+++ 月の光に抱かれて +++(3)
「やべ、加減ミスったか? ……まあ良いや」
舞い上がった粉塵の向こうから、やさぐれた低い声音が響く。
「嘘……っ」
その声を聞いた途端、ルピナは両手で口元を押さえ、崩れるようにその場にへたり込んだ。
「き、貴様はっ!?」
気が動転しているナルキスは、どこか聞き覚えのあるその声にますます混乱し、在らん限りに目を見開いて何者か見定めようと身を乗り出す。
「めでたい席のとこ悪いが、邪魔するぜ」
その男は、堂々とした足取りで大聖堂に踏み入り、真っ直ぐに演壇へと向かって来た。
そして、男が一歩進むたび、参列者達の顔は混乱から驚愕に変わる。……特に、古参の貴族や神官は、息を呑んで腰を抜かさんばかりの勢いだ。冷や汗を流している者まで居る。
「そ、その姿っ!? まさか………“暴虐の勇者エリュシオン”か!?」
堪え切れずに声を発した一人の貴族から波紋が広がるように、大聖堂は激しい騒めきに包まれた。
『暴虐の勇者エリュシオン』
それは、王国史上最も偉大な功績を残しながらも、闇に葬られた畏怖の象徴として語られる、“最後の勇者”の忌名。
その姿は、まるで『畏れ』を体現するかの如く。
葬った無数の魔族、そして人間の返り血で染まった、深紅の騎士服。
人外の領域に足を踏み入れた代償として、色の抜け落ちた白髪。
あまりに凶悪で衆目に晒すことを禁じられた顔は、聖女が封印の意匠を施したとされている漆黒の仮面で覆われている。……それでも、瞼の穴から覗く獣の如き紅と、満月を思わせる黄金の二色の眼は、その視線だけで他者を射竦めた。
そして何より……異様な気配を放つ腰に佩いた“白銀の剣”が、彼が『勇者』である証左だ。
「『聖剣』だと!? 私がどれだけ探しても見つからなかった、我が教会の秘宝を……まさかっ!? き、貴様、いいや貴方様は、本当にあの六年前に姿を消した、最後の勇者エリュシオンなのか!?」
「あ? ああそうだよ。………ちっ。予想通りのリアクションだが、“暴虐”だの“最後の勇者”だの、イタい異名連呼されっと背中が痒くなるわ」
驚愕するナルキスの問いに投げやりに答えると、勇者と呼ばれた男は雑な仕草で背中を掻く。
「どうして、此処に……?」
その余りに聞き覚えのある口調、見覚えのある仕草に、へたり込んでいたルピナはとうとう堪え切れず、瞼の端からポロポロと涙を溢れさせた。
顔は見えないし、髪の色も記憶にある煤けた灰色よりずっと白く抜け落ちている。
けれど……その声音が、息遣いが、気配が、何より雄弁に“彼”だと告げている。
たった数日間。
宿を借り、共に過ごしただけなのに、その短い時間があまりにも色鮮やかに脳裏に焼き付いていると、軟禁されていたこの三日間で思い知った。
大貴族の令嬢として扱われることも、何ならまともに女の子として扱われた記憶も無いけれど。
それでも、何のしがらみも無く、ありのままの自分を受け入れてくれた彼らとの日々が、あまりにも幸せだったから。
「ま、まさか、歴代で唯一魔王を退けた勇者様にお目に掛かれるとは……。はっ!? もしや国王陛下が彼をお連れ下さったのですか!? 私達の結婚を祝福する為にそこまで!?」
「いや違ぇよ。つーか真逆だ。マジで放っとくと果てしなく妄想膨らませやがるな……」
在らぬ方向に勘違いを広げて瞳を輝かせるナルキスに、シオ……エリュシオンはすかさずツッコむ。
「はい? 逆、と言うと?」
「あー……ま、要するに、こういう事だ」
「きゃっ!?」
説明が面倒になったエリュシオンは、へたり込んでいたルピナの手を引き、横抱き……所謂、“お姫様抱っこ”のようにして持ち上げた。
「ちょっ!? いきなり何するんですか!?」
「うるせぇ。暴れんな」
もっとも、セリフの方は王子様とか騎士様と言うより、完全に誘拐犯のそれだが。
「なっ!? ど、どど、どういうおつもりか!? 彼女は私の婚約者ですよ!?」
あまりに意味不明な状況に、ナルキスは混乱の極致に立たされる。
「ちっ……はぁ」
エリュシオンは僅かに躊躇うような間を置き一つ息を吐くと、あわあわしているナルキスだけでなく、参列者達にも聞こえるようにハッキリと告げた。
「こいつは俺の女だ。悪いが、誰にもくれてやる気はない」
その瞬間、時が凍り付いたような静寂が舞い降りた。
「………ふぇっ?」
数秒後、熟れたイチゴの様に顔を真っ赤に染めたルピナが、愛らしくも間抜けな声を漏らすまでは。
「「「ええええええええええっっ!?」」」
「「「なぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」」」
「ななななっ、何ですとぉぉぉぉっっ!?」
参列者達とナルキスは、驚愕の絶叫を大聖堂が割れんばかりに響かせた。
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