+++ めぐり逢い +++(1)
「お〜いガキ共。飯の時間だぞ〜」
カンカンと鍋の底を木ベラで叩きながら、青年は気怠げな声を夕焼けが照らす草原に響かせた。
ボサボサの灰髪は寝癖のままで、目つきの悪い瞼の下には深いクマ。法衣を纏っていなければ良くてゴロツキ、悪くて盗賊と思われかねない風貌だ。
その法衣も、王都ではまず見かけない漆黒に染められた珍しい物で、教会から出て来なければ一目で“牧師”とは思わないだろう。
申し訳程度に首に下げた十字架も、本来なら錆びにくい純銀製である筈なのに、その輝きはどこか煤けていた。
「遅いぞシオン。もう腹ぺこだぜ」
「兄さん。いつになったら手際良くなるの?」
「おにぃ、おんぶして」
「お前らなぁ……文句言うなら毎日パンしか出さねぇぞ」
教会の裏手にある草原で遊んでいた子供達は、青年……シオンの元へ駆け寄ると、好き放題言うだけ言ってさっさと食堂へ向かう。
彼を眠たげな眼で見上げる、最も幼い約一名を除いて。
「おんぶ」
「いやリーン。お前もう普通に歩いてるってか今走ってたろ。腹減ってんならさっさと行け」
「だっこ」
「不屈かよ。てか何で要求がもっと幼くなんだ……はぁ。しゃーねーな。今日だけだぞ?」
シオンは諦めたようにその場にしゃがみ、空のように青い瞳で自分を見つめる幼女……リーンを抱き上げた。金糸の如く柔らかな髪が頬をくすぐり、何ともむず痒い。
「うむ。よきにはからえ」
「王か。どこで覚えて来んだ? ったく……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、シオンはリーンを食堂まで運び、危なげなくそっと椅子に座らせた。
「シオンも早く座れよ。お前が感謝のお祈りしなきゃ飯食えないだろ」
「おいこらレン。生意気なのか真面目なのかどっちなんだテメェは。成長して少しは大人しくなるかと思えば、年々偉そうな口ばっか利くようになりやがって」
幼女の隣に座っている短髪の少年……レンに睨まれながら、シオンは億劫そうにテーブル端の席へ腰掛ける。
「それ、兄さんが言う? 牧師様になっても相変わらず口調も態度も全然治らないし、というか悪化してない?」
「フィナも可愛げ無ぇ女になって来たな……。お前らガキの面倒ばっか見てるから、ストレスでやさぐれてんだよ。放っとけ」
困ったように眉を八の字にする、子供たちの中では一番年長の栗毛の少女……フィナに、シオンは不貞腐れたような声を漏らして口を尖らせる。
「やさぐれてるのは元々でしょ」
「あーあーうるせぇ。オラ、さっさと手ぇ合わせて目閉じろ」
「もう……」
何だかんだ言いつつもシオンに言われた通り、子供達は瞑目して胸の前で手を組み、祈りの準備を整える。
「えー、主よ。今日も大地の恵みを与えて下さる事に感謝致します」
「「「感謝致します」」」
「命に敬意を、愛に誠意を捧げ、頂きます」
「「「頂きます」」」
シオンの祝詞に続き唱和した子供達は、数秒瞑目し、同時に目を開けた。
「ほれ、冷める前に食っちまえ」
シオンが軽く笑ってそう言うと、子供達は祈りを捧げている時の大人しさはどこへやら、わいわいと騒がしく食事を始める。
そんな彼等を眺めながら、シオンは大皿から少しだけ掬ったおかずとパン一つをさっさと口に詰め、スープを飲み干すと、食器を持って食堂を後にする。
洗い物を手早く済ませ、一人礼拝堂に向かうと、既に日は落ちて月明かりが大窓から差し込んでいた。
「………」
教典に定められた礼拝の時間は、早朝と昼前、そして日が堕ちる前の夕刻だ。
従って、日が落ちた後のこの時間は、本来は礼拝すべき時では無い。……だが、シオンは正しい礼拝の時間はサボったり忘れたりする癖に、この時間だけは、必ず十字架を持つ女神像の前に跪き、祈りを捧げていた。
「………ふっ。似合わねぇ、って、笑ってやがるんだろうな」
目を開け、肩の力を抜いた彼は苦笑し、独り言を漏らす。
……と、彼がそうして暫く静寂の時を過ごしている所に、『ゴンゴンッ!』 と、不躾に教会の扉を叩く音が響いた。
「あ? チッ、誰だよこんな時間に……」
日中であれば礼拝堂の扉は開け放ったまま、神に祈りを捧げたい者、或いは懺悔したい者など、来るもの拒まず迎え入れている。だが、夜は別だ。
教会には孤児の子ども達が居るのだ。片田舎の平和な町とは言え、夜になれば“招かれざる客”が訪れる事もある。如何に人々へ分け隔てなく救いの手を差し伸べる教会とて、子供の安全を蔑ろには出来ない。
ましてやシオンは見たまんま、聖職者でありながら敬虔な神の使徒と呼ぶには程遠い精神性の持ち主だ。共に暮らす子供達の安全か、礼儀知らずな夜中の訪問者なら、迷わず前者を優先する。
人呼んで『ナマグサ牧師』とは彼の事だ。本人にとっては不本意極まりない呼び名だが。
……と、そんな彼が居留守を使うか悩んでいると、再び『ゴンゴンゴンッ!』と、先程より強く扉が叩かれた。
『誰か! 誰かいませんか!? と言うか居るのは知ってるんですよ! 開けて下さい!』
「うるっせぇな……」
どうやら客人は教会の事を誰かに聞いて来たのだと悟り、シオンは渋々立ち上がる。
扉の向こうから聞こえたのは、年端もいかぬ女の声。仮に面倒な仲間を連れていたりすれば厄介だが、今の所、他に気配は感じない。
彼は少し考え、このまま騒がれるよりはマシかと、億劫そうに扉の錠を外そうと手を掛けた。
『……くっ、開けてって、言ってるでしょう!!』
「あ? はあああああっ!?」
……と、シオンが開錠する直前、『ドカーンッッ!!』と、片方の扉が盛大な音を立てて吹き飛んだ。
幸い、シオンは反対側の扉の前に居た為、巻き込まれてはいない。だが、問題はそんな些細な事では無かった。
「あれ? 鍵だけ壊すつもりだったんですが……?」
そして、とんでもない破壊をもたらしておいて、片腕を前に掲げたままキョトンと呆けた顔で首を傾げている、その少女を見た。
歳の頃はシオンより少し下程度か。恐ろしいほどに整ってはいるが、まだあどけなさが残る顔だちだ。
透き通る翡翠の瞳に、月明かりに照らされる紫紺の輝きを帯びた長い髪。
粉雪のような純白の肌と、申し訳程度の鎧に包まれた華奢な体躯。
服装がドレスなら、一国の姫君か、はたまた妖精かと見まごうような美貌をもつその少女に、束の間目を奪われたシオンは……、
「なっ……何してくれとんじゃワレゴラァァァッッ!!!!」
回し蹴りを叩き込んだ。
「ぐふぅぅっっ!?」
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