+++ 月の光に抱かれて +++(5)
「あの、先程から二人にしか分からない会話をされているようですが、私にも分かるようにお話しして頂けませんか? と言うか、シオンさんが“勇者”ってどういう事です!?」
「コクコクッ!」
それまで黙って大人しく二人のやり取りを聞いていたルピナだが、とうとう我慢の限界が来たようで、堰を切ったように質問をぶちまける。
……そして、混乱のあまり言語能力に異常をきたしたのか、ナルキスはメガネを置き去りにする勢いで頷くだけの人形となった。
「うるせぇなぁ穀潰し。ちょっと黙ってろ」
「君には“餌”以上の役割は期待して無いんだ。だから静かにしてて欲しいな」
「唐突なダブル罵倒!? と、と言うか……勘違いかと思っていましたが、やっぱりどこかお二人には、同じ面影がある?」
「コクコク?」
「ちっ………」
「お、それ聞いちゃう〜?」
揃って首を傾げるルピナとナルキスに、シオンは物凄く嫌そうなジト目を向け、国王は更に愉快げに目を細めた。
「う〜んでも、どうしよっかなぁ? 僕は構わないけど、エルが信用してない子に話すのは、ちょぉっと気が引けるなぁ?」
「エル、と言うのはシオンさんの事ですか? それならご安心を。私は彼と一つ屋根の下で暮らしていました。もはや家族も同然です」
「どっからその自信が沸いて来んだ……。屋根裏に勝手に住んでるネズミか床下の害虫みたいなもんだろうが」
「シオンさん。もしやとは思っていましたが、分かっていない可能性があるので一応言っときますね? 私、女の子なんですよ?」
「ああ、メスの穀潰しだろ?」
「お、ん、な、の、こ、デスッ!!」
気が付けばギャーギャーといつもの調子で漫才を繰り広げるシオンとルピナ。
そんな二人を、国王はニヤニヤと興味深げに見ながら問いかけた。
「ネズミか害虫ねぇ〜。それにしては、『こいつは俺の女だ。悪いが、誰にもくれてやる気はない』、な〜んて、カッコイイ〜独占欲丸出しの台詞で牽制しまくってたけど、あれは何だったのかなぁ〜? サラッとお姫様抱っこまでかましちゃってさぁ〜?」
「死にてぇのか? あ゛あ゛?」
ご丁寧に声真似までして煽り倒して来る国王に、シオンは照れ隠しと言うには些かガチ過ぎる殺気を放ちながら目を眇める。
「エルは相変わらず本心は話さないくせに、分っかり易いなぁ〜。……てか、頼んだって殺してくれないくせに」
「っ! ……ちっ。誰がこんな面倒クセェ奴に教えやがった」
意味深に眼を細める国王の表情で何かを察したシオンは、鬱陶しげに舌打ちを漏らす。
「君が“聖女と交わした約束”を僕に教えてくれた人なら、多分そろそろ来るんじゃない?」
「あ?」
国王が唐突に予言のようなセリフを口にすると、シオンが扉を破壊した入り口の向こうから、ドドドドドドドッッッ!! と、巨大な何かが猛然と迫って来るような、地響きにも似た音が響いて来た。
「くぉらぁぁぁぁっっ!? このクソガキ国王がぁぁぁぁっ!? 私の娘に何し腐っとんじゃゴルァァァァァァァァァ!!??」
ドガガガガァァァァァンッッ!!
