第79話「決着」
一瞬だった。
リーダーが動いた。
笪で全能力を封じたはずだった。でも違った。
解析が走った。
——隠していた。
三つ目の能力だ。気配遮断でも速度強化でもない。
短距離瞬間移動。
笪は展開時に感知した能力を封じる。感知できなかった能力は封じられない。
リーダーが隠し持っていた切り札だ。
俺の死角に瞬間移動した。
当たった。
右肩に、鋭い痛みが走った。
刃物だ。浅い。でも確実に入った。
俺は前に転がって距離を取った。
右肩が熱い。
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咲が叫んだ。
「師匠っ——」
「前を見ろ」
咲が振り返った。
咲に向かっていた一人が、距離を詰めていた。
咲が地面に手をついた。
菌根菌が爆発的に広がった。
今まで見たことのない展開速度だった。
感知網を一瞬で張り切った。演習場で柊相手に見せたものより、範囲が広い。
相手の足元から菌根菌が絡みついた。両足を、膝まで。
動きが完全に止まった。
咲が息を吐いた。
「……止めました」
「よくやった」
俺は右肩を押さえながら、リーダーを見た。
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リーダーが俺を見ていた。
無口な人間だ。戦闘中、一言も喋っていない。でも目が——少し変わっていた。
右肩から血が出ている。
俺が傷を負った。それが、何かを変えたらしい。
油断じゃない。
計算だ。
傷を負わせれば動きが鈍る。そこを狙うつもりだ。
俺は右肩から手を離した。
熱い。でも動く。
「咲」
「はい」
「後ろの三人、今すぐ全員の足を固定しろ。動けなくすればいい」
「わかりました」
咲が地面に両手をついた。
菌根菌が走った。三方向同時だ。
左も、右も、後ろも。遅くなかった。
三人全員の足が止まった。
俺はリーダーに向き直った。
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リーダーが瞬間移動を使った。
今度は——見えていた。
三つ目の能力を把握した。瞬間移動は移動先に存在の歪みが一瞬だけ先行する。蚜ならその歪みを捉えられる。
リーダーが俺の左に現れた。
俺はすでにそちらを向いていた。
リーダーの目が、初めて揺れた。
式系・笪。
今度は三つ全部に展開した。気配遮断、速度強化、瞬間移動。
全部封じた。
リーダーが固まった。
完全に、ただの人間になった。
俺はリーダーの前に立った。
「終わりだ」
リーダーが俺を見た。
何かを言おうとした。でも——言わなかった。
目を閉じた。
式系・瘈。
意識を繋ぐ糸を、断ち切った。
リーダーが崩れた。音もなく、静かに。
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支援型も、後ろの三人も、全員動けなくなっていた。
菌根菌に絡まれたまま、意識がない者もいた。
俺は右肩を押さえた。
咲が駆け寄った。
「師匠、怪我——」
「浅い」
「でも血が——」
「浅い」俺は繰り返した。「止まる」
咲が俺の右肩を見た。顔が青い。
「……ごめんなさい」
「何が」
「私のせいで、目を離した。だから——」
「お前のせいじゃない」俺は咲を見た。「リーダーが能力を隠していた。それを読めなかった俺のミスだ」
「でも」
「咲」
咲が黙った。
「お前は止めた。四人、一人で足止めした。十分だ」
咲が俺を見た。目が赤くなっていた。
「……泣くな」
「泣いてないです」
「そうか」
「泣いてないです」咲がもう一度言った。声が少し震えていた。
俺は答えなかった。
答えなかったが——咲の頭に、軽く手を置いた。
一瞬だけ。
咲が息を呑んだ。
俺は手を離した。
「帰るぞ」
「……はい」
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拠点に戻ったのは夕方だった。
玄関を開けたら、白瀬が出てきた。
俺の右肩を見た。
笑顔が消えた。
「何があった」
「帰り道で刺客に会った」
「刺客——」白瀬が咲を見た。「咲ちゃんは」
「無事です」咲が答えた。「師匠が——」
「中に入れ」白瀬が俺の腕を引いた。「朝霧、桐島さん、来てくれ」
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傷の手当てをしながら、全員に話した。
管理局の別派閥。榎本を狙っていた。気配遮断・速度強化・瞬間移動の複合型。
朝霧が静かに聞いていた。
「副局長と別の派閥、ということか」
「そう思う。西堂が動けなくなった分、別の誰かが動いた」
「管理局の中で、複数の勢力が動いている」桐島が言った。「灰島と繋がっているのが西堂だけとは限らない」
全員が黙った。
白瀬が俺の肩に包帯を巻きながら言った。「榎本に連絡は取れるか」
「取る」
「今夜中に」
「ああ」
瑞樹が俺を見ていた。心配している目だ。何も言わなかったが、目が言っていた。
「大丈夫だ」俺は言った。
瑞樹が小さく頷いた。
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夜、部屋で榎本に連絡した。
『今日、刺客に会った。管理局の別派閥。お前を狙っていた。』
返信はすぐ来た。
『知っていた。だから最後の話を急いでいる。明日、早めに来い。午前中に。』
『わかった。』
『傷は』
俺は少し考えた。
『浅い。』
『そうか。気をつけて来い。』
榎本らしくない言葉だった。
気をつけて来い。
俺はスマホを置いた。
右肩が鈍く痛んだ。
咲が足止めした。四人を、一人で。
左への展開が遅くなかった。射程の外でも動いた。
あいつは——本当に、強くなっている。
まだ途中だ。
でも確実に、途中だ。
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深夜、廊下で咲に会った。
眠れなかったのか、水を飲みに来たらしい。
俺を見て、少し止まった。
「……肩、痛くないですか」
「少し痛い」
「正直に言ってくれるんですね」
「嘘をつく理由がない」
咲が俺を見た。
「師匠」
「何だ」
「今日——頭に手を置いてくれましたよね」
俺は少し間を置いた。
「覚えていたのか」
「覚えてます」咲が少し赤くなった。「あの、ありがとうございました」
「別に大したことじゃない」
「大したことです」咲が真剣な顔で言った。「私には、すごく大したことでした」
俺は答えなかった。
「師匠は——そういうこと、あまりしないから」咲が続けた。「だから余計に」
「……そうか」
「はい」咲が水を持った。「おやすみなさい、師匠」
「ああ」
咲が廊下を歩いていった。
小さな背中だ。でも今日、四人を止めた背中だ。
俺は自分の部屋に戻った。
明日、榎本と会う。
最後の話をする。
右肩が鈍く痛んだ。
でも——動く。
それだけで十分だ。




