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+++ やすらぎの風に誘われて +++(6)


「いやキャンプファイヤーかよ」


 宿舎に向かったシオンの第一声は、そんな驚きと呆れが混ざったツッコミだった。

 正確には、宿舎の中にある食堂では無く、外の裏庭なのだが。


「ふふんっ。良いでしょう? 西部地方の収穫祭をイメージしました」

「人んちの庭で何してくれとんじゃ……」


 得意げに胸を張って鼻息を漏らしながらドヤるルピナに、シオンはジトっとした半眼を向け、再び庭に視線を戻す。


 中央で豪快に薪が組まれた焚き火は、大人の頭の高さほどまで炎が立ち上り、その周囲には串に刺された肉や魚、野菜などを所狭しと乱雑に並ベて炙っている。


 それだけで無く、周囲には小さな焚き火が散見され、それぞれに大きな鉄鍋でスープを煮込んでいたり、串巻きパンを焼いたり、他にもよく分からない闇鍋のような物まである。


 祭りと勘違いしたのか、いつの間にか『自警団』の男達以外にも、町の住人が沢山集まっていた。


「人数的に食堂には収まりませんし、かと言って堅苦しい立食パーティーなんてナンセンス。そこで! いっそお祭りの様に盛大な催しにしてしまえば良いと思い付いたのです!」

「無職の居候の分際で祭りを主催すんな。お前に遠慮って概念は無ぇのか?」


 残念ながら都合の悪い言葉は聞こえないらしく、ルピナは「呼んで来ましたよ〜」と明るく言いながら子供達の元へ駆けて行く。


「兄さん。お疲れ様。何だか思ったよりずっと賑やかになっちゃったね」

「まったくだ。こっちは疲れてるってのに、迷惑にも程がある」


 苦笑するフィナに、シオンはコキコキと首を鳴らしながら同意する。


「でも……何だか、シスターが生きてた頃みたいで、ちょっと懐かしいかも」

「っ! ………まあ、あいつも賑やかなのが好きだったからな」


 懐かしさと寂しさが混ざり合うフィナの大人びた微笑みに、シオンは思わず目を見開き、釣られて小さく笑う。


「おいシオン! そんなとこ突っ立てないで、肉食いに行こうぜ! 町の奴らが色んなの持って来てくれたんだ!」

「へいへい。そんな引っ張んなよ」


「むぐむぐむぐ」

「リーン。何言ってるのか分からんが、喉つまらせるなよ?」


 子供らしくはしゃぐレンに袖を引かれ、リスの様にひたすら口に食べ物を詰めているリーンに苦笑しながら、シオンも焚き火を囲む輪に加わって行く。


「兄貴! ご苦労様です!」

「「「ご苦労様ですっ!」」」

「だからその挨拶やめろ」


 子供達との会話が落ち着くのを律儀に待っていたのか、『自警団』の男達はシオンの前へ綺麗に整列して手を後ろに組んで腰を折る。出来た舎弟達である。どこかの穀潰しとは大違い。


 そんな彼らに、もはや呆れを通り越して諦観の視線を向けつつ、シオンが適当に選んだ魚の串焼きを取ろうとすると、横からスッと豪快な塊肉の串焼きが差し出された。


「シオンくん。今日もお仕事、お疲れ様。これ、綺麗に焼けたから良かったらどうぞ?」

「お、おう、ミナか。アンタも来てたんだな……。あ、ありがたく貰っとくわ」


 いつの間にか隣に寄り添い、柔和な微笑みを浮かべている妙齢の美女……マドンナシングルマザーことミナに、シオンは口の端を引き攣らせつつも、素直にその串を受け取った。表面の脂がまだジュージューと熱い音を立てている、気がする。


