表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/111

第83話「動く前の日」

 朝、拠点に咲が来た。


 授業前だった。


 玄関を開けたら咲が立っていた。制服姿だ。鞄を持っている。笑顔だ。


「おはようございます師匠!」


「授業は」


「まだ二時間あります! だから来ました!」


 俺は咲を見た。


「二時間で何をするつもりだ」


「修行です! 短くてもやりたいです!」


 白瀬が台所から顔を出した。「咲ちゃん、朝ごはん食べた?」


「食べてきました!」


「元気だね朝から」


「いつも元気です!」


 白瀬が俺を見て笑った。俺は答えなかった。


「わかった。三十分だけだ」


「やった!!」


---


 演習スペースに出た。


 咲が地面に手をついた。


 菌根菌が走った。


 速い。二週間前より明らかに速い。展開速度が上がっている。


「師匠、見てください!」


 咲が菌根菌を地中に沈めた。感知網だ。それをそのまま——密度を上げた。


 切り替えなかった。


 続けたまま、圧をかけた。


「できてる」


「できてます! 最近急にコツがわかって! なんか急に全部繋がった感じがしました!」


「そういうときがある」


「師匠もそういうことありますか!?」


「ある」


「どんなときですか!」


「覚えていない」


「えー!」咲が不満そうな声を出した。「そこは覚えていてほしいです! 参考にしたいのに!」


「参考にならない。お前の感覚はお前のものだ」


 咲が少し考えた。


「……それはそうですね!」


 切り替えが速い。


「射程を伸ばしてみろ。今日どこまで届く」


「やってみます!」


 咲が集中した。菌根菌が地中を走った。伸びていく。


 二十八メートル。


 三十メートル。


 三十二メートル。


 三十三メートルで、少し薄くなった。


「三十三です! 先週より二メートル伸びました!」


「いい」


「三十五、絶対届きます!!」


「焦るな。丁寧に伸ばせ」


「はい! でも絶対届かせます!!」


 俺は少し笑いそうになった。


 こらえた。


---


 三十分後、咲が鞄を持って玄関に向かった。


「じゃあ行ってきます!!」


「ああ」


「あ、それと師匠!」


「何だ」


「肩、今日はどうですか!?」


「問題ない」


「本当ですか!? 昨日も同じこと言ってましたよ!?」


「昨日も問題なかった」


「うーん」咲が眉を寄せた。「信用できないです!」


「信用しなくていい」


「それも信用できないです!」咲が靴を履いた。「ちゃんと治してください! じゃないと修行できないじゃないですか! 私が困ります!!」


 白瀬が廊下から笑いながら言った。「咲ちゃん正論だよ」


「でしょう!?」


「うるさい」俺は言った。「学校に行け」


「行きます!! でも肩は治してください!!」


 咲が玄関を出た。


 ドアが閉まった。


 白瀬が俺の隣に来た。「元気だね」


「ああ」


「いいじゃないか。拠点が明るくなる」白瀬が笑った。「師匠冥利に尽きるな」


「うるさい」


---


 午前中、榎本から連絡が来た。


『調べた。少し時間をくれ。ただ——一つだけ先に言う。』


 間があった。


『学園長の名前、記録上では「有栖川 透」となっている。』


 俺は画面を見た。


 有栖川、透。


『透、という名前が引っかかった。水瀬透と同じ字だ。偶然かもしれない。でも——気になった。続きは調べてから連絡する。』


 俺はスマホを置いた。


 透。


 水瀬透。


 有栖川透。


 同じ字だ。


 偶然かもしれない。


 でも——榎本が引っかかった。榎本が引っかかるなら、俺も引っかかる。


---


 昼に桐島に話した。


 桐島が少し目を細めた。


「水瀬透と有栖川透」


「同じ字だ」


「……名前を変えた可能性がある」桐島が静かに言った。「あるいは——全くの別人か」


「どちらだと思う」


「わからない」桐島が珈琲を置いた。「でも榎本が引っかかった理由が、名前だけとは思えない。何か他にも見えているはずだ」


「続報を待つ」


「ああ」桐島が頷いた。「ただ——」


「何だ」


「もし学園長と水瀬透が同一人物だとしたら」桐島が俺を見た。「瑞樹に関わる話になる」


