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+++ やすらぎの風に誘われて +++(4)

 

 一通り市場で買い物を済ませ、屋台で串焼きやフルーツ飴などを堪能したシオン達は、ピクニックがてらゆっくりと歩きながら教会に帰っていた。


「今日は行商さんも多かったから、色々買えて助かったね。兄さん」

「そうだな。ま、その分出費も嵩んだから、暫くは節約生活だ」


 ホクホク顔で笑いかけるフィナに、シオンは同意しつつも苦笑で返す。


 この町には貴族や豪商が居ない為、教会への寄付金は多くない。

 一応、王都にある教会本部から支援金は受け取っているが、片田舎で牧師一人が運営している教会に与えられる額は少ない。はっきり言ってスズメの涙だ。なので、信徒達からの心ばかりのお布施を頼りにしている。


「そんなのいつもの事でしょ。大丈夫だよ。私は字も読めるようになったし、簡単な計算なら出来るようになって来たから。お金の管理は任せて!」

「ふっ。ああ、頼りにしてるよ」

「あっ……もう、またそうやって子供扱いして」

「これくらいは良いだろ?」


 フンすと鼻息を漏らしてグッと両手の拳を握るフィナに、今度は苦笑では無く優しげに目を細めた笑顔をシオンは見せ、柔らかな栗毛に包まれた彼女の頭を撫でた。

 内容はともかく、フィナが久々に子供らしい背伸びをするようなことを言ったのが、嬉しかったのだ。


「私の事も頼って頂いて良いのですよ?」

「お前が出て行くだけでかなり節約になるんだけどな」


 対照的に、体は大人、頭脳は子供のポンコツには呆れた半顔しか向けられない。


「ご安心を! 私、良いことを思いついたのです!」

「またルピナ姉ちゃんが何か言ってるよ……」

「しょぎょうむじょう」


 シオンが口を開く前に、レンとリーンがオチを予想して肩を竦める。


「昨日、『ブルズボア』を狩って確信しました」

「泣きべそかいて追いかけ回された挙句にヤケクソでぶっ放した魔法がたまたま当たっただけだろ」

「じ、実力で狩ったのです! ……コホンッ。この町は一見平和ですが、魔物の被害が無い訳ではない。そうですね?」

「う〜ん……まあ、近くに山もあるし、大きな川も流れてるから、たまに魔物が町の近くに出ることはある、かな?」


 顎に手を当て、コテンと首を傾げながら答えたフィナに、ルピナはしたり顔で頷く。

 尚、レンとリーンは既に興味を失い、色鮮やかな蝶々を追いかけていた。わぁ、微笑ましい。


「なので教会だけで無く、町の用心棒として魔物を狩れば、少なくない収入が得られると思うのです!」

「それ勇者じゃなくて冒険者だろ」

「勇者の修行です! この町のモンスターハンターに、私はなる!」

「何言ってるのか分からんが絶対ダメなこと言ってる気がするからもう黙れ」


 そこで、シオンは「はぁ……」とため息を一つ吐き、何故かコキコキと拳を鳴らす。


「それに、お前がんな事しなくても、もうアイツらが居るし」

「ん? アイツらとは?」


 ルピナが首を傾げると、シオンは道の先をクイっと顎で示した。


「アレだよ」

「おっ! シオンの兄貴〜!」


 シオンの視線を辿ると、教会の方からイカつい男達の集団がこちらに向かって来ていた。

 先頭に立つ、スキンヘッドに眼帯という一際凶悪な容姿の男が、嬉しそうに手を振っている。心無しか、その見た目に反して大型犬が尻尾を振っているような雰囲気が漂っていた。

 他の男達もシオンの姿を認めると、一斉に駆け寄って来る。


「「「お勤め、ご苦労様ですっ!」」」


 ……そして、腰の後ろで両手を組んで、全員揃って上半身を綺麗に、バッ! と綺麗な90度に折りながら野太く威勢の良い声を上げた。

 絵面が完全にヤバイ組織の手下とボスである。


「その挨拶やめろって言ってんだろ……」

「いえ、ケジメは大事ですから」


 頭をポリポリとかきながら鬱陶しそうに言うシオンに、先頭のスキンヘッドが無駄に真面目腐った顔で断言する。


「! 貴方達は……」

「おお! 旅の姉ちゃん! その様子なら、教会のご厄介になれたみたいだな。いやぁ、あの時は助けてやれなくて悪かった。俺らみんな男所帯なもんでよ。年頃の娘さん一人泊めるわけにも行かなかったからなぁ」