「ふふっ。どういたしまして」


 ミナは小首を傾げる様に頷き、艶やかな黒髪を耳に掛ける仕草がやたら色っぽい。


「シオンさん! こっちも上手に出来たから食べて!」

「あ、ああ……。悪いな、ミレイ」


 と、今度は妙齢の美女の反対側から快活な少女の声が響き、香ばしく焼かれた巻きパンが差し出される。


 シオンが微妙にぎこちなく振り向けば、そこにはミナとよく似た黒髪をポニーテールに結んだ溌剌としたな美少女、ミレイが屈託のない笑みを浮かべていた。


「うんう。シオンさんに食べて欲しくて頑張ったから、喜んでくれたら嬉しいな」


 頬を淡く染めて少し照れながら上目遣いに見上げてくるミレイ。実にあざとい。


「お、おぉ……あり、がとな」

「ふふっ。うん♪」


 そんな彼女にシオンは内心盛大に後退りながらも、どうにか礼を言う。


「「「(兄貴……やっぱりスゲーッ!!)」」」


 そんなシオンに、『自警団』の男達は羨望と尊敬と少しだけ嫉妬が混じった熱い視線を送る。実に鬱陶しい。


「お、おーいフィナ〜! こっちに焼けてる肉いっぱいあるぞ〜?」


 何とも言えないむず痒い空気に耐えかね、シオンはやや棒読み気味に別の焚き火で鍋の面倒を見ていたフィナを呼んだ。


「もう、兄さんたら……。仕方ないなぁ」

「むむっ! 私にも下さーいっ!」


 情けない救援要請に苦笑しつつも、どこか嬉しげに駆け寄って来るフィナ。

 と、呼ばれてもいないのにすっ飛んで来る生粋の穀潰しことルピナ。


「あら、シオンくんたら、また新しい女の子を引っ掛けたの?」

「え!?」


 見た目だけは抜きん出た美少女であるルピナの姿を認め、揶揄うような笑顔で(でも目の奥がマジ)問いかけて来るミナと、素直に愕然とするミレイ。


「いやアレだけは無い」


 シオンは正反対な表情を浮かべる母娘に、この世の摂理を解くように悟った顔で断言した。


「お肉はどこですか!?」

「テメェは呼んでねーよ?」


 フィナを追い越してシオンの背中に飛び乗る勢いで突っ込んで来るルピナ。


「おお! 良い物を持ってるじゃないですか〜」

「カツアゲかよ。てかどけや鬱陶しい!」


 塊肉の串焼きに目を輝かせるルピナを、シオンは容赦無く振るい落とす。


「おっと!? もう! 私のような美少女にくっつかれて照れるのは分かりますが、女性はもっと丁寧に扱うべきでしょうに!」

「生憎と虫ケラのメスの扱い方なんて払うか潰すしか知らねぇんだわ。飯と見りゃどこでも湧きやがって……。テメェこそ少しは家主に感謝の姿勢を見せろや穀潰しが」


「誰が虫ケラですか! 国の至宝と謳われたこの私に向かって!」

「社会の底辺の間違いだろうが。何も成し遂げてねぇくせに何でどんどん自己評価だけ上がってんだよ」


 乱入した途端にテンポ良くシオンと漫才を繰り広げるルピナ。


 そんな彼女に、熱い視線を送る女性が約二名。


「「ジィー………………」」

「??? どうされました? あ、もしかしてお二人も、お肉が食べたいのですか?」


「あはは……。皆がルピーさんみたいなただの食いしん坊なら、きっと世界は平和ですね」

「いや皆がこいつみたいな世界なんて普通に嫌だろ。ほぼイナゴじゃねぇか」

「イナゴ? 何でバッタの仲間になるんですか?」


 シオンはキョトンとするルピナを指差し、苦笑するフィナに呆れ顔を見せる。


「ほら見ろ。この教養の無さ。蝗害も知らねぇんだぞ?」

「コウガイ?」


