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+++ 夢のほとり +++(2)


「………ん゛っ、んん〜ぁっ?」


 酒をしこたま飲んだせいか、珍しく熟睡していたシオンは、窓から差し込んだ朝日を煩わしそうに遮りながら身を起こした。


「おぉ……。なんか、妙に懐かしい夢だったな。てか、夢とか見んのいつぶりだよ? ……ふっ」


 覚醒の直前まで見ていた光景に、思わず自嘲気味な苦笑が漏れる。

 優しい思い出だけを都合良く夢に見た自分が、まるで過去に甘えているようで酷く滑稽に思えたのだ。


「いかんいかん。アホな顔したままじゃガキどもにまた要らん心配かけちまう。さっさと起きて仕事だ。……ん?」


 自分に喝を入れ、ベットを降りたシオンは僅かに身を固くする。

 覚醒と共に徐々に研ぎ澄まされていく感覚が、教会の付近に妙な気配を捉えたのだ。


「………チッ。随分と大所帯だな」


 気配の数が一人二人では無いと察し、急いで寝巻きから法衣に着替える。髪はボサボサのままだが、そんなのはいつもの事だ。

 敢えて大きな音を立てて扉を開け、先ずはルピナを叩き起こしに行く。


「おい、入るぞ」


 申し訳程度にノックをすると、返事も待たずに扉を開ける。


「……んにゃむ………まだまだ…食べれますよぉ〜……」


 割と乱暴に部屋へ踏み入られたにも関わらず、ルピナは呑気に布団を抱き枕代わりにしたままゴロゴロと寝返りを打っていた。


「夢の中でも食ってんのかよ……って、んなこと言ってる場合じゃねぇ! 起きろこの穀潰し! ポンコツでも役に立てる時が来たぞ!」

「んにゃっ!? にゃ、にゃんですかっ!?」


「デブ猫かテメェは。呑気に寝てねぇでさっさと身支度しろ。ああ、鎧と剣も忘れんなよ」

「へ?」


「お望み通り、ガキどもの護衛を任せてやる」

「っ! 何事ですか?」


 シオンの尋常ならざる鋭い眼差しにルピナの意識は一気に覚醒し、すぐに話を聞く体制を整えた。……寝癖はぴょんぴょん跳ねているが、そこは寝起きなのでご愛嬌だ。


「あまり歓迎出来る雰囲気じゃねぇ団体客が来た。俺が対応してる間、念の為ガキどもを見ててくれ」

「こんな田舎町の寂れた教会に用のある団体……? 確かに、怪しいですね……」

「一言余計だ。……まあ、実際その通りだがな」


「了解しました。不詳、この勇者ルピナ、謹んで護衛を務めさせて頂きます」

「全然慎んでねぇだろ……。いや、今はんなことどうでも良い。じゃあ俺はもう出るから、頼んだぞ」

「はいっ! “シオンさん”も、お気を付けて」

「っ! ……ふっ。ああ」


 張り詰めた空気がそうさせたのか、ナマグサ牧師やら不良牧師では無く、初めてきちんと名前で自分を呼んだルピナに、シオンは思わず苦笑を漏らす。


 だが、今はそんなことを指摘している暇も惜しい。ルピナがしっかり承諾したのを確認すると、彼はすぐさま宿舎を出て気配の近付いて来る正面玄関、礼拝堂の方へと向かった。


「さて……。鬼が出るか蛇が出るか。いずれにしても、ガキどもに害が及ぶようならぶっ飛ばすだけだ」


 牧師とは思えない凶悪な顔で拳の骨をポキポキと鳴らして待ち構えるシオンの視界に、間も無く一台の豪奢な馬車と、それを囲む護衛と見られる騎士たちの姿が映る。


「あ? ありゃあ王宮……いや、教会本部の神官用馬車か? 何で連中が此処に……ちっ」


 本来なら田舎町ではまず目にする筈の無い客人達に、シオンは訝しげに眉を顰め、一応居住まいを正し馬車が止まるのを待つ。


「貴様がこの教会の守人、か……?」


 馬車を囲む先頭に立っていた騎士は、シオンの姿を認めると駆け寄り、開口一番にそう尋ねてくる。……微妙に怪しむような間があったのは、近付いてシオンの剣呑な目つきに異様さを感じたからか。

