+++ やすらぎの風に誘われて +++(5)
昼過ぎに開けた礼拝堂は、いつもなら午前に来る信徒達も集中して訪れたことで、教会にはそぐわない表現だが、大盛況だった。
もっとも、基本的には皆瞑目して祈りを捧げているだけなので、人口密度の割に騒がしくはなかった。
暫くすれば信徒達の波も引き、日が暮れる頃にはいつも通り無人となった礼拝堂の扉を、シオンは静かに閉じる。
「……ふぅ」
一人になった礼拝堂の中で、椅子に腰掛け一息吐く。
信徒の中には、シオンに悩み相談する者や、お節介で縁談話を持ち込む年寄りも少なくない。
特に今日の様に時間が集中していると、周りに気を遣って小声ではあるものの、引っ切り無しに話しかけられる。
鬱陶しがりながらも、何だかんだでシオンは一人一人ちゃんと相手をしてやるので、喋り疲れてしまったのだ。
「っと、結構良い時間だな……。今日は飯の前に済ませとくか」
危うく、うたた寝しかけた所でハッと目を見開いたシオンは、軽く居住まいを正して女神像の前に跪く。
「………」
他の何をサボっても、これだけは毎日欠かさない、日が暮れた後の礼拝。
何を思い、何を祈っているのか。瞼を閉じ真摯に跪くその横顔からは、何も読み取れない。
「ジー………」
「………何の用だ?」
何も読み取れないけれど、何となくその横顔をジーッと見ていたルピナに、シオンは心底鬱陶しそうにしながらも仕方なく問いかけた。
「いえ。ご飯の支度ができたので呼びに来たのですが、珍しく牧師らしい事をしていたので、何と無く観察を」
「テメェ、今日誰が稼いだ金で買い食いしたのかもう忘れたのか?」
気配には気付いていたが、祈りの邪魔をしないよう静かにしているのかと思い放っておいたらコレである。
「お布施を稼ぎと称するのは牧師としてどうなのですか?」
「どう言い繕おうが金は金だろうが。外面だけは良い癖に、隠れて酒だの女遊びだので豪遊しまくってる王都の神官どもよりよっぽどマシだ」
「ま、それはそうですね」
「あ?」
珍しく素直に頷いたルピナに、シオンは目を丸くする。
「自己紹介の時にも言いましたが、私は王都でそれなりに名のある貴族の家に生まれ、育ちました。なので、民衆が知らない貴族や神官達の裏の顔も、よく知っています」
「……へぇ」
興味無さげに相槌を打っているが、ルピナがいつものふざけた態度(重ねて記すが、本人は大マジ)とは違う雰囲気を漂わせていることを、シオンは察した。
「とは言え、権力者が全員悪人や愚か者という訳ではありません。もしそうだったら、とっくにこの国は滅んでますから。………少なくとも、私の師匠は立派な方でした。己の力に驕らず、弱者に手を差し伸べ、いつも優しく、頼もしく笑っている」
「………」
ルピナが語る『師匠』とやらの人物像に、シオンは、自身の知る面影を重ねていた。
薄々、気付いていた。
彼女の師は、この町の出身。
見様見真似でありながら、型の無い剣技。
罪人として王都を追われた過去。
「……はぁ」
ため息を吐いたシオンは、無意識に女神像を見上げる。
彼が敬愛を捧げる、唯一無二の女神を。
「貴方は目付きが悪いし、性格は最悪だし、すぐに私を罵倒するナマグサ牧師ですが」
「その前置き、いるか?」
浸っていた感慨をぶち壊すルピナの言動に青筋を立てつつも、シオンは彼女の次の言葉をおおよそ察する。
「それでも、貴方の生き方は、あの人によく似ている。……いいえ。あの人の“真似”をしているように見えます。何より、貴方が子供達に向けるあの優しげな眼差しに、私は酷く既視感がある」
「他人の空似だろ?」
「とぼけないで下さい」
立ち上がって軽い調子で誤魔化すシオンに、ルピナは真剣な表情で一歩詰め寄る。
「この教会の先代の守人、“シスター”と呼ばれている方は、私の師匠と同一人物ですね。そして、貴方はそのことに、もう気づいている」
「………」
「市場で町の人達からも話を聞きました。何故か髪色だけは私の記憶と異なりましたが、それ以外の容姿や人物像は一致しています。……まさか、五年も前に亡くなっているとは思いませんでしたが」
「………ま、王都には知らせてないからな。知ってるのは、腐れ縁の知り合いくらいだ」
「っっ、どうしてすぐに教えてくれなかったのですか!? 最初に出会った時には、もう察していたのでしょう!?」」
観念したように肩を竦めるシオンの胸ぐらを掴んだルピナは、翡翠の瞳に涙を浮かべ、嗚咽混じりの声で彼を糾弾する。
「確信が無かった。それに、お前が目指してるのは“勇者”だろ? あいつは……」
「ええそうです! でもそれは、私があの人のような、“聖女”になれないと絶望したからですよ!!」
礼拝堂の静寂がひび割れたように、ルピナの悲痛な叫びが木霊する。