「えっと、イナゴの大群が発生して、畑の作物や木造の建物なんかまで、ありとあらゆる物が全部食い荒らされちゃう災害のこと、だったと思います」

「ほう、そんな災害が……ん? オイ、ちょっと待って下さい」


 フィナの説明を聞いて、ようやく自分がイナゴに例えられた理由を察したルピナは、シオンの肩をガッと掴む。


「何だよ人類の敵」

「誰が災害級の穀潰しですか!?」


 しれっと言ってのけるシオンに、遠回しに……いや良く聞いたら割とストレートに最悪の虫ケラ扱いされたルピナは激昂する。


「「………???」」


 イマイチ関係性の読めない漫才を繰り広げる二人に、美人母娘は顔を見合わせて首を傾げた。


「いやぁ〜、ホント仲良いね。君たち」


「あ? んなわけ無ぇだろ……って、お前、誰だ?」

「新手のジョークですか? ……っと、貴方は?」


 突然背後からかけられた女の声に、シオンとルピナは同時に振り向き、反射的に否定の言葉を口にする。


 ……が、そこに立つ少女の顔に見覚えが無く、これまた同時に目を瞬かせた。


「そういうとこだよ」


 肩を竦めて苦笑するその少女は、フランクな態度や仕草とは裏腹に、気品を感じさせる容姿だった。


 満月の如き黄金の輝きを宿す瞳。

 肩の上で切り揃えられた、氷原を思わせる白銀の髪。

 控えめにレースがあしらわれたワンピースに包まれる体躯は、小柄だがはっきりと起伏のある流麗な曲線を描いている。


 顔立にあどけなさは残っているが、ルピナよりは少し大人びて見えた。歳の頃はシオンと同じか、彼とルピナの間くらいだろうか。

 いずれにしても、王都の社交界ですらなかなかお目にかかれない絶世の美少女だ。


「えへへ。昼間とはメイクも違うし、おめかしして来ちゃったから、分からないかな?」


 美女は膝上丈のワンピースの裾をつまんで、茶目っ気のある仕草でカーテシーをして見せた。


「挨拶に来るって言ったでしょ? 改めまして、旅芸人のイリスだよ。よろしくね」


 ニコッと愛嬌のある笑みを浮かべる少女に、シオン達は驚きと感心が入り混じった顔で頷く。


「道化師の化粧が派手だったのもあるが、声以外はもう別人だな……」

「瞳の色も違いましたよね? どうやって変えているのですか?」

「ふふんっ。それは内緒かな。一応奇術なんかも芸のネタにしてるからね」


 得意げな鼻息を漏らし、華奢な割に大きなその胸を張る美少女……イリスは、確認するようにシオン達と一人ずつ目を合わせる。


「シオンに……えっと、ルピーちゃん、フィナちゃん、レンくんと、リーンちゃんだよね?」

「「「っっ!?」」」

「何で俺だけ早々に呼び捨てなんだよ……。にしても、俺達はろくに自己紹介もして無ぇんだが、まさか朝の会話だけで覚えたのか?」


 さらりとシオン達の名を暗唱したイリスは、目を丸くしている皆に照れ笑いを見せると、所在なさげにしていたミナとミレイにも目を向けた。


「人の顔と名前を覚えるのは結構得意なんだ〜。そっちの美人親子さんも、市場で見に来てくれたよね?」

「っ!? え、ええ……でも、ほんの数分程度でしたのに」

「お姉さん凄ーい!」

「ふふんっ。まあね。これでも旅芸人ですから」


 イリスは屈託なく笑いかけると、その笑みを少し意地悪な物に変えてシオンに向き直った。


「にしても、後ろからちょっとだけ様子を見てたけど、シオンはモテモテだねぇ〜。ルピーちゃんみたいな超絶美少女を侍らせてるのに、こんな美人親子までたらし込んじゃって。このこのぉ〜!」