 思い出したように目を見開くルピナに、スキンヘッドの男は快活に笑って、その見た目からは想像も出来ない紳士的なセリフを口にする。


「い、いえ! 情報を頂けただけでも、とても助かりました! お陰で今はこの通り、すっかり元気です!」

「そうかい? なら良か」


「“ほ〜う?”」


「「「っっっっっ!!!???」」」


 ぺこりと頭を下げて礼を言うルピナに、スキンヘッドの男が胸を撫で下ろして言葉を返そうとした、その時。

 

 奈落から響いたようなその声音と共に、首筋を這う刃を幻視するほどの悪寒が、男達を襲った。


 揃ってギギッ、と、錆びたネジのように首を回して振り向くと、そこには悪鬼羅刹の眼光を宿す牧師……否、“撲死”が顕現していた。


「やっぱり、この穀潰しを教会うちに押し付けやがったのは、テメェ等なんだな?」

「「「ひぃっっっ!?」」」


 ブォンッッ! ブォンッッ! と、空気が唸るような風切り音を鳴らしながら、シオンは腕を回す。

 その度に、イカつい男達がまるでか弱い仔犬の如く、ビクッ! ビクッ! と、身を震わせた。


「どうやら、よっぽど俺の“説教”が恋しかったらしいな?」

「「「めめめっ、滅相もありませんっっ!!」」」


 敢えて強調されたその一言に、男達はありし日のトラウマを思い出して震え上がる。


「折檻の間違いでは?」

「ルピーさん……。他人事だと思ってません?」


 自分のせいで犠牲になろうとしている男達を尻目に淡々とツッコむルピーに、フィナはドン引きした。


「あ、兄貴なら、困ってる女の子を見過ごさないだろうと思って、その、教会を紹介したんでさぁ! ご迷惑かとは思いやしたが、兄貴のとこならフィナの姉御やリーンお嬢も居るし、安心して預けられると踏んで!」

「出会い頭に蹴り飛ばされましたけどね」

「あの、私のこと『姉御』って言うの、本当にやめてもらって良いですか?」


 意を決して涙目で訴えるスキンヘッドの男に、ルピナとフィナは冷めた目を向ける。


「うちが貧乏教会だって、テメェ等はよぉく知ってると思ったんだがなぁ?」

「そ、それは重々承知です! だから今日は、ご迷惑を掛けたお詫びに狩りで採れた肉や漁師の手伝いで分けて貰った魚を届けさせて頂きに来た次第で! お、おい! テメェ等っ!」

「「「へ、へいっ!」」」


 声を震わせるスキンヘッドの男に応じて、仔犬のように縮こまっていた男達は慌てて食材の数々をシオンに献上する。


「どうぞ! お納め下さい!」

「………」


 そんな彼らの様子に、シオンは何とも言えない微みょ〜うな顔をする。


「やはり牧師とは仮の姿。片田舎の裏社会を牛耳る悪の親玉でしたか」

「テメェだけ晩飯抜きな」

「そんなぁっ!? こんなに立派な食材が揃っているのに!?」


 性懲りも無く余計な事を言うルピナの方を見もせずに、シオンは一言で切り捨てた。

 もっとも、シオン自身も誤解しか生まない絵面である自覚はあったので、半分は八つ当たりだが。

 ……まあ、悪の親玉とか言っときながら、ちゃっかりそのお溢れに預かろうとしている辺りルピナも大概である。


「兄さん。そろそろ許してあげたら? 何だかんだ、『自警団』の皆にはこうやっていつも助けて貰ってるんだし」


 フィナは苦笑しながら、シオンの背をポンポンと叩く、のだが……。


「あのなぁ……。お前がそうやって甘やかすから」

「「「流石はフィナの姉御!! 一生付いて行きやすっっ!!」」」


 シオンは肩越しに半眼と親指を男達へ向けて指摘する。


「こうなるんだぞ?」

「………やっぱり、一発ずつくらいは“お説教”して貰おうかな」

「「「そんな殺生なっ!?」」」


 顔立ちは全然違うのに、シオンと良く似た冷めた目で男達を睥睨するフィナは、確かに『姉御』の風格があった。『お説教』を『一発』とカウントしている辺りにとても慣れを感じる。……本人にしてみれば不本意極まりないだろうが。