……と、ただでさえボロボロだった入り口を盛大に破壊して大聖堂に飛び込んで来たのは、巨大なトカゲの魔獣に乗った、生真面目そうな壮年の神官だった。
もっとも、額に走りまくっている青筋や、眼鏡の奥の血走った眼は、神官と呼ぶには無理がある気もするが……。
センター分けの白髪もなんか宙で波打って立髪みたいになってるし……。
「お、お父様!?」
「ジニア!?」
そんな神官(?)の顔を見たルピナとシオンは、同時に目を丸くして驚愕の声を上げ、互いに顔を見合わせた。
「え?」
「は?」
「ブフォッ!? あははははははっっ!」
そんな二人と、鬼の形相で自分を睨み付ける神官を見て、国王は盛大に吹き出す。
「……はっ!? ジ、ジニア様!? 何故ここに!? 魔族領への遠征はどうされたのですか!?」
やや遅れて、頷くだけの人形状態から正気に戻ったナルキスは、神官、ジニアの眼光に恐れ慄くように腰を抜かした。
「ナルキスゥゥゥゥ……婚約の話は既に断ったと言うのに、貴様、わざわざ私の不在を狙ってそこのクソガキに陳情を出しやがったたなぁ? そんな真似をして、タダで済むと思っているのか? ゛あ゛あ!?」
「ひぃぃっっ!? そ、そそ、それはぁっ!?」
「ハハッ、ついに国王でもなくなっちゃったよ」
今にも失禁しそうなほど怯えているナルキスの横で、国王改めクソガキがヘラヘラと笑う。
だが、そんな彼らの混沌としたやり取りの横で、ルピナとシオンも困惑していた。
「お前、ジニアの事お父様っつったか? ……でも確か、性は『フランネル』とか名乗ってたよな?」
「うっ!? そ、その、旅の間は家に迷惑をかけないように、亡くなった母の旧姓を名乗っていたので……。そ、それより! シオンさんこそ、お父様を知っているのですか!?」
「そりゃお前……一応、元パーティーメンバーだったからな」
「パーティー? あ……」
「ま、そういう事だ。前職の時に、短い間だが一緒に旅してたんだよ」
「いや前職て」
「うるせぇ。勇者とか恥ずかしくて自分で名乗りたくねぇんだわ」
「それ、私のこと遠回しにディスってます?」
「いや? ストレートに貶してる」
「むきぃぃっ!? そりゃあ本物の勇者様からしたら、自称勇者の私はさぞ滑稽だったでしょうよ! でも、私は本気なんです!」
「遂に自称って認めやがったな……。分かってるよ。前任としてはお勧めしねぇが、“今の時代”に目指す分には、健全で良いんじゃねぇの? まあ仮になれたとしても、イメージとは大分違う仕事になるとは思うが」
「??? どう言う意味ですか?」
「ふっ……それを聞くなら、俺より適任な奴が今ちょうど『その仕事』から帰って来たところだ。なあ! ジニア!」
「゛あ゛あ!?」
「ハハッ、悪い。ちょっと今ダメっぽいわ」
シオン的には良い感じの流れでパスを出したつもりだったが、受け取るどころか弾き返されて笑うしかない。「ふっ……」とか意味深に微笑んだのがちょっと恥ずかしい。
「落ち着きなって、イキシア卿。貴方だって、久しぶりにエルと再会出来て嬉しいでしょ?」
「誰だそいつは!?」
「うん、ごめん。僕が悪かったから、マジで落ち着いて? エリュシオンだよ。貴方達が自分の息子のように可愛がってた、元勇者の」
そう言って、国王はススっとシオンの背後に回り、グイッと彼をまるで身代わりにするかのように突き出す。
「お前なぁ……ああ〜、よう。久しぶりだな、ジニア」
「っ!? ……シオン? 何故、南の辺境に居る筈のお前がここに?」
シオンが微妙な顔で挨拶すると、ようやくジニアは理性を取り戻したようだ。
彼は魔獣の上からサッと飛び降り、ズレた眼鏡を直しながらキョトンと目を見開く。
「そりゃあ勿論、おたくの娘さんを奪い返しに来たのさ」
「゛あ゛あ!?」
「何で正気に戻ったのにまた燃料投下すんだよ」
ヒョコッとシオンの背後から顔を出した愉快犯は、残念ながらまだ遊び足りないらしい。
「『こいつは俺の女だ。悪いが、誰にもくれてやる気はない(キリッ!)』と申しておりました」
「話聞いてるか? あと盛んな。そんなキメ顔してねぇよ」
「シオオオオオンッッ!?」
「落ち着け。親に向かって言いたくはないが、本心ではこんな事故物件こっちから願い下げだから安心してくれ」
「何だとゴラァッ!? 確かに頭はちょっとアレに育ったが、世界一可愛いだろうがぁ!?」
「二人とも、ぶっ殺しますよ?」
ジニアがシオンの胸ぐらを掴む横で、ジト目のルピナがユラりと魔力の波動を漲らせる。
……が、その波動もすぐに萎み、シュン……とどこか小さくなった彼女は、不安げな声でポツポツと問いかけた。
「と言うか……お父様、どうして来てくれたのですか? てっきりお父様は、私に興味が無いのかと思っていたのですが……」
「っ! ルピナ……」
「え? この流れから良い感じの親子の対話始まんの?」
胸ぐらを掴まれたままプラプラと宙ぶらりんのシオンの声は、急にシリアスな空気を醸し出し始めた親娘には、届かない。
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