第77話「レッツショッピング!!!」
朝、咲からメッセージが来た。
『師匠、今日って時間ありますか?』
『午前中だけなら』
『一緒に買い物行ってもいいですか。修行道具が欲しくて。でも一人だと選び方がわからなくて』
俺は少し考えた。
修行道具。
咲の能力は菌根菌型だ。特別な道具は必要ない。でも体を動かすための装備——シューズとか、動きやすい服とか、そういうものは必要だ。
『わかった。十時に南口で』
『やった。ありがとうございます!!』
感嘆符が二つついていた。
俺はスマホを置いた。
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白瀬に話したら、目を輝かせた。
「俺も行く」
「来るな」
「なんで」
「二人で行くと言った」
「咲ちゃんと二人で買い物、か」白瀬が意味深な顔をした。「師弟デートじゃないか」
「違う」
「でも傍から見たら——」
「違う」
白瀬が笑った。「わかった。行かない。でもお土産買ってきて」
「買わない」
「冷たい」
桐島が台所から言った。「白瀬、邪魔するな」
「邪魔してないですよ」
「してる」
俺は玄関に向かった。
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南口に着いたら、咲がすでに待っていた。
私服だ。当たり前だが、制服じゃない咲を見るのは初めてかもしれない。
明るい色のトップスに、動きやすそうなパンツ。髪を一つに結んでいる。
俺を見て、ぱっと顔が明るくなった。
「師匠、おはようございます!」
「ああ」
「私服なんですね」咲が俺を見た。「なんか、新鮮です」
「お前もだ」
「え、あ、そうですね」咲が少し照れた。「変じゃないですか?」
「変じゃない」
「よかった!」咲が歩き出した。「行きましょ!」
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最初にスポーツ用品店に入った。
咲がシューズのコーナーで足を止めた。
「どれがいいですか」
「何に使う」
「修行全般です。走ったり、踏み込んだり」
「足首のサポートがしっかりしているやつだ。それと軽いやつ」俺は棚を見た。「この辺だ」
咲が棚を見た。迷っている。
「試し履きをしろ。感触で選べ」
「はい」
咲が店員を呼んだ。三足試した。四足目で「これがいいです」と言った。
「理由は」
「踏み込んだとき、地面の感触がよく伝わる気がします。菌根菌を使うとき、地面の感触って大事なので」
俺は少し考えた。
「正しい選び方だ」
咲が嬉しそうな顔をした。
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次に動きやすい服を見た。
咲が棚の前で固まった。
「どれも似たり寄ったりで……師匠はどうやって選んでるんですか」
「動いたとき邪魔にならないやつだ。それだけだ」
「シンプルですね」
「服に時間をかけない」
「男の人はそういうものなんですか」
「俺がそうなだけだ」
咲が棚を見た。一着取って、俺に見せた。
「これはどうですか」
「悪くない。でも少し厚い。夏場は暑い」
「じゃあこっちは」
「それでいい」
「即答だ」咲が笑った。「師匠と買い物すると早いですね」
「迷う必要がないものに時間をかけない」
「なるほど」咲が服を籠に入れた。「私、結構迷っちゃうんですよね。選択肢が多いと」
「絞れ。条件を決めて、合わないものを外していけ」
「それって——能力の使い方と同じですね」咲が少し考えた顔をした。「射程内か射程外か。感知か攻撃か。条件で絞る」
「そうだ」
咲が俺を見た。「師匠って、生活の全部が修行みたいですね」
「そういうわけじゃない」
「でも今も、買い物を修行の話に繋げてくれましたよね」
「……お前が繋げた」
「きっかけは師匠です」咲がにっこりした。「ありがとうございます」
俺は答えなかった。
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昼前に、腹が減った。
フードコートに入った。
咲がメニューを見て目を輝かせた。
「ここ、ハンバーグ定食があります。食べてもいいですか」
「好きなものを食べろ」
「師匠は何にするんですか」
「適当に決める」
「適当、か」咲がメニューを見た。「私、食べたいものを選んでいいって言われると逆に迷っちゃうんですよね」
「さっきと逆だな」
「そうなんです」咲が笑った。「修行道具は条件で絞れるけど、食べ物は全部食べたくなっちゃって」
「全部は食べられない」
「わかってるんですけど」
俺はメニューを見た。「ハンバーグ定食を頼め。さっきから目が離れていない」
咲が少し照れた。「そんなにわかりやすかったですか」
「わかりやすい」
「師匠には全部わかっちゃいますね」咲が苦笑いした。「なんか、恥ずかしいです」
「恥ずかしくない。素直なだけだ」
咲がメニューを閉じた。「……師匠に素直って言われると、なんか嬉しいです」
注文を取りに店員が来た。
咲はハンバーグ定食を頼んだ。俺は定食を頼んだ。
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食べながら、咲が言った。
「師匠、聞いていいですか」
「何だ」
「最近、なんか——忙しそうですよね。学園以外で」
俺は少し考えた。
「そうだな」
「修行以外のことで、色々あるんですか」
「ある」
咲が俺を見た。心配している目だ。でも踏み込まない目でもある。
「……邪魔にならないようにします」
「邪魔じゃない」
「でも修行、最近時間が短くなってますよね」
「それは——」俺は少し止まった。「悪かった。余裕ができたら戻す」
咲が首を振った。「謝らなくていいです。師匠が色々抱えてるのはわかってます」咲がハンバーグを切った。「ただ——私、師匠の役に立ちたいんです。修行だけじゃなくて」
「今は修行を続けていろ。それが一番の役に立ち方だ」
「本当ですか」
「本当だ。強くなることが、今お前にできる最善だ」
咲がしばらく黙っていた。
それから頷いた。
「わかりました。強くなります」
「ああ」
「絶対、役に立てるようになります」咲が俺を真っ直ぐ見た。「師匠が大変なときに、隣にいられるくらいには」
俺は咲を見た。
十四歳の目だ。でも揺れていない。
「……ああ」
それだけ言った。
それで十分だった。
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帰り道、咲が荷物を持ちながら歩いていた。シューズと服が入った袋だ。
「今日、楽しかったです」
「そうか」
「師匠と買い物するの、初めてでしたし」咲が少し笑った。「なんか、普通の人みたいで」
「普通じゃないのか」
「普通じゃないです。絶対」咲が断言した。「でも今日は普通っぽかったです」
「普通っぽい、か」
「褒めてます」咲が笑った。「師匠が普通っぽいの、貴重なので」
俺は答えなかった。
咲が南口の前で止まった。
「ここで大丈夫です。また修行、よろしくお願いします」
「ああ」
「あ、それと」咲が振り返った。「射程三十五メートル、絶対やります」
「やれ」
「やります」咲が笑った。「じゃあ、また」
咲が歩いていった。
荷物を持った背中が、人混みに消えていった。
俺はしばらくそれを見ていた。
強くなる、と言った。
隣にいられるくらいには、と言った。
十四歳が言う言葉じゃない。
でも——咲には似合う言葉だと思った。
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拠点に戻ったら、白瀬が玄関で待っていた。
「お土産は」
「ない」
「冷たい」
「言った」
白瀬が俺の顔を見た。「楽しかった?」
俺は少し考えた。
「……悪くなかった」
白瀬が笑った。「それ、17の中では最上級の褒め言葉だよね」
「そんなことはない」
「そんなことあるよ絶対」
俺は白瀬の横を通り過ぎた。
悪くなかった。
本当に——悪くなかった。
明日、榎本と会う。
でも今日は——それだけでいい。




