第90話「Formula:2」
攻防が続いた。
肉弾戦だ。
俺は蚜を維持したまま、体術で捌き続けた。
男が速い。
でも俺も速い。
一発、二発、三発。
男の拳が来るたびに捌いた。
カウンターを入れた。男の脇腹に一発。
男が少し後退した。
「……効くな」
「お前もだ」
男が俺を見た。
「能力を使う気はないか」
「今は体術でやる」
「なぜだ」
「お前の土俵に乗る気はない」
男が少し止まった。
「……合理的だ。でも」男が踏み込んだ。「体術だけでは俺を倒せない。お前もわかっているはずだ」
「わかっている」
「なら——」
「だから別の土俵を作る」
男が目を細めた。
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俺は息を吐いた。
Formula系の奥に、触れた。
Formula:2。
【因果逆転】
今まで使ったことがない。
でも——今だ。
男の能力の原理を理解した。
相手が使った技の数を自乗して返す。
ならば——その因果を逆転させる。
返ってくるはずのものが、返らなくなる。
いや、もっと正確には。
因果を逆転させれば——返そうとした力の向きが変わる。
返す側の力が、返す本人に向かう。
「Formula:2」
俺は静かに。そう、ただただ呟くように。
囁いた。
展開した。
男の周囲の空気が変わった。
「何をした」
「見ていろ」
式系・絔を一つだけ展開した。
糸が走った。
男の能力が動いた。
自乗して返そうとした。
でも——因果が逆転している。
返す方向が、逆だ。
男の能力が、男自身に向かった。
男が目を見開いた。
「——なに」
男の能力が、男自身を飲んだ。
自乗された力が、発生源に返った。
男が地面に膝をついた。
重い音がした。
立ち上がろうとした。
俺は式系・笪を展開した。
全能力封印。
男が止まった。
完全に止まった。
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静寂。
朝の空気が戻ってきた。
街灯が完全に消えた。夜明けだ。
男が地面に手をついたまま、俺を見上げた。
目が——少し変わっていた。
敵意じゃない。
「……Formula:2か」男が静かに言った。「因果逆転。俺の能力の原理を、そのまま俺に向けた」
「お前の能力で、お前が倒された」
「……なるほど」男が小さく笑った。「灰島は言っていた。完成に最も近い、と。今、わかった」
白瀬が後ろで息を吐いた。
朝霧が静かに目を閉じた。
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俺は男の前に立った。
「灰島はどこにいる」
男が少し間を置いた。
「……南区だ。もうお前たちの場所を知っている」男が静かに言った。「ここに俺を寄越したのは——お前の実力を測るためだ」
「測った結果を、灰島は受け取るか」
「受け取る」男が俺を見た。「灰島は——驚くだろうな。俺が負けたことに」
「お前は負けたことを悔やんでいないのか」
男が少し考えた。
「悔やんでいない」男が静かに言った。「俺は俺の目的のために動いていた。その結果がこれだ。それだけだ」
俺は男を見た。
「目的とは何だ」
「……言う必要はない」男が目を閉じた。「でも——お前に一つだけ言っておく」
「何だ」
「灰島は——お前が思っているより、複雑な人間だ」男が静かに言った。「憎むだけでは、見えないものがある」
俺は答えなかった。
男が目を閉じた。
意識を手放した。
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白瀬が駆け寄ってきた。
「怪我は」
「ない」
「本当に?」
「ない」
白瀬が俺を頭から足まで見た。
「……本当だ」白瀬が息を吐いた。「すごいな。あれだけの相手に、ほぼ怪我なしか」
「Formula:2が機能した」
「見てた。何をしたかは正直わからなかったけど——一瞬で終わった」
朝霧が男を見た。「どうする」
「管理局に渡す。桐野に連絡してくれ」
「わかった」朝霧が頷いた。
俺は南の方向を見た。
灰島がいる。
男を通じて、俺の実力を測った。
測られた。
でも——測られた分、こちらも測った。
灰島は次に、自分で来る。
そういう人間だ。
俺にはまだ会ったことがない顔。声も知らない。
でも——もうすぐ知る。
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拠点に戻った。
瑞樹が玄関で待っていた。
俺を見て、全身を確かめた。
「怪我は」
「ない」
「本当に」
「本当だ」
瑞樹が少し息を吐いた。
「……よかった」
奥から白瀬の声がした。
「桐野さんに連絡した。一時間で来てくれるって」
「わかった」
桐島が台所から出てきた。
「珈琲を入れる。座っていろ」
「ああ」
俺は椅子に座った。
手を見た。
Formula:2。
初めて使った。
因果逆転。
灰島が限界を超えようとして辿り着けなかった領域の一端に、俺は触れた。
でも——これはまだ序章だ。
灰島との決戦では、もっと深く踏み込む必要がある。
珈琲が置かれた。
桐島が向かいに座った。
「次は灰島が来る」
「ああ」
「準備はできているか」
俺は少し考えた。
「できている」
できている、と思う。
でも——灰島は、男が言った通り、複雑な人間だ。
憎むだけでは見えないものがある。
その言葉が、胃の底に静かに沈んでいた。




