+++ やすらぎの風に誘われて +++(3)
「さて、今日の晩飯はどうすっかな……」
市場を物色しながら、シオンは夕飯の献立を考える。
昨日は『街回り』だった為、子供達に夕飯の支度を任せていたが、基本的に普段は朝食をフィナ、夕食をシオンが用意している。
フィナは夕食も自分がやると言っているのだが、「ガキは遊ぶなり勉強するなり自分の事に時間使え」と言うシオンの教育方針もあり、妥協案として朝夕の分担となっているのだ。
因みに昼食は、練習がてらレンとリーンが一緒に作り、フィナかシオンのどちらか手が空いている方がサポートすると言う形だ。
今日のところは、せっかく市場に来たので屋台で買い食いでもして帰ろうと言う流れになっている。
「わぁ!? 見て下さいレンさん! この魚、目が四つもありますよ! 気持ち悪いです!」
「うおっ!? そんなの持って来んなよルピー姉ちゃん!?」
………と、シオンが真剣に食材を吟味している横で、大はしゃぎしているルピナと、迷惑そうなレンの大声が響く。他人のフリ他人のフリ。
「もう、二人とも! お店の売り物なんだからもうちょっと言葉を選んで……。すみません」
「はははっ。いいよフィナちゃん。教会にはいつも世話になってるからな。子供が喜んでくれるなら、珍しい魚を仕入れた甲斐があるってもんさ」
二人に代わって平謝りするフィナに、店主の親父は気さくに応じる。
「あ、あはは……。一人は子供って言うにはちょっと無理ありますけど……」
「美人な姉ちゃんなら尚更大歓迎さ。そう言や初めて見る顔だが、もしかして、シオンのコレかい?」
苦笑するフィナに豪快に笑って、親父は小指を立ててゲスい顔をすると言う古臭いジェスチャーを見せる。
「コレ?」
「お、おう……今の若い子には伝わんねぇのか。オジサンちょっとショック……。ゴホンッ。要するに、シオンの恋人かい? って聞いてるのさ」
意味が分からずキョトンとする純真な少女に顔を引き攣らせつつも、咳払いで気を取り直した親父は改めて問い直した。
「ああいえ、そういう訳じゃ……」
「断じて違う。とんだ風評被害だ」
と、それまで他人のフリを決め込んでいたシオンが、流石に聞き捨てならないと会話に割り込む。まあ、ルピナがレンやフィナと絡んでいる時点で、他人のフリなど何の意味も無かったのだが。
「風評被害とは?? 私のような美少女と恋人なんて、とても光栄な誤解じゃないですか?」
「そういう頭悪ぃことばっか言ってるからだ」
「失礼な!? 私はコレでも、王都の魔法学院を主席で卒業しているのですよ!?」
「この国が滅ぶのも近そうだな……」
「勇者である私が守るので大丈夫です!」
「無職の居候が勇者だったらマジで国滅ぶわ」
「ムキーッ!?」
すかさず反論しに来たルピナとシオンは、他人の前だという事も忘れてまたもや漫才を繰り広げる。
「………恋人、じゃねぇんだよな?」
「そのはず、なんですけどね」
そんな二人の仲睦まじい(?)様子に、親父は首を傾げ、フィナは曖昧に笑うことしか出来ない。確かに側から見れば、痴話喧嘩に見えなくもなかった。
「ん? そういやリーンちゃんはどうした?」
「「「「え?」」」」
と、親父に言われて初めて、いつの間にかリーンが側に居ない事に気付く。
「あっ!? 皆さん! あれ見て下さい!」
キョロキョロと周囲を探す面々の中、魔力操作で視力を強化すると言う無駄に器用な真似をしていたルピナが、リーンの姿を捉える。
「す、凄いね君!? 本当に今日が初めて!?」
「われにふかのうはない」
「あと凄い偉そうだね!?」
何と、リーンは大道芸人と思われる道化師の格好をした女の横で、野菜をジャグリングしていた。
ピーマンや小ぶりな玉ねぎ、ジャガイモ等々……小さい手で器用にコロコロと宙に転がしてはキャッチしてを繰り返している。
「あいつは何処へ向かおうとしてんだ……?」
「そんな事言ってないで早くやめさせないと!」
割と本気でリーンの将来が不安になって呆然とするシオンの背を叩き、フィナは慌てて駆け寄る。
「す、すみません! うちの子が商売のお邪魔しちゃって!」
「へ? ああ、全然そんなことないよ! ……寧ろ、ウチが一人でやってた時よりお客さんもおひねりも増えてて、ちょっと自信無くしそう……」
「本当にごめんなさい!」
白と黒に塗り分けた顔でどこか遠くを見つめる道化師の女に、フィナは重ねてバッと頭を下げる。
「すっげぇなリーン!? お前いつの間にそんな技覚えたんだよ!?」
「野菜の大きさも重さも違うのに、均等な間隔で宙に円を描いています! 何たる絶技!」
「なんかやったらできた」
興奮して駆け寄って来たレンとルピナに、リーンはいつもの無表情のまま淡々と答える。
「ウチが果てしない年月を掛けて習得した技を、見様見真似で容易く超えて行く……。これが、才能の、差……」
その横で、道化師の女はガックリと膝を突き、真っ白な灰となった。当然、イメージの話だが。
「お、おぉ……なんか悪ぃな。うちのガキが」
「え? いやぁ、冗談冗談! 気にしない、で……?」
と、若干引きながらリーンに代わって謝罪を口にしたシオンに、道化師の女は顔を上げ明るく否定しようとして、その表情を凍り付かせた。