「はぁ……。にしても、テメェ等も間が悪いっつうか、よりにも寄って今日持って来ることねぇだろうに」

「へ……? きょ、今日がどうかしたんですかい?」


 ため息を吐いて肩を竦めるシオンの様子に、取り敢えず今すぐ折檻……説教される事は無さそうだと目敏く察したスキンヘッドの男が、おずおずと尋ねる。


「見りゃ分かんだろ? 市場の帰りなんだよ」

「あ、ああっ! 確かに……」


 荷物を軽く掲げて見せるシオンに、男達は揃って「しまった!?」と言う間抜けな顔を晒す。


「今日中に食わねぇと腐っちまう食材も多そうだし、どうしたもんかね……」

「す、すいやせん……。俺等馬鹿ばっかなもんで、気が利かなくて」


 恐縮して大きな背を丸めるスキンヘッドの男に習うように、後ろのイカつい男達も身を小さくする。……どうでも良いが、元は荒くれ者達だった割に仲良すぎでは?


「なあシオン。そろそろ帰らねぇと、礼拝堂開くの待ってる奴らも居んじゃね?」

「うごかざることやまのごとし」


 蝶々を追いかけるのには飽きたのか、戻って来たレンとリーンに急かされ、シオンは頷く。


「おう、そうだな。んじゃ取り敢えず俺等は帰るから、その食材は適当にお前等で……」

「ええ!? 勿体無いですよ! どうせなら、ここに居る皆で食べたら良いのでは? 料理も皆ですれば、パーティみたいできっと楽しいです!」


 と、そこですかさずルピナが割り込み、珍しく冴えた発言をする。本当に珍しい。


「凄く良いアイデアですけど……ルピーさん、自分が色々食べたいだけじゃないですか?」

「ぎくっ!?」


 苦笑するフィナに見透かされ、ルピナは分かりやすく狼狽える。やはり生粋の穀潰しである。


「んなこったろうと思ったわ……。てか、普通に面倒くせぇ」

「い、良いじゃないですか! たまにはお客さんを呼ぶのも日々の彩りですよ!」

「居候のセリフとは思えねぇな……」


 呆れを通り越して感心……いややっぱり更に呆れたシオンは、本気で追い出してやろうかと考え始める。


「良んじゃね? どうせルピー姉ちゃんがいたら騒がしいんだし、大して変わらねぇだろ?」

「うんむ」

「二人とも、段々私の扱い雑になって来てません?」


 今更な事を指摘するルピナはスルーしつつも、「確かにその通りかもしれん」と、シオンはレンの言葉に納得してしまう。


「兄さん。せっかくだし、食材も持って来てくれたんだから、たまには労ってあげよう?」

「………ったく。お前等は誰に似たんだろうな」


 ポリポリと頭を掻き、微笑を浮かべたシオンは、子供たちの頭をポン、ポン、ポン、と、一人ずつ軽く撫でる。


「連れて帰るって決めたんだから、責任持って面倒見ろよ?」

「もう、兄さん。そんな捨て犬みたいに……」


「「「兄貴、姉御! ありがとうございやすっっ!!」」」


「………犬の方が余計なこと言わない分マシかも」

「「「酷いっ!?」」」


 フィナが冷めた声で漏らした呟きに、イカつい男達が揃って涙目になる。やはり姉御の言葉は効くらしい。


「なんか良い感じに纏まったみたいですが、元々は私の提案ですよ?」

「穀潰しが穀潰し増やしやがって。放っといたら増殖する虫かテメェは」

「酷いっ!?」


 シオンの虫ケラを見るような目に、ルピナは涙目になる。が、微妙に嘘泣き臭い。やはり鋼鉄の心臓にこの程度の罵倒は効かないらしい。


「オラ、行くぞテメェ等。さっさとしろ」

「「「へいっ!!」」」


 色々と面倒臭くなったシオンは、適当に声をかけて自ら歩きだす。

 その後ろに、『自警団』の男達はキビキビと続いた。

 そんな彼らの背中を見ながら、ルピナは納得したように深く頷く。


「……なるほど。確かにあの不良牧師が元締めの組織が町を守っているのなら、その辺の魔物やゴロツキは容易く手出し出来ないでしょうね」

