少女の方へ片腕を伸ばし、拳を握りしめている。
……あり得ないことだが、まるで『雷の大蛇』を“握り潰した”、かのように。
「そうか。なら宿舎に戻って、他のガキ共が出て来ないよう見張っといてくれるか? そこの女を片付けたら、俺もすぐ戻るから」
「わ、分かった。けど……」
シオンの言葉を疑うことなく頷いたフィナは、呆然としたまま自分達を見つめる少女の方をチラリと伺う。
「っ!? うっ………」
フィナと目が合った少女は、驚愕や罪悪感がない混ぜになった複雑な表情で顔を背けた。
だが当のフィナはそんな少女の反応を気にした様子は無く、代わりにシオンに向かって物憂げな顔で問いかける。
「………兄さん。あの人は……」
「言うな。分かってる。約束は守るから、心配するな」
シオンはフィナの問いを遮り、柔らかく目を細めて彼女の頭を撫でた。
「もう、また子供扱い……。無理はしないでね」
「ああ」
シオンが深く頷くと、フィナは安心したように微笑んで、教会の裏手へと駆け戻って行く。
自称勇者の少女は、その様をただただ呆然と見ていることしか出来なかった……。
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