表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/111

第94話「格の違い」

 場所は街外れの空き地だった。


 広い。建物がない。周囲に人がいない。


 灰島が選んだ場所だ。


 俺たちは向かい合った。


 朝の光が差し込んでいる。風がない。静かだ。


 白瀬たちには連絡していない。


 拠点を出たのは早朝だ。誰も起きていなかった。


 これは——俺と灰島の話だ。


 最初は、俺一人でやる。


「準備はいいか」灰島が言った。


「ああ」


 灰島が目を閉じた。


 一秒だけ。


 開いた。


 空気が変わった。


---


 灰島が動いた。


 速くなかった。


 ゆっくりと、歩くような速度で踏み込んできた。


 でも——俺は動けなかった。


 足が、重かった。


 (かがみ)を展開した。


 感知した。


 周囲の空気が——歪んでいた。


 時間が、わずかに遅れている。


 俺の体の周囲だけ、時間の流れが変わっていた。


 過去回帰能力の応用だ。


 周囲の時間を操作している。


 俺の動きを、遅くしている。


 灰島の拳が来た。


 速くない。でも俺が遅い。


 当たった。


 腹に入った。


 重かった。


 俺は後退した。


「……っ」


 灰島が止まった。


「痛いか」


「……ああ」


「そうか」灰島が静かに言った。「俺の能力は過去回帰だけじゃない。時間への干渉全般ができる。対象の時間を遅くすることも、加速することも」


 俺は体勢を立て直した。


 式系・蚜を全力展開した。


 灰島の能力の輪郭を掴もうとした。


 ——深い。


 読もうとすると、奈落に落ちていく感覚だ。


 底がない。


 三十年かけて磨いた能力だ。


 簡単に読めるはずがなかった。


---


 式系・(くびき)を展開した。


 糸を走らせた。


 灰島に向かった。


 灰島が——少し動いた。


 糸が、空を切った。


 灰島がいた場所に、糸が届いた。


 でも灰島はそこにいなかった。


 一歩だけ、横にいた。


 タイミングがずれていた。


 俺の攻撃の「直前の瞬間」に、灰島が移動していた。


「……過去を見ているのか」俺は言った。


「そうだ」灰島が静かに答えた。「お前の攻撃が来る直前の過去を参照して、回避している。俺には——お前の動きが先に見える」


 先に見える。


 これは——厄介だ。


 式系・(とざし)を展開した。


 灰島の能力を封印しようとした。


 灰島が少し目を細めた。


 笪が——霧散した。


「封印は通じない」灰島が言った。「時間に干渉する能力は、存在への刻み込みより根が深い。式系では届かない」


 俺は少し止まった。


 式系が通じない。


---


 灰島が再び動いた。


 ゆっくりとした動作だ。


 でも俺の時間が遅い。


 灰島の拳が来た。


 俺は捌こうとした。


 遅かった。


 肩に入った。


 右肩だ。先日刺客に刺された場所だ。


 痛みが走った。


 俺は後退した。


 灰島が追ってきた。


 拳が来た。


 腹に入った。


 膝に来た。


 俺はかろうじて捌き続けた。


 でも——当たる。


 時間が遅い状態で、過去を見ながら動く相手には——捌き切れない。


 俺は距離を取った。


 「Formula:0」

そう虚空に向かって囁いた。


 絶対消去。


 今まで通じなかったものはない。


 灰島に向けて、展開した。


 ——消えなかった。


 灰島がそこにいた。


 何も起きなかった。


 俺は少し止まった。


 灰島が静かに言った。


「それが絶対消去か」


「……通じなかった」


「そうだ」灰島が静かに言った。「絶対消去は、存在するものを消す。でも俺は——時間に存在している。この瞬間の俺を消去しようとしても、俺は別の瞬間にもいる。過去にも、わずかな未来にも。どの瞬間を消去しようとしても、別の瞬間から俺は存在し続ける」


 俺は灰島を見た。


「時間軸全体に存在している、ということか」


「正確ではないが——そう理解していい」灰島が静かに言った。「だから絶対消去は通じない。一点を消しても、俺は別の点にいる」

 

 俺は灰島を見た。


 消去が通じない。


 封印が通じない。


 時間を遅くされている。


 攻撃の直前の過去を見られている。


 今の状態では——手が届かない。


---


 灰島が踏み込んだ。


 俺は式系・(はらい)を展開した。


 全干渉の解除だ。


 時間の遅延が、一瞬だけ解けた。


 俺は動いた。


 灰島の攻撃を捌いた。


 カウンターを入れた。


 灰島の顎に入った。


 灰島が一歩後退した。


 俺は距離を取った。


 祓は——効く。


 でも持続しない。


 一瞬解除して、また遅くされる。


 いたちごっこだ。


「……祓か」灰島が頬を押さえた。「全干渉の解除。それは効く。でも」


「持続しない。わかってる」


「そうだ」灰島が静かに言った。「お前は——賢い。状況をちゃんと把握している」


「褒めるな」


「事実だ」灰島が俺を見た。「でも賢さだけでは、今の俺には届かない」


---


 攻防が続いた。


 祓を使って一瞬だけ動ける。


 でもすぐに時間を遅くされる。


 式系が通じない。


 Formula:0が通じない。


 打てる手が、少ない。


 俺は何度も当たった。


 腹。肩。脇腹。背中。


 全部、致命的じゃない。でも積み重なる。


 体が重くなってきた。


 灰島は傷一つなかった。


 俺のカウンターが何発か入っていた。でも灰島は気にしていないように見えた。


 ——格が違う。


 三十年かけて磨いた能力の前に、今の俺の手札では足りない。


 わかっていた。


 でも——わかった上で、立っていた。


「まだ立つか」灰島が言った。


「ああ」


「なぜだ」


「まだ終わっていないからだ」


 灰島がしばらく俺を見た。


 それから——目が、少し変わった。


「……そうか」


 灰島が再び踏み込んだ。


 俺は——受けた。


 倒れなかった。


 まだ、立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