「あはは……。まあ、『自警団』の皆もそれぞれの生活がありますから、王都の衛兵さんみたいに常に目を光らせてる訳じゃ無いんですけどね。でも、何かあったらいの一番に駆けつけてくれるから、町の人達は頼りにしてるんです」


「むぅ……。素晴らしい事ですが、お陰で私の食い扶持が無くなってしまいました。恥を忍んで冒険者として依頼を受けようにも、この町には『冒険者ギルド』がそもそもありませんし」

「(自称勇者の居候よりは冒険者の方がよっぽど恥ずかしくないと思いますけど……)」


「ん? 何か言いました?」

「いいえ? あ、それなら、町の便利屋さんとかどうですか? ルピーさんは力持ちだし、魔法も使えますから。一人暮らしのお年寄りや母子家庭のお家なんかには、頼りにされると思いますよ? 冒険者の報酬に比べれは、儲からないかもしれませんけどね」


 何事も無かったかのようにケロッとした顔で提案したフィナに、鈍感なルピナは素直に感心して頷く。


「ふむ、確かに。『冒険者ギルド』が無いからこそ、需要があるかもしれませんね」

「ええ。もともとは、私やレンがもう少し大きくなったら、そういう商売で兄さんを助けたいねって話してたんです。本当は今すぐにでも始めたいんですけど……。兄さん、頑固だから。『ガキはガキらしく、暇なら遊ぶなり勉強なりしとけ』って、許してくれなくて」


「……本当に、彼はあの顔や口の悪さに似合わず、フィナさん達を大切にしているのですね」

「ふふっ、はい。それはもう過保護なくらいに。普通の家の子供だって、もっと厳しく育てられると思うんですけど」


 目を細めて微笑むルピナに、フィナは苦笑を見せながらも、嬉しそうな雰囲気を滲ませる。


「だから私も、レンもリーンも、兄さんには誰よりも幸せになって欲しいんです」

「っ……!」


 子供とは思えない決意と覚悟を宿したフィナの瞳に、ルピナは思わず息を呑む。……だが、一つ二つ瞬きすると、キョトンと小首を傾げた。


「……あれ? でもそれなら、もう叶っているのでは?」

「え?」

「だって、フィナさん達と居る時の彼は、とても幸せそうです。王都のどんなお金持ちの貴族や神官よりも、ずっと」

「っ………」


 何の他意も無く、ただ純粋に思ったままを口にしたルピナの言葉に、今度はフィナの方が息を呑んだ。

 ……そして気が付けば、強い眼差しを宿していた瞳が、潤んでいた。


「っっ!? フィナさん!?」

「っ、ごめんなさい! 気にしないで下さい! ちょっと、目にゴミが入っちゃって……」

「わわっ!? それは大変です! すぐに洗いましょう! 待ってて下さい! 今すぐ水の魔法で……」

「だ、大丈夫ですから! もう取れました! 本当に! と言うか、何だかオチが読めるのでやめて下さい!」

「む? そ、そうですか?」


 激流に呑み込まれる未来を幻視したフィナは、間一髪のところで涙を拭き終え、しがみ付くようにしてルピナを止める。


「………ありがとうございます。ルピーさん」

「え? いえ、結局私は何もしていませんが……」

「ふふっ……。そうですね。ルピーさんは今のところ無職でした」

「唐突な罵倒!? むむっ、良い子だと思ったのに、やはりあの不良牧師の妹ですか!」

「はい。そうですよ♪」


 弾むような声音でそう返事して、フィナはルピナから離れ、タタッと先頭を行くシオンの元へ駆けて行く。


「兄さん!」

「おっと!? おいおい、急にどうした?」


 そして、荷物を持つシオンの腕に抱き付き、ニコッと笑って彼の顔を見上げた。


「えへへ。たまには良いでしょ?」

「ああ? ……まあ、好きにしろ」


 何が何だか分からないままだったが、やたらと機嫌良さそうに笑うフィナの顔を見て文句を言う気も失せたシオンは、荷物を空いている方の手に寄せて、大人しくされるがままになった。


