表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/111

第91話「前夜の前」

 桐野が来たのは午前九時だった。


 黒い車。いつもと同じだ。


 助手席から降りてきた桐野が、拠点の前で俺を見た。


 男を見た。


 一瞬だけ、目が止まった。


「……これは」


「管理局と灰島、両方に繋がっていた人間だ」


 桐野が男をもう一度見た。


「知っている顔だ」桐野が静かに言った。「管理局の中で、数年前から行方不明になっていた人間だ」


「灰島側に引き抜かれていた」


「そうか」桐野が目を閉じた。「……連れていく。身柄は管理局で預かる」


「頼む」


 桐野の部下二人が男を車に乗せた。


 桐野が俺を見た。


「話せるか。少しだけ」


「ああ」


---


 拠点のテーブルを囲んだ。


 桐野、白瀬、朝霧、桐島、俺。


 瑞樹と奥津は別室に下がっていた。


 桐野が口を開いた。


「西堂副局長の件、調査が進んでいる」


「どこまで進んだ」


「施設Bの不正運営については証拠が揃った。副局長は現在、管理局内部で完全に動けない状態だ」桐野が静かに言った。「ただ——」


「ただ?」


「副局長が灰島と繋がっていた期間、どれだけの情報が漏れていたか——まだ全部は把握できていない」


「俺たちの拠点の場所も、漏れていると思っていい」


「そうだな」桐野が頷いた。「今朝の件がその証拠だ。灰島はすでに把握している」


 テーブルに沈黙が落ちた。


 白瀬が口を開いた。「拠点を移すか」


「移しても意味がない」俺は言った。「灰島の過去回帰能力があれば、どこにいても辿り着ける可能性がある」


「じゃあどうする」


「迎える」


 全員が俺を見た。


「逃げても時間稼ぎにしかならない。灰島が来るなら——ここで迎える」


 桐野がしばらく俺を見た。


「……わかった」桐野が頷いた。「管理局として、できる限りのサポートをする」


「桐野さん自身は動かなくていい」


「なぜ」


「危険だ。学園長が——」俺は少し止まった。「学園長の動きがまだ読めない。管理局の内部に学園長の手が及んでいる可能性がある」


 桐野が目を細めた。


「学園長を疑っているのか」


「疑っている。確証はない。でも——桐野さんが動きすぎると、学園長に察知される可能性がある」


 桐野がしばらく考えた。


「……わかった。表向きは通常業務を続ける」桐野が俺を見た。「でも何かあれば、すぐに連絡してくれ」


「ああ」


---


 桐野が帰った後、テーブルに全員が残った。


 白瀬が珈琲を配った。


「整理しよう」白瀬が言った。「今俺たちが把握していること」


「灰島が南区にいる」朝霧が言った。「拠点の場所を知っている。今朝の男を通じて17の実力を測った」


「次は灰島本人が来る可能性が高い」桐島が続けた。「時期は——」


「近い」俺は言った。「二、三日だと思う」


「根拠は」


(かがみ)の感知だ。気配が近づいている。でも急いでいない。測ったデータを処理してから来る」


 白瀬が珈琲を飲んだ。「灰島との決戦、俺たちはどうすればいい」


「見ていろ」


「見てるだけか」


「最初は俺がやる。状況によって変わる」俺は白瀬を見た。「でも——瑞樹を守っていてくれ」


 白瀬が少し止まった。


「瑞樹さんを」


「灰島は瑞樹を取り戻そうとする可能性がある。まだ研究対象として価値があると思っているなら、必ず動く」


 白瀬が頷いた。今度は真剣な顔だ。


「わかった。任せろ」


 朝霧が静かに言った。「俺は17の周囲の警戒を担う」


「頼む」


 桐島が言った。「俺は情報収集と後方支援だ。榎本との連絡も維持する」


「ああ」


 全員が頷いた。


 誰も怖がっていなかった。


 怖がっていないわけじゃない。でも——それより先に、やることが決まっている顔だ。


---


 夕方、咲から連絡が来た。


『師匠!!今日の修行どうしますか!!』


 俺は少し考えた。


『今日は休め』


『え!!なんでですか!!』


『少しバタついている。明日以降にする』


『バタついてる……何かあったんですか!!』


『大したことじゃない』


『絶対大したことあります!!』


 俺は少し考えた。


『咲』


『はい!!』


『今は学園にいろ。普通にしていろ』


 少し間があった。


『……わかりました』少し間があった。『でも、絶対呼んでくださいね!!何かあったら!!』


『ああ』


『約束ですよ!!』


『ああ』


『絶対ですよ!!!』


「わかった」


 送信してスマホを置いた。


 咲には感知できていないはずだ。


 でも——何か感じているのかもしれない。


---


 夜、柊から連絡が来た。


『棘がすごくざわついてる。今日は特に』


『ああ』


『何か近い?』


『近い』


 少し間があった。


『……そっか』柊が打った。『私にできることある?』


『棘と根を使って、学園の周囲を感知しておいてくれ。異常があれば知らせろ』


『わかった。やる』少し間があった。『17』


『何だ』


『気をつけて』


 また同じ言葉だ。


『ああ』


---


 深夜、一人になった。


 部屋で窓の外を見た。


 南の方向を見た。


 蚜を薄く展開した。


 ——さらに近い。


 昨日より、今朝より、確実に近づいている。


 でも止まっている。


 まだ来ない。


 測っている。考えている。


 灰島という人間が、どういう思考をするのか——俺にはまだわからない。


 でも。


 男が言った言葉が、胃の底にある。


 灰島は複雑な人間だ。


 憎むだけでは見えないものがある。


 俺は灰島を憎んでいるか。


 考えた。


 ——憎んでいる、とは言い切れない。


 怒りはある。瑞樹が閉じ込められていた理由。俺が作られた経緯。水瀬透が消えたこと。


 でも——憎しみとは少し違う。


 まだ、会ったことがない。


 顔を知らない。声を知らない。


 会ってから——判断する。


 俺は蚜を閉じた。


 目を閉じた。


 二日か、三日か。


 灰島が来る。


 でも今夜は——眠れる。


 ここは知っている場所だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