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+++ めぐり逢い +++(4)


「お願いしますっ。助けて、下さいっ……!」

「っっ………」


 嗚咽を堪え、なりふり構わず必死で懇願する少女の姿に、シオンは……、



「ああ〜〜、うっぜぇ」



 虫ケラを見るような目で悪態を吐き、乱暴に振り払った。

 人で無し、ここに極まれりである。先程の沈黙は何だったのか。


「きゃっ!? なっ、何を!?」

「鬱陶しいんだよ甘ちゃんが。泣いて縋ればタダで助けて貰えるとでも思ってんのか? 払うもんも払わねぇで厚かましく飯だの風呂だの要求しやがって。お前が思う勇者ってのは、随分と立派なご身分だなぁ? あ゛あ゛?」


 ※教会は善意のお布施を頂く事はあっても、自ら金銭を要求する事はありません。


「うっ……そ、それはっ」

「ハッ! 何が勇者だアホ臭ぇ! ヌルい覚悟で大口叩くな。そんなに女扱いされたきゃ娼婦にでもなりゃ良いだろ。娼館なら風呂だって入り放題だ」


 ※教会は売春の斡旋など決して致しません!


「そんなっ!? 娼婦に堕ちろだなんて……あんまりです!」

「おいおい。民衆の救済がお仕事の勇者様が、娼婦を見下すのか? 家族の為や不幸な境遇で仕方なく体を売ってる奴だって居るのに、ひでぇ言い草だな?」

「っっ!? ち、違っ!? そんな、事は………」


 無い。と、少女は言い切ることが出来なかった。

 彼女の価値観に於いて、シオンに指摘された今この瞬間まで、娼婦という仕事にどこか下品で穢れたモノのような印象を抱いていたことは否定出来ないからだ。


「水商売が嫌なら、農家の手伝いでも商人の護衛でも、金を稼ぐ方法なんていくらでもあった筈だ。そもそも、王都を出た時の路銀はどうやって用意した?」

「それ、は……宝石とか、私財を売って……」


「ふん。私財つっても、そりゃ元を正せば親の金だろ。テメェで稼いだ事も無い奴が一人旅とは、金持ちのお嬢さんはお気楽で羨ましいぜ」

「っっ…………」


 蔑むように鼻で笑うシオンの言葉に、少女は言い返せない。

 どれほど言葉を尽くそうと、この現状が、彼の言葉を肯定してしまっている。


「……………」

「………はぁ。まあ、これ以上外で騒がれても迷惑だし、仕方ねぇから一晩だけなら礼拝堂の隅にでもぉぉっっ!?」


 黙ったまま俯く少女を見て、シオンは「無謀な小娘にお灸は据えられたようだな」、と一先ず嘆息し、妥協案を口にしようとした……が、最後まで言い切る前に、その胸ぐらを掴み返される。


「おまっ!? せっかく人が……」

「私はっ! ……私は、確かに貴方の言う通り、甘くてお気楽なお嬢様なのかもしれません。自分でお金を稼いだことも無いし、不慣れな旅は楽しいことより辛いことの方がずっと多かった。この世界には、知らないことが沢山あると、思い知りました」

「お、おう……?」


 震える声で、早口に捲し立てる少女の勢いに押され、シオンは思わず曖昧な相槌を打つ。


「それでもっ、私は勇者になりたい、ならなきゃいけないんです! そうじゃなきゃ、また何者にも成れなかったら、私に、生まれて来た意味なんて無いからっ」

「………」


 いつの間にか、少女の頬には一雫の涙が伝っていた。

 月明かりを吸い込んで静かに輝くその涙の行方を、シオンは無言で見つめる。



「だから……だから! 私を、この教会で働かせて下さい!」



 顔を上げ、ハッキリとシオンにそう告げた彼女の瞳は、もう潤んではいなかった。

 ただただ、真っ直ぐな光だけを宿している。


「ふっ、なるほどな……お前の覚悟は分かっいや全然分っかんねぇぞ?? 何がどうなって今の話からそうなった?」


 ただ、シオンには全く伝わらなかったようだが。どゆこと?


「ふっ。簡単な話です。貴方の仰る通り、私には払える対価などこの身一つしかありません。なので、労働力と引き換えに私をこの教会に住まわせて頂けば良いと思ったのです」

「良くねぇよ?」


「そして、貴方はどうやら、そこそこお強いご様子。住み込みで働くついでに鍛錬の相手をして貰えば、勇者としての修行にもなる。正に一石二鳥です!」

「俺には百害あって一利無しなんだが?」


「ふふっ。自慢ではありませんが、私は王都、否、王国でも屈指の美少女です。こんな辺境の片田舎で終える寂しい生涯の中で、一時でも私のような可憐な女の子と同棲気分を味わえるのですから、貴方にとっても悪い話では無いでしょう?」

「お前の自己評価どうなってんの? 心臓鋼鉄かよ」


 ドヤ顔でひたすら厚かましいセリフを捲し立てる少女に、シオンはもはや呆れを通り越して感心し始める。


「そうと決まれば、取り敢えずお風呂に入らせて貰いましょう!」


 そう言って、良い笑顔で意気揚々と教会に向かって歩き始めた少女の肩を、シオンはガシッと掴んだ。


「おい待てコラ。意地でも風呂に入ろうとするその気概は認めてやるが、ガキが居る宿舎の方に入れる訳にはいかねぇんだよ。一晩だけなら泊めてやるから、大人しく礼拝堂の床にでも転がってろ。水浴びならここから歩いてすぐの所に川があるぞ」