「フィナ姉ちゃんはまだまだガキだなぁ〜」

「だっこはゆずろう」

「い、いいもん! 今日はそういう気分なの!」


 揶揄うレンの言葉や無駄に偉そうなリーンの態度に照れて頬を淡く染めつつも、フィナはシオンの腕から離れない。


 そんな子供達を、シオンは柔らかく目を細めて見つめる。


 そんなシオンを、イカつい男達がニッコリと笑って見つめる。


「やっぱり、兄貴はあの顔してる時が一番だぜ」

「まったくです。寧ろあの顔のまま固定してしまえば良いのでは? その方がきっと信徒も増えますよ」


 そんなイカつい男達に、しれっと混ざったルピナはしたり顔で頷く。


「姉ちゃん、度胸あるよな……。シオンの兄貴にそんな口叩けるの、この町じゃ年寄り連中くらいだぞ?」

「ルピナです。改めてお見知り置きを。大丈夫ですよ。多少悪口言ったくらいじゃ、どうせ本気で相手なんてしてくれませんから」

「「「???」」」


 割と本気でボコボコにされた事がある現『自警団』、元荒くれ者達は、どこか拗ねたようなルピナの言葉に揃って首を傾げる。


「だって、もし彼が本気を出していたら、とっくに私もあなた方も死んでいますよ?」

「「「っっ……!!」」」


 そのふざけた態度(本人はいつも大マジ)とは裏腹に、予想以上にシオンの実力を評価しているルピナの言葉に、男達は目を剥いた。


「それほど実力差がある事くらい、出会った時にすぐ理解しました。正確には、私の魔法からフィナさんを庇った辺りからですが……あの時の彼からは、強さ以上の“異質さ”を感じました。私の、師匠とよく似た」

「「「………」」」


 透き通る翡翠の瞳に、どこか果てしない遠くを見つめるような眼差しを湛えてポツポツと語るルピナの言葉に、男達は無意識に没入していた。


「それだけの力が有りながら、彼はこの片田舎で子供達と共に小さな教会で暮らす道を選んだ。手を伸ばせば届く栄光と引き換えに、その手に収まる小さな平穏を守ると決めて生きているのです。口では何と言おうと、そんな人物が私のような格下のか弱い乙女を相手に、本気で暴力を振るうとは到底思えません。勇者を目指す身としては大変悔しく、腹立たしい限りですが」


「………確かに。実際、此処に来たばっかの頃の兄貴はもうちょいトゲトゲしてたが、それでも理不尽に弱い奴を痛ぶるような真似をしてるとこなんざ見たこと無ぇ。俺らみたいに悪さしてた連中は、綺麗に皆ぶっ飛ばされちまったがな。まあそれも、子供達や町の連中の為にやった事だよ」


「まったく。本当に気に食わない人です。ちょっと魔法の才能があるだけで調子に乗っていた昔の自分が、馬鹿みたいに思えてくるじゃないですか」

「昔……?」


 今も十分お調子者では? と言う視線が男達から向けられるが、ルピナは一向に気付かない。


「なので、ギリギリを見極めつつ文句があれば遠慮なく言って行く所存です」

「圧倒的な力量差を知った上で相手の温情に全力で甘えて突っ込んで行くスタイル。震えるぜ。姉ちゃん」

「ありがとうございます。あと、私のことはお気軽にルピーとお呼び下さい」


 多分、全く褒められてはいないのだが、男達とルピナの間に謎の友情が育まれていることは確かなようだ。ルピナ本人に自覚は無いだろうが、立派な舎弟の一員に加わりつつあった。