「う、そ……」
「あ? どうかしたか?」
「貴方の顔が怖いから怯えているのでは?」
「はっ倒すぞ」
「そういうとこですよ」
口を開けたまま呆然とする道化師の女を他所に、シオンとルピナはナチュラルに漫才を始めた。もはや熟練の芸人のようだ。
「……あ、ああいや、ごめんごめん! ちょっと知り合いに似てたから、ついガン見しちゃった! 気にしないで!」
「この不良牧師に似た知り合い……? 失礼ですが、お友達付き合いはもう少し慎重になさった方が良いのでは?」
「本っ当に失礼だなテメェは。そんなに俺の顔が気に入らねぇなら、今日にでも出て行ってくれて良いんだぞ?」
「そんなっ!? か、顔と性格以外は割と良い人だと思ってますよ!?」
「それもう金と身体目当てじゃねぇか」
「違っ……ん? でも、宿と鍛錬の相手が欲しかったのは事実……?」
「自覚あんのかよ。マジで叩き出すぞ」
「わぁーっ!? きょ、今日のご飯は私が作りますから!」
「芋の皮も剥けねぇ女の料理なんかただの罰ゲームだろ」
「酷いっ!?」
「お前ほどじゃねぇんだわ」
「な、仲良いんだね。君たち……」
「「どこが??」」
「うぇぇっ!?」
二人揃って綺麗にハモる否定に、道化師の女は思わず困惑の声を上げる。二人の顔が本気で不思議そうだから尚更意味が分からない。
「もう、兄さんもルピーさんも! これ以上邪魔しちゃ悪いでしょ!」
「お、おう、そうだな」
「ごめんなさい……」
子供に怒られる大人二人と言う情けない絵面が、そこにはあった。
「リーンもその野菜どこから持って来たの!? 買い取るから一旦止めなさい!」
「はてしなきりんね……」
フィナに怒られたものの、リーンは一向に手を止めない。……と言うより、止められない?
よく見れば、空色の瞳はどこか虚で、細い腕はプルプルと震えていた。
「しゃあねぇな……。よっと、ほれ」
「うわっ!? いきなり投げないで下さい!」
止めるに止められなくなっていると察したシオンは、ひょいひょいと宙を回る野菜を掴んではルピナに投げ渡す。いきなりの事で驚きつつも、ルピナは何とかその全てをキャッチした。
「役立たずなんだから荷物持ちくらいしろ」
「男性が女性に向けて言うセリフとは思えません……」
「神の名の下には男も女も平等だからな」
「このナマグサ牧師!」
「やっぱり仲良い……」
「「断じて違う(違います)!」」
「いや仲良いでしょ」
またもや揃って否定する二人に、道化師の女は肩を竦めて苦笑する。
「あの、お邪魔してすみませんでした。ほら、レンとリーンも謝って!」
「痛ってぇよフィナ姉ちゃん!? てか何で俺まで……」
「もうしわけなかったとおもっている」
「あ、先に謝んの汚ねぇぞリーン!? あーもうっ! 悪かったよ!」
フィナに頭を掴まれて無理やりお辞儀させられたレンとリーンの謝罪に、道化師の女は笑って首を横に振った。
「うんう。お陰で楽しかったよ。ウチ、暫くはこの町に居るつもりだからさ。見かけたらまた声掛けてね」
「そう言えば、初めて見る顔だな。……って言っても、その化粧じゃ顔もクソもねぇが」
「おお、それもそうだね。じゃあ、ウチの方から改めて素顔で挨拶に行くよ。見たところ……見たところ? お兄さんは牧師、さん?? えっと、教会に行けば良いの、かな??」
「………ああ、そうだ。てか、そこのポンコツがそう言ってたろ?」
「あ、そうだよね! ごめんごめん」
「ぷぷーっ! やっぱり牧師には見えませんよねぇ?」
迷惑を掛けた相手だからと鋼の自制心で怒りを抑え込んだシオンを、ルピナはメスガキよろしく露骨に煽る。ワカラサレないと気が済まないのだろうか?
「黙ってろ穀潰し。テメェはただのアホにしか見えねんだよ」
「どこをどう見ても立派な勇者でしょう!?」
「ゆ、勇者っ!?」
「「っ!?」」
大声で驚愕する道化師の女に、今度はシオンとルピナの方が困惑する。
「え、君、勇者……なの?」
「そうですが?」
「おい。堂々と大嘘ぶっこくな。お前も信じるなよ。見りゃ分かるだろ? 自称だ自称」
「あ、ああ、そういう……え? 自称勇者?」
道化師の女は納得し掛けたが、それはそれで意味が分からない。
「いずれ本物の勇者になるのです!」
「と、息巻いてる痛い奴だ。見たまんまだろ?」
「なるほど……?」
「そこ! 納得しない!」
肩を竦めるシオンと、微妙に疑問が残った顔で頷く道化師の女に、ルピナは威嚇する猫のように毛を逆立てる。これも魔力操作だろうか?
「っと、もう結構良い時間だな。邪魔して悪かった。またそのうちな」
「あ……うん! またね!」
軽く手を上げてシオンが別れの挨拶をすると、道化師の女は僅かに間を置いて、嬉しそうにはにかんだ。
フィナとルピナはそんな彼女にぺこりと一礼し、レンとリーンも手を振って去って行く。
「………そっか。君は、その道を選んだんだね」
そんな彼らの背中を、道化師の女はどこか切なげに、胸の前でキュッと拳を握って見送っていた。
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