「完全な誤解だ。やめろ鬱陶しい。てか、この穀潰しも大概だが、お前も距離感バグってやがるな……。最近の旅人は遠慮ってもんを知らねぇのか?」


「何だよ〜。ウチだってこの子達ほどじゃ無いにしろ、結構可愛いだろ〜? 少しは喜んでくれても良いんだぞ〜?」

「うぜぇ……」


 ほぼ密着するような距離でウリウリと肘で小突いてくるイリスに、シオンは半眼を向ける。

 だが、そんな彼にルピナもまた、ジトっとした半眼を向けていた。


「私の時と対応違くないですか?」

「あ? 何がだよ?」

「とぼけないで下さい! いつもの罵倒のキレはどこへ行ったのですか!? 明らかにイリスさんに対してだけ優しいです!」

「「っっ!!」」


 ビシッとまるで被告人を糾弾するかの如くシオンを指差すルピナに釣られて、ミナとミレイもギョッとした目でシオンを見る。

 ……だが、当の本人は死ぬほど白けた顔をしていた。


「扉ぶっ壊した上に図々しく居候してる穀潰しと、ただウザいだけの旅芸人。扱いに差が出るのは当然だと思うが?」

「イリスさんが巨乳だからですか!? 私だって脱げば結構凄いんですが!?」

「そのイかれた耳と自己肯定感マジでどうにかならねぇのか?」


 都合の悪いことは聞こえないのが安定のルピナクオリティである。


「ねぇねぇ、ウザいだけの旅芸人て、ちょっと酷くない?」

「分かった。俺が悪かったからちょっと黙っててくれ」


 ぷくっと頬を膨らませて袖をチョイチョイ引っ張ってくるイリスを手で制し、これ以上ややこしいのは勘弁と目で訴えるシオン。


「ほらぁ! 見ましたか皆さん!? 私が同じことしたら絶対問答無用で振り払われますよ! やっぱりイリスさんがタイプだから甘やかしてるんです!」

「お前ほんと居候の自覚あんのか? 良い加減にしねぇとマジで叩き出すぞ」


「そしてイリスさんを囲うつもりですか!?」

「するかんなこと! 普通に前と同じようにガキ共とだけ暮らすわ!」


「そうはさせません! 意地でも私は出ていきませんよ! 柱に齧り付いてでも居座ります!」

「まんまイナゴじゃねぇか! 薬ぶっかけて駆除するぞコラ!」


「え? え? シ、シオンのタイプって、ウチみたいな子なの?」

「ちょっとマジで黙っててくれお願いします」


 無駄に興奮するルピナを良い加減力ずくでも黙らせようと腕を回し始めたシオンだが、再びチョイチョイとイリスに袖を引っ張られて勢いを削がれる。


「「(ジィィィィィッッ!!)」」


  そんなどこか間抜けな修羅場じみたやり取りをするシオンに、美人母娘から再び熱い視線が注がれる!