 もっとも、シオンにとってはいつもの事なので、その程度でお偉いさん相手に波風を立てようとは思わない。


「ああ。ここで牧師をやっている。で? こんな何も無い田舎町の教会に、王都の神官様が何の用だ?」

「む……まあ良い。我々はとある御仁と、紛失した教会の秘宝を探している」


 シオンの不遜な態度に眉を顰めつつも、騎士は単刀直入に目的を明かす。もっとも、詳細は伏せる気満々のようだが。


「神官様が騎士を引き連れて直々に人探しに宝探しとは、本部は随分と人手不足なんだな?」

「それは……込み入った事情があるのだ」

「……ほう」


 無意識だろうが、毅然とした態度の中に僅かな迷いが過った騎士の様子に、シオンは鋭く目を細め、改めて馬車に視線を向ける。


 白と金を基調とした装飾の馬車は、王宮の要人が乗るそれを凌ぐ豪奢な威容を誇っている。

 ……言い換えれば、いくら高位の神官を乗せるにしても、王都から距離のある辺境までの長旅には向いていない。詳細を濁さなければならない公務の為だと言うなら尚更だ。


「此処に一人、宿を借りている旅人が居ると聞いた。それに、秘宝に関してもこの地方に流れた可能性が高いとの見解が出ている。念の為聞くが、心当たりは?」

「無いな。見ての通り綺麗に掃除しちゃいるが、うちはオンボロの貧乏教会だ。管理も俺一人でしてる。とてもじゃ無いが、秘宝なんて大層な物を置いとける場所じゃない。オタクらが聞いたって居候も、ただの小汚い冒険者だぞ? お偉いさんが必死こいて探すような高貴な身分とは思えないな」


 騎士の問いに、シオンは肩を竦めてさらりと断言する。……秘宝の方はともかく、ルピナに関しては貴族の出だと聞いているのにノータイムで何の違和感も出さずに嘘を吐けるあたり、流石はナマグサ牧師と言ったところか。


「そうか……」

「……?」


 どこか落胆したような、それでいて安堵の色が滲む騎士の様子に、シオンは訝しむ。

 だがその理由を問う前に、馬車の方から神経質な甲高い怒声が響いた。


「何をしている!? いつまでも私を待たせおって!」


 扉を蹴破るようにして出て来たのは、馬車と同様に白と金を基調としたやたらと豪奢な法衣を纏う神官。歳の頃はシオンと同じくらいだろうか。

 無駄にサラサラとしたセンター分けの青髪と銀縁の丸眼鏡が一見理知的な印象を与えるが、顔も体も全体的に余分な肉が付いており、悪い意味で育ちの良さとだらしなさが窺える。


「も、申し訳ありません! ナルキス卿! 彼はこの教会の牧師で、聞き込みをしたところ、御仁や秘宝に心当たりは無いとの事でありました!」

「牧師ぃ? ふんっ」


 シオンを一瞬睨め付けた神官……ナルキスは、すぐに見下すように鼻を鳴らすと、ズカズカと横柄な足取りで礼拝堂へ向かう。


「ナ、ナルキス卿!? 何を!?」

「聞き込みなど回りくどいことをせずとも、中を改めれば分かる事だろう! この無能が!」

「し、しかし……」


 騎士は主人とは違い良識があるようで、伺いを立てるようにシオンに視線を向けた。


「……はぁ。まだ朝の掃除前だが、礼拝堂なら別に構わねぇよ。元々信徒は自由に出入りしてるからな。だが、宿舎には女子供が居る。行くなら俺に一声掛けてくれ」

「そうか。……すまない」


 シオンが了承すると騎士は小声の謝罪と共に会釈して、ナルキスの後に続いた。

 他の騎士達も、馬車の番をする者を残して礼拝堂へ次々に踏み入って行く。


「………今の内に、あの馬鹿を逃しとくか」


 少なくとも、ナルキス達が秘宝とやらを見つける事はあり得ない。シオンの知る限り、礼拝堂の中にはそんな物、存在しないからだ。

 ……だが、彼らの探している御仁とやらがルピナである可能性は十分にある。と言うか、こんな辺境の田舎町までわざわざ来ている時点で、真偽不明の秘宝の在処などより彼女の足跡を辿ったと考える方が自然だ。


「うちとしては穀潰しを引き取ってくれるなら万々歳なんだが……」


 馬車の番をしている騎士に違和感を気取られぬよう、何気ない足取りで宿舎に向かいつつ、シオンは苦笑を漏らす。


「………あの様子じゃ、碌なことにならなそうだしな」


 ナルキスと呼ばれる神官の態度は、お世辞にも品があるとは言えない。何らかの都合で早く目的を達成したがっているようにも見えた。

 加えて、もし秘宝とやらがシオンの推測通りの物であれば、急いで手に入れたいのはどちらかと言えばルピナの方であると直感が告げている。 ……根拠は無いに等しい。だが、少なくともあの神官にルピナを引き渡して、彼女の望む未来が待っているとはどうしても思えなかった。