「私はっ、聖女になるべく育てられた! 物心付いた時から魔法の才能があって、皆に期待されていた! 師匠だって、『アンタなら誰かを救う人間になれる』って褒めてくれた! でもっ、でもっ………なれなかった。殆どの属性が使えるのに、聖女に必須の『光魔法』だけには、適正が無かったんです! 光の精霊だけは、どんなに目を凝らしても、どこを探しても見つからなかった! まるで、呪われてるみたいに……」
「………」
ルピナが成れ無かった、『何者か』。………それが『聖女』であることも、何となくシオンは察していた。
奇跡の存在と称される『聖女』は、『勇者』に比肩する最高位の栄誉と言っても過言では無い。
その最たる理由は、魔族に対して絶対的に有効でありながら、使い手が希少な『光魔法』に対する圧倒的な適正。
仮に平民の出身であったとしても、聖女に選ばれれば貴族の位を与えられる程だ。
……逆に言えば、貴族の女性がもし聖女に選ばれれば、その家は圧倒的な格と権力を有する事となる。
故に、魔法適性の高い貴族の女子は、大きな期待を背負う事となるのだ。
ルピナが、そうであった様に。
「私の魔法は、誰も守れないっ。誰も、救えないっ! だから、せめて魔族と、魔王と戦う勇者になると誓ったのです! 師匠は、先代の勇者パーティーの一員として魔族と戦っていたと聞きました! 聖女にはなれなかったけれど、私はその背中を追いかけたいのです!」
「あいつ、んな事まで話してたのかよ……。いや、本人が言わなくても有名な話か」
「っ! やはり貴方も知っているのですね!? 師匠……『聖女アメリア』様が、先代の勇者達と共に、魔王を後一歩まで追い詰めたと言うあの逸話を!」
「逸話ねぇ……」
ルピナの興奮した様子に、シオンは内心で「美化し過ぎなんじゃねぇか? それとも、あの女まさか話盛ったのか?」と、呆れているが、流石にそれは口に出さなかった。
「でも、何故か師匠は急に姿を消してしまって……。教会本部で何度聞いても、『罪人として追放された』、としか教えて貰えませんでした」
「それであいつの出身地、つまりこの町を目指して無謀な旅に出た、と……」
全ての辻褄が合って尚、「にしても普通そこまでするか?」と首を傾げずにはいられないシオンだったが、わざわざ口に出して指摘する気にはなれなかった。
何故なら………非常に不本意かつほぼ事故みたいなものとは言え、彼女が無謀な旅に出た原因の一端が、自分にもあるからだ。
「………まあ、黙ってたのは悪かったよ。薄々は察してたが、それだけに、もう死んじまってる奴の話をするのは気が引けてな」
「それはっ……そう、ですよね」
反論しようとしたルピナだが、自分と立場を置き換えて考えてみたのか、少しだけ冷静さを取り戻した。
「はぁ……。一つだけ俺が言える事は、あいつは罪なんか犯して無いって事だ。王都を出たのは……俺のせいだ」
「え……?」
皮肉に笑うシオンの言葉に、ルピナはキョトンと目を見開く。
「このツラを見りゃ分かると思うが、俺は悪ガキだったからな。まあそんでザックリ言うと、俺が色々とやらかして、その尻拭いをあいつ、アメリアがしてくれたんだ。その結果王都に居られなくなって、こんなど田舎まで遥々戻って来た、ってとこだな」
「王都に居られないほどのやらかしって……貴方、一体何をしたのですか?」
あっけらかんとした様子で過去を語るシオンに、ルピナは益々困惑して目を丸くする。
「悪いが、今はこれ以上話せない。……必要な時が来るまでは、胸の内に留めさせてくれ」
「………分かりました。今は、取り敢えずそれで納得しておきます。でも、いつか貴方が知っている師匠について、沢山話を聞かせて下さいね」
「……ああ。気が向いたらな」
意外にも素直に笑って頷いたルピナに、シオンもどこか安堵した様に苦笑を返す。
「さて。難しい話をしたら更にお腹が空いてしまいました。皆さんも待っている事ですし、さっさと宿舎の方へ向かいますよ!」
「いや誰のせいだよ。ったく……」
どうやらシリアスは空腹に押し流されてしまったらしいルピナは、さっきまでの神妙な様子は何処へやら、意気揚々と礼拝堂を出ていく。
その背中に続こうと、シオンが女神像の前から一歩踏み出した……その時。
『懺悔しなくて良かったのですか? 貴方が、殺したのだと』
「っっ……!」
言葉とは裏腹に、“慈愛”に満ち溢れたその声が頭の中に響いた瞬間、シオンは弾かれた様に女神像を振り返った。
「………うるっせぇんだよ。言われなくても、ちゃんと伝えるさ。必要な時が来たらな」
光の無いその石の瞳から逃れる様にシオンは俯き、口の端から血が垂れるほど強く、奥歯を噛み締めた。
「おーい。何をしているのですか? ご飯が冷めてしまいますよ〜」
「……わぁーってるよ。今行く」
乱暴に口元を拭い、呼びに戻って来たルピナの方を振り返った時には、シオンはいつも通りの不機嫌で気怠げな顔に戻っていた。
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