表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/111

86話「バレンタイン」

 朝から学園が騒がしかった。


 バレンタインだ。


 昇降口を入った瞬間、廊下の空気が違った。女子がそわそわしている。男子が妙に意識している。毎年こうなのかもしれないが、四天王になってから初めてのバレンタインだ。


 俺には関係ない話だ。


 そう思っていた。


---


 一時間目が始まる前に声がかかった。


「あの、四天王の——」


 振り返った。知らない顔だ。一年生。手に小さな袋を持っている。


「よかったら」


「……ありがとう」


 受け取った。


 一時間目が終わった休み時間。


 また声がかかった。


 受け取った。


 二時間目が終わった休み時間。


 また声がかかった。


 受け取った。


 鞄の中が重くなっていった。


---


 昼休み、屋上に逃げた。


 鞄を置いた。重い。


 中身を確認した。


 六個あった。


 午前中だけで六個だ。


 俺は空を見た。


 曇りだ。


 ——今日は長い一日になる。


---


 昼休みの後半、屋上のドアが開いた。


 咲だった。


「師匠!!ここにいた!!」


「ああ」


「探しました!!」咲が鞄をごそごそした。「はい!!」


 大きな箱だった。


「手作りです!!昨日三時間かけました!!」


「三時間」


「最初の一時間は失敗しました!!でも残り二時間で全部作りました!!」咲が胸を張った。「朝霧さんに食べてもらったら『悪くない』って言ってもらえました!!朝霧さんが悪くないって言ったら本物です!!」


「そうだな」


「食べてください!!感想も聞かせてください!!」


 俺は箱を受け取った。


「ありがとう」


「どういたしまして!!じゃあ授業行ってきます!!あ、それと師匠!!」


「何だ」


「今日、モテてますよね!?」咲が目を輝かせた。「廊下で何人もあげてるの見ました!!さすが師匠です!!」


「さすがじゃない」


「でもかっこよかったです!!じゃあ!!」


 咲がドアに駆けていった。


 元気だ。


 いつでも元気だ。


---


 午後の授業が終わった。


 帰りの廊下でまた声がかかった。


 受け取った。


 また声がかかった。


 受け取った。


 鞄がさらに重くなった。


 桐島が廊下で俺を見つけた。


 俺の鞄を見た。


「……大変だな」


「うるさい」


「保管場所が必要なら、職員室に置いていってもいい」


「いい」


 桐島が小さく笑った。珍しい。


---


 昇降口に向かっていたとき、後ろから声がした。


「17」


 柊だった。


 制服姿だ。鞄を両手で持っている。


 俺を見て、少し止まった。


「……帰るの?」


「ああ」


「そっか」


 柊が歩いてきた。隣に並んだ。


 昇降口に向かって歩いた。


 しばらく何も言わなかった。


 柊が鞄を持ち直した。


「今日、色々もらってたね」


「ああ」


「多かったね」


「多かった」


 また沈黙。


 昇降口まであと少しだ。


 柊が少し速度を落とした。


「……あのさ」


「何だ」


「えと」


 柊が止まった。


 俺も止まった。


 柊が鞄をごそごそした。


 取り出した。


 小さな箱だった。包装が丁寧だ。リボンがついている。


 柊が俺を見た。


 少し、赤かった。


「……渡せなかったら嫌だから。渡す」


 真っ直ぐな言い方だった。


 迷った末に、迷いを全部振り切って言った言葉だ。


 俺は箱を受け取った。


「ありがとう」


 柊が少し肩の力を抜いた。


「……うん」


 俺は箱を見た。


 丁寧に包んである。リボンがきちんと結んである。


 俺は少し、笑った。


 ほんの少しだけ。口角が上がった程度だ。


 でも——笑った。


 柊が気づいた。


 目が少し丸くなった。


「……笑った」


「そうか」


「笑った。17が笑った」柊が少し呆然とした顔をした。「初めて見たかも」


「そんなことはないだろう」


「いや、こういう笑い方は初めて見た」柊が少し目を細めた。「なんか——いい」


 俺は答えなかった。


 答えなかったが——悪くなかった。


---


 昇降口で靴を替えながら、柊が言った。


「ちゃんと食べてね」


「ああ」


「甘いもの得意じゃないって言ってたけど」


「食べる」


「本当に?」


「本当だ」


 柊が少し笑った。


「……よかった」


 柊が先に出ていった。


 俺は靴を替えながら、手の中の箱を見た。


 丁寧だ。


 渡せなかったら嫌だから渡す、か。


 柊らしい言い方だ。


 真っ直ぐで、不器用で、でも確実に届く。


---


 拠点に戻ったら、白瀬が俺の鞄を見て目を輝かせた。


「それ全部チョコ!?」


「ああ」


「何個あるの」


「数えていない」


「すごいじゃないか!!」白瀬が笑った。「俺にも分けてくれ」


「自分でもらえ」


「俺には来なかったんだよ!!」


 桐島が台所から言った。「白瀬、うるさい」


「だって!!」


 瑞樹が廊下から出てきた。俺の鞄を見て小さく笑った。


「大変だったね」


「ああ」


「全部食べられる?」


「食べる」


「無理しなくていいよ」瑞樹が笑った。「余ったら皆で食べよう」


 白瀬が「やった」と言った。


---


 夜、部屋で柊の箱を開けた。


 チョコレートが並んでいた。丁寧に並べてある。


 一つ食べた。


 甘い。


 でも——悪くなかった。


 スマホに柊からメッセージが来た。


『食べた?』


『今食べた』


『どうだった』


 俺は少し考えた。


『悪くなかった』


 少し間があった。


『それ、17の中では最上級の褒め言葉だよね』


 白瀬と同じことを言う。


『そうじゃない』


『そうだよ絶対』


 俺は答えなかった。


 でも——否定もしなかった。


『おやすみ』


『ああ』


 スマホを置いた。


 チョコをもう一つ食べた。


 甘い。


 でも今日は——甘くていい気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