「「「(兄貴、マジパネェッッ!! これがリアルハーレムラブコメッて奴か!!)」」」


 そんな女性陣に囲まれるシオンに、『自警団』の男達は畏敬と羨望で血の涙を溢れさせながら雄弁過ぎる視線を送る。これぞ弱者男性の魂の叫び。こんなにイカついのに。


「テメェら目がうるせぇぞ。食い終わったならさっさと片付けろや」

「「「っっっ!!??」」」


 そんな男達に、八つ当たり&面倒臭さ極まったこの事態を早々に終わらせたいシオンの怒気を孕んだ声と視線が向けられる。これぞ理不尽オブ理不尽。田舎町の弱肉強食である。


「え〜、ウチまだ全然食べて無いのにぃ〜」

「ならさっさと食え。そして帰れ」


「私だって食べ足りませんよ!?」

「テメェは土に帰れ」


「「酷いっ!!」」


 イリスとルピナ。タイプは違うが絶世と呼べる美少女二人を相手に、シオンは心底鬱陶しそうな顔で羽虫を手で払うようなジェスチャーと共に言い捨てる。


「付き合ってられるか。そんなに騒ぎたきゃテメェ等だけでやってろ。俺はあっちで食う」


 そう言うと、シオンは魚や野菜の串を適当に取り、果実酒の瓶をひっ掴んで問答無用に背を向けた。


「ナチュラルにお酒持って行きましたね。あのナマグサ牧師」

「あちゃ〜……。怒らせちゃったかな?」


 反省するどころかシオンの背中にジト目を向け続けるルピナと、対照的に割と真剣に落ち込むイリス。


「気にしなくて良いですよ。彼はいつもあんな感じなので」

「そう、なの……?」


 たかだか二、三日の付き合いの癖にしたり顔をするルピナに、そんなことはつゆ程も知らないイリスはどこか不安げに問いかけた。


「ええ。寧ろ、あの程度なら怒っている内に入りません。私なんて、ちょっと鍵をこじ開けようとして礼拝堂の扉を半分壊しただけで、お腹に回し蹴りを喰らいましたから。あと、魔族と勘違いして魔法をブッパしたら、たまたま出てきたフィナさんを巻き込みそうになってしまって、その時は胸ぐら掴まれて親兄弟まで皆殺しにするぞと恫喝されましたね。まあ、あれは私も悪かったので、一応反省はしていますが」


「う、うう〜ん? あれ、おかしいな……。ウチにはルピーちゃんの所業の方が魔族の襲撃みたいに聞こえたんだけど……」

「まったく、すぐ頭に血が上るんですから。まあ、家族を大事にしているからこそと言う部分はあるんでしょうけど、あの口の悪さはどうにかならないものですかねぇ? ムシャムシャ」


 安定の右から左イヤーでイリスの感想を聞き流したルピナは、いつの間にか手に持っていた塊肉の串焼きに齧り付く。


「家族……」


 だが、イリスもまたそんな彼女の様子を気に留めず、何気なく口にされたその一言をどこか虚な表情で小さく復唱していた。


「……ルピーちゃんは、シオンと一緒に住んでるんだよね?」

「へ? え、ええ。……住んでいると言うより、居候させて貰っているだけですが」


 微妙に後半が小声になったのは、一応穀潰しの自覚があるからだろうか。


「じゃあ今は、どう思ってるの?」

「どう、とは?」

「その……もし、もしだよ? シオンが、その、本当に魔族だったら、今と同じように仲良くできる?」

「は……??」


 冗談めかしたように、されど、どこか寂しげに問いかけて来るイリスに、ルピナは困惑する。


「いえ、別に今も仲が良いわけでは無いのですが?」

「う〜んと、そういう事じゃなくて……」


 結局、いつもと同じような返答しか出来ないルピナに、イリスは歯痒そうに苦笑を深めた。


「関係ありませんよ」

「「っっ!?」」


 そんな二人の間に、幼い少女の声が割って入る。


「えっと、フィナちゃん……?」

「兄さんが魔族でも、人間でも……もし、それ以外の何かだったとしても、関係ありません。私たちは、家族ですから」

「っ……!」


 真っ直ぐに見上げてくる自分よりもずっと小さな子供の瞳に、イリスは息を呑む。


「どんな兄さんでも、私は……私たちは、愛しています。兄さんが何者でも、どんな過去があっても。私たちを救って、守って、育ててくれたのは兄さんですから。だから……」

「「………」」


 ゆっくりと言葉を紡ぐフィナに、いつの間にかイリスとルピナだけでなく、近くに居た者達全員が魅入られていた。



「兄さんは、私が守ります。何があっても、絶対に」



 そこに居たのは、ただ庇護され、守られるだけの子供ではなかった。


 少なくとも、この場に居る大人達が全員が、その覚悟の強さに呑まれていた


「………そっか」


 目を見開き、束の間俯いたイリスはそう呟くと、次の瞬間にはあっけらかんとした表情を浮かべて顔を上げた。


「ごめんね! 急に変なこと聞いて。一人で旅芸人なんかしてると、たまにホームシックになっちゃってさ〜。たははっ、お恥ずかしいや」

「???」

「………」


 一変して明るい態度に戻ったイリスの様子に、ルピナは「結局何が聞きたかったんだろう?」と困惑し、フィナはどこか静かな瞳でじっと見つめるだけだった。


「いっぱい話したらお腹減っちゃった! 全部ルピーちゃんに食べられちゃう前に、私もご相伴に預からないと!」

「さ、流石に一人で全部は食べ切れませんよ!」


「ルピー姉ちゃん……。食べ切れたら食べるのかよ……」

「むげんのいぶくろ」

「リーンさん!? 無限は言い過ぎです!」


 焚き火の周りがギャーギャーと再び騒がしくなり始めた頃、端の方で木を背もたれ代わりに一人呑んでいたシオンは、酔ってもいないのにどこか茫洋とした瞳でその光景を見ていた。