 俺は答えなかった。


 わかっていた。


 瑞樹の傍にいた研究員。水瀬透。灰島に消されたはずの人間。


 でも榎本も消されたはずで、生きていた。


 消されたはずの人間が、生きている。


 学園長として、この学園に。


 ——まだ確信がない。


 でも、胃の底が重くなった。


---


 午後、朝霧が咲の修行を見ていた。


 演習場の端に立って、腕を組んでいる。


 咲が菌根菌を展開しながら言った。


「朝霧さん、見ててください! 新しい使い方ができるようになったんです!」


「見ている」


「見てるだけじゃなくて感想も言ってほしいです!!」


「……見てから言う」


「はい!!」


 咲が地面に両手をついた。


 感知網を展開したまま、密度を段階的に上げた。切り替えなかった。


 朝霧が少し目を細めた。


「……やるな」


「ありがとうございます!!」咲が顔を輝かせた。「朝霧さんに褒められたの初めてです!!嬉しいです!!」


「褒めていない。事実を言った」


「それが嬉しいんです!!」


 朝霧が俺を見た。


 俺は頷いた。


 朝霧が視線を戻した。「もう一度やれ。今度は左右同時に展開しながら密度を上げろ」


「え、同時にですか!?」


「できないか」


「やります!!できるかわからないですけどやります!!」


 咲が地面に手をついた。


 左右同時に菌根菌が走った。密度を上げようとした。


 右が上がると左が薄くなった。


「あっ——」


「同時に意識しろ。どちらかに偏るな」


「はい!!もう一回!!」


 朝霧が静かに見ていた。


 心配するより隣にいればいい。


 今日は、見ている。


---


 夕方、瑞樹と廊下ですれ違った。


「今日、咲ちゃん来てたね」瑞樹が言った。


「朝と午後に」


「元気だね、あの子」瑞樹が少し笑った。「廊下まで声が聞こえてた」


「すまない」


「謝らなくていいよ」瑞樹が首を振った。「なんか——明るくていいなって思って」


 俺は瑞樹を見た。


「あの子みたいに、まっすぐ声を出せるのって、いいことだと思う」瑞樹が窓の外を見た。「羨ましいっていうより——眩しい感じ」


「ああ」


「17も、そう思う?」


 俺は少し考えた。


「……そうだな」


「でしょ」瑞樹が笑った。「あの子、絶対強くなるよ」


「なる」俺は言った。「確実に」


 瑞樹が頷いた。


 廊下を歩いていった。


 俺はしばらそこに立っていた。


 鞄の中に、箱がある。


 まだ渡せていない。


 でも——もう少しだ。


 もう少ししたら、渡せる気がした。


---


 夜、柊からメッセージが来た。


『今日また夢見た! 今日は顔が、もう少し見えた気がする』


『どんな顔だった』


『大人の女性。落ち着いた感じの人。でも目が——なんか、強い感じがした』


 俺は画面を見た。


 落ち着いた感じ。でも目が強い。


 瑞樹だ。


『声は』


『また聞こえた! 今日は少しだけ聞き取れた』


『何と言っていた』


 少し間があった。


『「大丈夫」って言ってた気がする。それだけだけど』


 俺はしばらく画面を見ていた。


 大丈夫。


 瑞樹が言いそうな言葉だ。


 でも瑞樹は意識して夢を送っていない。実が育てている繋がりが、無意識の何かを届けているのかもしれない。


『そうか』


『なんか、泣きそうになった。なんでだろ』


『わからないか』


『わからない。でも悲しい感じじゃなかった』


『ああ』


『……早く、顔をちゃんと見たい』


 俺は少し考えた。


『もうすぐ見える』


『本当に?』


『ああ』


『信じる』少し間があった。『おやすみ、17』


『ああ』


---


 深夜、窓の外を見ていた。


 有栖川透。


 水瀬透。


 榎本の続報を待っている。


 瑞樹への箱。まだ渡せていない。


 柊の夢が近づいている。


 ——俺がやらなければいけない事への覚悟。


 それが何かは、まだわからない。


 でも近づいている。


 全部が、少しずつ、収束に向かっている。


 俺は目を閉じた。


 今夜は眠れる。


 ここは知っている場所だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