+++ 夢のほとり +++(1)
あいつは出会った時から、最期まで笑っていた。
「………」
俺は赤黒く汚れた自分の小さな手をぼーっと見つめていた。
肉の塊や臓物、恐怖と憎悪に歪んだまま凍りついた顔が、周りに広がる血の海に沈んでいる。
「………足りない」
顔は呆けた無表情のままなのに、内側から煮え滾る憎悪が、そんな呟きとなって漏れ出た。
その感情が、身を焦がす炎が、自分の物なのか他人の物なのか、その境界が曖昧になっているとも気づかずに。
「うっひゃ〜っ!? 何じゃこりゃ!?」
と、周囲への警戒など微塵もしていなかった俺の耳に、間抜けな声が響いた。
「……?」
俺は珍しく、疑問を抱いた。その人間と、自分自身に対して。
俺に近づいて来る者は大半が害意を持っていて、それ以外は醜悪な欲に利用しようとする悪意のある奴だけだ。
だから、意識していなくとも、他人が近付いてくれば自動的に体も頭も警戒し始める。
なのに、その女からは何も感じなかった。
「アンタ、チビのくせに凄ぇなぁ〜」
「………誰?」
屈託なく笑いながら近付いて来るその女に、気が付けば問いかけていた。
他人が何者か、興味を持ったことなんて無かったのに。
いつの間にか、金糸のような髪や、空色の瞳に吸い込まれるように見入っていた。
否、魅入られていた。
「おう、そういや名乗って無かったね。アタシはアメリア。王都、いや世界“最強の聖女”、アメリアちゃんだ。今日からアンタとパーティー組むことにしたから、よろよろ〜」
「??? ……パー、ティー?」
意味が、分からなかった。
最強の聖女という肩書きも。
決定事項のように告げられたパーティーを組むという言葉も。
あまりにも気安い、その態度も。
「何だよ何だよテンション低いなぁ〜? こんな超絶美人なお姉さんと一緒に旅が出来るんだぞ〜? 世界中の童貞が咽び泣く栄誉にもっと興奮しろよ〜」
「旅……?」
そこしか理解出来る部分が無かったというのもあるが、その言葉は不思議と、頭に残った。
「ふむ。思春期はもうちょっと先か。ふっふっふっ……なら、スーパー役得ご褒美で目覚めさせてやろう。貴様の新たな性癖をな!」
「っっっ!?」
言葉の意味は相変わらず全く分からなかったが、突如として全身を襲ったその“温もり”に、俺は硬直する事しか出来なかった。
「うりうりぃ〜! どうだぁ? お姉さんの柔らかさに包まれる感触は〜! 内なる欲望が目覚めて来るだろぉ〜?」
「!?!?!?!?」
抱きしめられ、厚かましく押し付けられるその柔肌に、俺はただただ混乱した。
血が生温かい事は嫌というほど知っていた。
けれど、人がこんなにも温かい事は知らなかった。
何の悪意も無く、自分に触れる者が居る事なんて、知らなかった。
「やめろセクハラ痴女」
「痛ったぁ!? テメェこら誰がセクハラ痴女だ!? 最強聖女だっつってんだろ!!」
「っっ!?」
後からやって来てその女をシバいた無愛想で大柄な男にも、やはり俺は警戒心を抱けなかった。
「セイジョはセイジョでも、ナマグサい方の性女だよね〜。もしくは精女」
「ツッコミと見せかけた恥の上塗りはやめなさい。はぁ……。このパーティーの女性陣には、品性という物が欠落しているな……」
知らぬ間に集っていた、やたら露出度の高く耳の長い細身な女や、眼鏡を掛けた生真面目そうな男からも、僅かな悪意すら感じない。
人の肉を裂き、臓物を引き摺り出し、首を刎ねる事も躊躇わない。いつも血の海の真ん中に居る俺の側に、躊躇いなく近付いて来る。
「どいつもこいつも言いたい放題言いやがって……。まあ良いや。せっかく揃った事だし、とりまご挨拶と行こうじゃないか。……コホンッ」
俺を抱きしめていた女は不機嫌そうなしかめ面でようやく離れると、気を取り直すように不敵に笑って、手を差し伸べた。
「改めて、これからよろしくな! 『 』!」
生まれて初めて、憎悪も、嫌悪も、悪意も無く呼ばれた、自分の名。
気が付けば俺は、差し伸べられたその温かい手に、自分の手を重ねていた。
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