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第82話「記録、そして夢の続き」

 朝、桐島が学園長の経歴を調べた結果を持ってきた。


 A4の紙数枚だ。


 俺はテーブルで受け取った。


「どうだった」


「綺麗すぎる」桐島が向かいに座った。「経歴に一切の傷がない。学園長になる前は教育機関の研究者だった。能力者教育の専門家として複数の論文を書いている。受賞歴もある。管理局との接点も、表向きは一切ない」


「綺麗すぎる、というのは」


「二十年以上の経歴で、一つも不自然な空白がない」桐島が紙を指した。「普通の人間には、どこかに空白がある。転職、療養、不明な期間。でも学園長の経歴には——全部埋まっている。完璧に」


 俺は紙を見た。


 完璧な経歴。


 完璧すぎる経歴は——作られた経歴だ。


「裏を取れるか」


「難しい」桐島が静かに言った。「論文は実在する。受賞歴も実在する。でも——その論文を書いた人間が本当に学園長かどうかを確かめる手段がない。記録が綺麗に存在している以上、疑う根拠が表向きにはない」


「榎本に頼めるか」


「それを考えていた」桐島が頷いた。「榎本の情報網で、学園長の裏の経歴を辿れるかもしれない」


「連絡してみる」


 桐島が珈琲を飲んだ。「一つ気になることがある」


「何だ」


「学園長が能力者教育の専門家として論文を書いていた時期——施設Aが稼働していた時期と、重なっている」


 俺は桐島を見た。


「完全に一致するわけじゃない。でも——部分的に重なっている」桐島が静かに言った。「偶然かもしれない。でも」


「偶然じゃないかもしれない」


「ああ」


 テーブルに沈黙が落ちた。


 俺は紙をもう一度見た。


 完璧な経歴。施設Aと重なる時期。目の能力で読めない人間。榎本の名前を知っていた。灰島が慎重な言い方をした相手。


 全部が、一本の線になりそうで——まだ繋がらない。


 もう少しだ。


---


 午前中、榎本に連絡した。


『学園長の裏の経歴を調べられるか。表の経歴が綺麗すぎる。施設Aと時期が重なっている部分がある。』


 返信は午後に来た。


『調べる。時間をくれ。ただ——一つだけ言っておく。』


 少し間があった。


『灰島が慎重になった人間の経歴を調べるのは、俺も初めてだ。慎重にやる。』


 俺はその文章を見た。


 榎本が慎重にやる、と言った。


 十三年間、灰島を追いかけてきた人間が慎重にやると言った。


 それだけで、学園長の格が少しわかった。


---


 昼過ぎ、咲が来た。


 修行ではなく、顔を見に来た感じだった。


「師匠、昨日の肩は」


「問題ない」


「本当ですか」


「動く」


「動けばいいってわけじゃないと思うんですけど」咲が少し不満そうな顔をした。「無理しないでくださいね」


「わかってる」


「わかってないと思います」


 俺は咲を見た。


「わかってる」


「……はい」咲が諦めたように頷いた。「修行、今日はどうしますか」


「軽くやる。肩に負担をかけない範囲で」


「軽く、ですね」咲が確認するように繰り返した。「軽く、ですよ。絶対に」


「わかってる」


 咲がため息をついた。


 師匠を心配する弟子の顔だ。


 悪くなかった。


---


 夕方、瑞樹が台所にいた。


 俺が入ると振り返った。


「おかえり」


「ああ」


 椅子を引いた。座った。


 湯呑みが置かれた。いつもの流れだ。


 でも今日は——鞄の中に、箱がある。


 施設Aの全記録。


 渡すべきか、まだ迷っていた。


 瑞樹の準備ができているかどうか、まだわからない。


 でも——持ち続けるのも違う気がした。


 俺は鞄に手をかけた。


 それから、止めた。


 今日じゃない。


 まだ今日じゃない。


 もう少しだけ、待つ。


 瑞樹が俺を見た。「何か言いたそうな顔してる」


「そうか」


「最近よくそういう顔する」


「そうかもしれない」


 瑞樹が少し笑った。「言いたくなったら言って。急がなくていいから」


 俺は瑞樹を見た。


 急がなくていい、か。


「……ああ」


 お茶が冷めるまで、二人とも何も言わなかった。


---


 夜、柊からメッセージが来た。


『また夢を見た』


『どんな夢だ』


『地下の部屋。女性がいる。前より顔が見えそうだった。でも——今日は声が聞こえた』


 俺は少し止まった。


『声が聞こえた』


『うん。何を言っているかはわからなかった。でも声の感じが——なんか、知っている気がした』


 俺は画面を見た。


 声の感じを知っている。


 瑞樹の声を、柊は知らない。直接会ったことがない。


 でも夢で聞いていた。


 実の能力が発現してから、夢が鮮明になっている。実が——何かを育てている。繋がりを、少しずつ育てている。


『怖かったか』


『ううん。なんか、安心した。声を聞いて、安心した』


 俺は少し考えた。


『そのまま見ていろ。答えは近い』


『近い?』


『ああ』


 少し間があった。


『……17は、夢の女性が誰か知ってる?』


 俺は画面を見た。


 知っている。


 でも——今は言わない。


 柊が自分で辿り着くべきだ。夢が連れていく場所まで。


『もう少ししたらわかる』


『意地悪』


『そうじゃない』


『じゃあなんで教えてくれないの』


『お前が自分で答えに辿り着いた方が、意味がある』


 少し長い間があった。


『……うん。わかった』


『ああ』


『おやすみ』


『ああ』


 スマホを置いた。


 柊の夢が鮮明になっている。声が聞こえるようになった。


 実が育てているのは——瑞樹との繋がりだけじゃないかもしれない。


 棘で見つけた綻びに実を育てる。


 その意味が、少しずつ形になってきている。


---


 深夜、部屋で天井を見ていた。


 学園長。施設Aと重なる経歴。目の能力で読めない。


 榎本が調べている。


 瑞樹への記録。まだ渡していない。もう少し待つ。


 柊の夢が近づいている。


 全部が、同時に動いている。


 灰島がまだ動いていない。


 でも——動く前に、学園長が動くかもしれない。


 その順番が、今は一番気になった。


 灰島と学園長。


 どちらが先に動くか。


 あるいは——学園長が灰島を動かすのか。


 目を閉じた。


 知らない場所では眠れない。


 でもここは知っている場所だ。


 眠れる。


 今夜は——それだけでいい

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