「何故ですか!? 私は勇者を目指しているのです! 子供に危害なんて加えません!」


「ついさっき子供に向かって、どえらい魔法ぶっ放した奴のセリフか?」

「うぐっ!? そ、それは、申し訳なかったと思っていますが、あれは事故です! 貴方が魔族みたいな極悪な顔してるから、つい……」

「オーケー分かったそんなに野宿したいなら好きにしろ」

「わーっ!? ちょちょ、待って下さい! では、こういうのはどうでしょう!?」


 慌てて振り返った少女は、「コホン」と一つ咳払いをして息を整える。

 そして、ピッ、と人差し指を立て、改めて口を開く。


「私が、子供達を護衛します!」

「は……?」


 思いもよらぬ提案に、シオンは呆気に取られる。


「見たところ、貴方は一人で子育てをしながら、牧師? として教会のお仕事もしているのでしょう?」

「疑問符が一つ多い気がするが、まあ概ねそうだな」


 シオンはこめかみに青筋を立てながらも、一先ず少女の話に耳を傾ける。


「でしたら、貴方が子供達の面倒まで手が回らない間、私が見守ります。いくら聖職者……聖職、者?? でも、たまには息抜きが必要でしょう。そうでなくとも、買い物などの所用で外出する事はあるのでは?」

「今明らかに俺の顔見ながら首傾げたな?」


 あからさま過ぎて今度はスルー出来なかったが、少女はそんなシオンの反応を華麗にスルーした。


「その点私なら、時間はいくらでも融通が利きます」

「無職の暇人だもんな」

「勇者です!」


 すかさず訂正する少女に、シオンは生温かい目を……いや目の奥はやっぱり虫けらを見るように冷め切っているが、取り敢えず押し問答はしなかった。


「ご覧頂いた通り、魔法の威力と剣の腕には自信があります」

「魔法は威力の調整が出来てないだけで、剣もポンコツだろ」


「そ、その辺の魔物くらいならアレでも倒せるんです!」

「ポンコツの自覚は一応あんのか……。ま、剣速だけは確かにまあまあだったが」


「ふふん。魔力による身体強化も得意ですから。なので、こんなに可憐な私ですが、力仕事だってやろうと思えば出来るのですよ?」

「神は何でこんなポンコツに無駄な才能を与えちまったんだろうな……」

「無駄とは何ですか! あとポンコツポンコツ言い過ぎです!」


 でもやっぱり否定はしないんだな、と、どうでも良いことを考えつつ、シオンは少女のアンバランスさに納得していた。


 下手糞なくせにやたらと速度だけは早い剣技や、威力だけは凄まじい魔法。あとついでに、無駄に高いプライド。恐らく王都を出るまで、世間知らずな箱入りのお嬢様として育てられていたことは間違いない。


 ……そしてきっと、『勇者』なんて聞こえが良いだけの物騒な仕事とは違う、お嬢様らしい他の役割を期待されていたのだろう。

 だが、何か決定的な出来事があって、その“何者か”に、彼女は成れなかった。

 だから、その代替として『勇者』の名声を求めた。


「ふむ。やっぱお前頭おかしいわ」


「唐突な罵倒!? 私の頭は至って正常です!」

「痛くて異常の間違いだろ?」


 納得したところで、シオンが出した結論は「やっぱこの女ヤベーわ」、だった。


「ムキーッッ! 貴方だって、牧師のくせに女の子に暴力を振るうなんて、どうかしてますよ!」

「自衛だ自衛。あと暴力じゃなくて護身術な」


「回し蹴りは百歩、いや千歩譲ってギリギリそう言えなくもありませんが、胸ぐら掴んで脅迫したのはどう考えても暴力です! て言うか親兄弟まで殺すとか言ってましたよね!?」

「敬虔な神の使徒が、そんなこと言う筈無いだろ? 可哀想に、腹が減り過ぎて幻聴でも聞いちまったのか……」

「な、何たる堂々としたシラの切り方……。思わず信じてしまいそうです(ゴクリ)」


 あまりにも自然に驚いた表情で大嘘ぶっこくシオンに、少女は謎の戦慄を覚えて喉を鳴らす。


「本当に可哀想な奴だな」

「そんな同情は求めてませんが!? い、いや、この際同情でも何でも良いので、私を雇って下さい! 住み込みでご飯がもらえるなら、お給金は要りませんから!」


「いや給金も何も、教会は下働きなんか雇わねぇよ?」

「下働きではなく護衛です! あとなんだったら、貴方の恋人という設定にして下さっても構いませんが? 良かったですね! 私のような美少女と恋仲なんて、町の皆さんにこの上なく見栄を張れますよ!」


「それただの風評被害だろ。あと俺はお前みたいに承認欲求拗らせて無いんだわ。見栄とか張る必要がそもそも無い」

「ショウニンヨッキュウ?」

「ご存知ないか……お前を一言で表す言葉だよ」


 急に優しく目を細めたシオンに、少女はキョトンと小首を傾げる。


「女神と言う意味ですか?」

「ああうん。そうそう」

「面倒くさがらないで下さい!」

「面倒くさい自覚あるなら諦めてくんない?」

「嫌です!」

「チッ、マジで面倒くせーっ!」


 一向に引く気配が無いどころか、グイグイと際限なく自分を売り込んで来る少女に、シオンは頭を掻きむしった。


 ………と、そんな彼の元へ、トコトコと足音が近づいて来る。それも、一人分では無い。


お読み頂きありがとうございます。

長過ぎると読みにくいかと思って短めに刻んで投稿しているのですが、少々刻み過ぎですかね?

よければご意見、ご感想等頂けると嬉しいです。

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