「おーい馬鹿ども。さっさと来ねぇと置いてくぞ〜?」


 と、そんな彼女と彼らの会話を知ってか知らずか、シオンはのんびりした声で呼び掛ける。

 いつの間にか、フィナが腕を絡めている方と反対の彼の腕には、うたた寝しているリーンが抱えられていた。

 レンはそんな両手に花ならぬ蕾のシオンの後ろを、代わりに荷物を持ってえっちらおっちらと歩いている。何とも微笑ましい光景だ。


「ね? あんな姿を見たら、何をしようと身の危険なんて感じません」

「ははっ。違いねぇ」


 それでも、男達にはルピナのように猪突猛進で言いたい放題好き放題する度胸は無いのだが。


「ああ、それと穀潰し〜。テメェは発案者なんだから誰よりも働けよ〜。もし少しでもサボったら、縛り上げて『俺らが飯食ってるとこをただただ見るだけの刑』に処すからな〜」

「何という残酷な拷問を思い付くのですか!? 聖職者の発想とは思えません!」


 優しい顔をしたままのんびりと極刑を言い渡すシオンに、ルピナは顔を真っ青にして慌てて詰め寄る。


「神の名の下にはタダ飯食らいを断罪しても許されるんだよ」

「それ牧師の仕事チガウッ!」

「見張りはレンとリーンだ」

「私に甘いフィナさんじゃないですとぉ!? くっ、何と言う厳戒態勢っ!」

「私(大分年下の子供)に甘やかされてる自覚はあったんですね……」


 フィナのドン引きしている視線も何のその、相変わらず、と言うか益々遠慮の無い物言いでシオンと漫才を繰り広げるルピナ。

 ……そんな彼女に、舎弟の先輩たる『自警団』の男達はある種の敬意と……憐れみの視線を向けた。


「なあ、お前ら。姉ちゃん……ルピーちゃんなら、兄貴を落とせると思うか?」

「「「………」」」


 先頭を歩くスキンヘッドの男の問いかけに、男達は揃って黙り込む。


「こんな田舎じゃまず見ねぇ一級品の上玉で、性格はまあちょっとアレだが、それでも兄貴を恐れず言いたい事を言う度胸はある。兄貴の周りに居なかったタイプの女には違いねぇ」


「………いやぁ、無理じゃねぇか? 器量はともかく、今まで町中の良い女や流れ者の美人冒険者達に言い寄られても、鼻で笑って突っぱねて来た兄貴だぞ?」

「だなぁ〜。てかお前ら聞いたか? 最近じゃあ『町回り』の度に、あのマドンナシングルマザー、花屋のミナさんに猛アプローチされてるらしいぜ?」

「マジかよ……俺、狙ってたのに」

「いやお前じゃ無理だろ。てか、あそこの娘さんも相当可愛かったよな? 歳もルピーちゃんと大差ねぇし、まさか、親子ど」

「おいテメェ! それ以上は口にするな! もし兄貴に聞かれたら今度こそ殺されるぞ!? それに、兄貴がそんな不誠実な真似するわけねぇだろ!」

「い、いや、言ってみただけだって!」


 ………そう。実はシオン、この田舎町では大変モテるのである。


 貧乏教会の牧師とは言え、将来安泰な聖職者。

 歳もまだ若く、目付きや口調こそ悪いが、鋭い眼光や法衣の上からでも分かる引き締まった身体には一定の需要がある。


 頑固に続けている『町回り』で分かる通り、牧師として信徒に真面目に尽くす姿勢は誰もが認めている。

 極め付けは、荒くれ者達を従わせる腕っぷしと、子供達に向けるあの優しげな表情のギャップ。


 それらの魅力から、目立った冒険者の若者や貴族、豪商が居ないこの田舎町で、無自覚に圧倒的なシェアを獲得しているのだ。……とは言え。


「まあ、少なくともあと十年。リーンお嬢がデカくなるまでは無理だろうなぁ……」


 そう。これまでどんな良い女に言い寄られようと、シオンが首を縦に振ることは無かった。


 その理由は言うまでも無く、彼が子供達の事を最優先にしているから。

 ……もっとも、それがモテる理由の第一要因なのだから、世の中とはままならぬものだ。

 特に、世帯を持ちたい女性からはそんな彼の姿に熱い視線が注がれている。


 相変わらず子供達に優しげな目を向けているシオンの背中を見つめながら、男達は揃って心の中で、「もったいねぇ……」と呟いて、トボトボと後に続くのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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