「おい。全員起きてるか?」


 シオンは静かに宿舎へ入り、静かな声音で確認する。


「うん。兄さん、大丈夫?」

「礼拝堂の方が何かうるせぇけど、誰が来てんだよ?」

「われのちからはひつようか?」


 若干一名頼もし過ぎるが……思い思いに訊ねてくる子供達に、シオンは僅かに肩の力を抜きつつも、すぐにルピナの方へ鋭い目を向けた。


「おい、穀潰し」

「呼び方」

「漫才してる場合じゃねぇんだよ。お前、ナルキスって神官とは知り合いか?」

「っっ!? まさか……彼が、来ているのですか?」

「その反応って事は、顔を合わせたくねぇ相手なんだな?」

「うっ……そう、ですね。出来れば、死ぬまで会いたくはありません」


 分かり易く狼狽えるルピナを見て、シオンは自身の推測が概ね当たっていると確信する。


「なら、予定変更だ。お前は今のうちに逃げろ。そうだな……暫くは、裏の林の奥にでも隠れとけ。連中が帰ったら、また呼びに行ってやるよ」

「え……?」

「帰りたくねぇ事情があんだろ? 勇者になりたいとかいう絵空事とは別に」

「っっ……!?」


 目を見開き意外感を示すルピナに、シオンはぶっきらぼうに告げる。


「詳細は聞かねぇ。興味も無ぇし。ただ、目の前に望まない運命を強制されるような奴がいるなら、見過ごせない。……少なくとも、お前の師匠はそういう女だったよ」

「っ! アメリア様……そう、ですね。でも、大丈夫なのですか? 彼は目的の為なら、手段を選ばない人物ですよ?」

「何とかなるさ。幸い、連れてる騎士の連中は弱くはないが、王家の近衛騎士団ほどじゃない。人数も大したことねぇし、最悪向こうが手を出して来ても返り討ちにしてやるよ」

「い、色々とツッコミたい事はありますが、この状況下では頼もしいのが悔しいです……」


 束の間俯いて黙考したルピナは、どこか不安げな瞳で問いかけた。


「……本当に、良いのですか? そこまで、その、迷惑をかけて……」

「ハッ、今更だろ。それにどの道、掃除は毎日してる。連中がゴミなら、纏めて片付けてやるだけだ」


 不敵に笑うシオンに、ルピナは胸を押さえて瞳を潤ませる。


「くっ、ツッコミたいっ! ツッコミたい、ですが……今は、そのお言葉に甘えさせて頂きます!」

「いいから早よ行け」


 アホな事を言わずにはいられないルピナに、シオンはいつのも虫ケラを見るような目を向け、手で払うジェスチャーをした。


「何故でしょう。優しくされるよりもその目を向けられた方が落ち着いている自分がいます」

「もう帰って来なくて良いぞ」

「じょ、冗談ですよ! では、しばし失礼しますが、絶対に呼びに来て下さいね!」


 そう言って、ピューっとコソ泥よろしく器用に静かな駆け足で宿舎を出て行くルピナを半眼で見送り、シオンは子供達に向き直った。


「よし。上手く追い出せたな」

「もう、兄さん?」


 無駄に良い笑顔で振り返ったシオンは、ぷくっと頬を膨らませたフィナに嗜められ、肩を竦める。


「冗談だ。気が向いたらちゃんと呼び戻しに行ってやるよ」

「兄さんが行かなかったら、私たちがルピーさんを呼びに行くからね?」

「ルピー姉ちゃんなら放っといても腹減ったら帰って来そうだけどな」

「ちょうきょうずみ」

「分かった。俺が悪かったから、リーンはその言葉、二度と使うなよ? 絶対だぞ?」


 相変わらず何を考えているのか分からない無表情でコテンと首を傾げるリーンの将来を割とマジで心配しつつ、シオンは表情を真剣な物に改める。


「客は腐っても神官と騎士団だ。そうそうお前らに手荒な真似はしないと思うが、万が一って事もある。奴らが満足して帰るまで、一応お前らも町に行って『自警団』の連中に……」




 ガシャーンッッッ!!!




「「「「っっっ!?」」」」


 子供達に指示をしようと口を開いた、その時。 


 突如、礼拝堂の方から不吉な破砕音がシオン達の耳に飛び込んで来た……。


お読み頂きありがとうございます。

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