「………お前が此処に居りゃ、言うこと無かったんだがな」


 そう呟くと、行儀悪く酒瓶を煽り、空を見上げた。


「まあ、せいぜいあと少しの間、呑気に一人を満喫しててくれ」


 夜風に攫われたその小さな声は、誰に向けたものか。

 乾杯の真似事のように空に掲げた酒瓶は、とっくに空になっていた。


「お酒に弱いとは意外ですね」

「……テメェの辞書には風情とかデリカシーって言葉は無ぇのか?」


 残念ながら、シリアスブレイカーことルピナさんの辞書にそんな言葉は無い。

 まるで、つい先ほど礼拝堂でしたやり取りのデジャヴュのようだ。


「酔っ払って虚空に独り言を呟くとは、意外と可愛いところもあるじゃないですか」

「誰かさんのせいで一気に冷めたわ。飯はもう良いのかよ?」


 反論するのも面倒になったシオンは適当に話題を変える。


「まだ食べれないことも無いのですが……。皆さんが寄ってたかって私を食いしん坊扱いするので。戦略的撤退というやつです」

「そりゃまたご立派な英断だな。勇者様」

「むっ。もしかしなくても馬鹿にしていますね?」


 頬を膨らませて睨んでくるルピナに、シオンはすまし顔でヒラヒラと手を振る。


「まさか。逃げるべき時に迷わず逃げれるのは、一種の才能だ。誇って良い」

「へ……? あ、ありがとうございま」

「良かったな。お前は誰よりも優秀な負け犬になれるぞ」

「たったの一言で全ての褒め言葉を侮辱に変えられる貴方は、嫌味な頑固ジジイになる才能がありますよ!」


「ジジイはちょっと無理だろうなぁ」

「はい?」

「まあ、良いじゃねぇか別に。負け犬でも。結果的に何も失わねぇなら、戦うより逃げた方がよっぽど賢いし、偉いと思うぞ」

「………やっぱり、酔ってます?」


 いつものシンプルな罵倒とは違う、どこか遠回しに語り聞かせるような物言いにルピナは首を傾げ、シオンの顔を改めて覗き込む。

 だが、彼はいつもの顰め面よりほんの少し目元の柔らかい、イジワルな顔で笑うだけだった。


「いいや? まだ全然足りねぇ。つぅー訳で、さっさと酒取って来い犬っころ」

「早速犬扱い!? と言うかまだ私は誰にも負けてません!」


「俺が知ってるだけで数え切れないほど負けてる気がするが……まあそれは一旦良い。酒なんてたまにしか飲めねぇんだ。他の連中に飲まれる前に、ありったけ持って来い。たまには家主様の役に立たねぇと、また野良犬に逆戻りだぞ?」

「ムキーッ!? また犬扱いして! 上等です! しこたま飲ませて潰してあげますから覚悟して下さい! このナマグサ牧師!」


 そう捨て台詞を吐くと、ルピナはいつの間にか酒盛りを始めていた『自警団』の男達の元へピューっ! と、足早に突っ込んで行った。


「いや、本当に行くのかよ。マジで犬じゃねぇか………ハッ」


 そんな彼女の元気にはしゃぐ姿に、シオンは束の間呆れ顔をしていたものの、すぐに吹き出した。


「面影……いや、影響ってやつか? どうせなら、もうちょい役に立つこと教えといてくれりゃ良かったのによ。なぁ? お師匠さん?」


 再び夜空を仰いだシオンは、微風のように柔らかな声音で、そう呟くのだった。


お読み頂きありがとうございました。

今話は切りの良いところが見つからず長くなってしまいました…。

良ければご意見、ご感想等頂けると嬉しいです。

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