第96話「反撃」
踏み込んだ。
重心を移動させながら。
止まらない。常に動く。
灰島の時間干渉が——ずれる。
完全には遅くなっていない。
俺は式系・祓を展開した。
一瞬だけ、完全に解除した。
その一瞬に、全力で動いた。
灰島が過去を参照した。
でも——最後まで動作を決めていない。
右か左か、直前に決めた。
左に踏み込んだ。
灰島が右に回避した。
空を切った。
でも——惜しい。
距離が縮まった。
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灰島が反撃した。
拳が来た。
俺は捌いた。
完全には捌けなかった。肩をかすった。
でも——当たった場所が変わった。
急所じゃない。
以前と違う。
灰島が少し止まった。
「捌けるようになってきたな」
「ああ」
「重心の移動と、祓の組み合わせか」
「お前の観察眼もたいしたものだ」
「三十年の経験だ」灰島が静かに言った。「でも——それだけでは、まだ足りない」
灰島が再び動いた。
速かった。
今度は時間加速だ。
灰島自身の時間を加速させた。
俺の祓が間に合わなかった。
腹に入った。重い。
後退した。
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距離を取った。
息を整えた。
灰島は時間の遅延だけじゃない。自分の時間を加速させることもできる。
両方を使い分けている。
俺への干渉と、自分への加速。
同時にか。
——同時じゃない。
切り替えている。
遅延と加速を、切り替えながら使っている。
切り替えの瞬間に——隙がある。
ほんのわずかだ。でも、ある。
俺は鞄から取り出した。
彙武だ。
学園に向かう前に、持ってきていた。
刃物だ。「斬」の詠唱をしてある。
灰島が少し目を細めた。
「武器か」
「ああ」
「面白い」
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俺は踏み込んだ。
重心を移動させながら。
灰島が時間遅延を展開した。
俺は式系・祓を一瞬展開して解除した。
同時に彙武を詠唱した。
「斬」
刃が走った。
灰島が過去を参照した。
でも——最後まで動作を決めていない。
どちらに斬るか、直前に決めた。
灰島が回避した。
かすった。
灰島の腕に、浅い切り傷が入った。
「……」
灰島が腕を見た。
血が、わずかに滲んでいた。
「武器を使うことで、攻撃の選択肢が増えた」俺は言った。「読み切れなくなる」
「そうだな」灰島が腕を押さえた。「剣と体術を同時に使えば——コンマ七秒前の時点で、選択肢が倍になる」
「そういうことだ」
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彙武を切り替えた。
「乱」
二刀だ。
両手に刃を持った。
灰島が少し目を細めた。
「二刀か」
「選択肢が増える」
「そうだな」灰島が静かに言った。「でも——」
灰島が自分の時間を加速させた。
速い。
俺は祓を展開した。
遅延を解除した。
同時に、右手の刃を走らせた。
灰島が左に回避した。
俺はすでに左手の刃を動かしていた。
灰島が——止まれなかった。
左手の刃が、灰島の脇腹をかすった。
灰島が後退した。
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静寂。
灰島が脇腹を押さえた。
今度は少し深い。
血が滲んでいた。
灰島が俺を見た。
目が——少し変わった。
「……本当に」灰島が静かに言った。
「何だ」
「お前は——俺が設計した通りに育った。いや、設計を超えた」
「褒めるな」
「褒めていない」灰島が静かに言った。「事実を言っている」
俺は灰島を見た。
傷を与えた。
二箇所。
でも——灰島はまだ余裕がある。
これはまだ、灰島の全力じゃない。
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俺は彙武を「射」に切り替えた。
ピストルだ。
灰島が少し目を細めた。
「武器を変えるか」
「選択肢を増やす」
「なるほど」
俺は引き金を引いた。
弾が走った。
灰島が回避した。
でも——俺はすでに「斬」を再詠唱していた。
刃と弾の同時攻撃だ。
どちらかを回避すれば、もう一方が当たる。
灰島が——弾を回避した。
刃が、灰島の肩をかすった。
灰島がわずかに体を傾けた。
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攻防が続いた。
俺は彙武を切り替え続けた。
「斬」「射」「乱」「貫」。
選択肢を増やし続けた。
灰島の過去参照が——追いつかなくなってきた。
選択肢が多すぎて、コンマ七秒前に確定している動作が減った。
灰島の回避に、わずかなずれが生じ始めた。
当たる回数が増えた。
腕。肩。脇腹。
全部浅い。でも確実に当たっていた。
灰島が——初めて、大きく後退した。
距離を取った。
俺も止まった。
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お互いに息が上がっていた。
でも——違いがあった。
灰島の方が、傷が多い。
俺の方が、まだ動ける。
「……彙武か」灰島が静かに言った。「武器に詠唱して性質を付与する。それを切り替え続けることで、選択肢を無限に増やす」
「ああ」
「過去参照の弱点を、正確に突いてきた」灰島が俺を見た。「お前は——どこでそれを覚えた」
「生まれつきだ」
「そうか」灰島が少し目を伏せた。「俺が設計した能力だ。でも——こういう使い方をするとは、思っていなかった」
「お前の設計を超えた」
「ああ」灰島が顔を上げた。「超えた」
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灰島が息を吐いた。
構えが——変わった。
さっきまでと、何かが違う。
俺は蚜を展開した。
感知した。
灰島の周囲の時間が——変わり始めていた。
単純な遅延じゃない。
加速でもない。
もっと複雑な何かが、展開されようとしていた。
「反撃、楽しませてもらった」灰島が静かに言った。「でも——そろそろ、本気を出す」
俺は灰島を見た。
さっきまでが本気じゃなかったのか。
「お前の奥の手を見せてやる」灰島が言った。「それがなければ、お前は俺に勝てない」
俺は構えた。
彙武を「乱」に戻した。
両手に刃を持った。
来い。




