第74話「集合」
翌朝、拠点がいつもより賑やかだった。
白瀬のせいだ。
朝から台所で何かしている。桐島と口論になっている。正確には白瀬が一方的に喋って、桐島が淡々と返している。
「だから卵は最後に入れるんですよ桐島さん」
「最初に入れた方が均一に混ざる」
「混ざればいいってもんじゃないんです。食感が変わるんです」
「食感の差がわかるほど繊細な舌を持っていない」
「傷つくなあそれ」
俺は廊下からそれを聞いていた。
二日間いなかった人間の帰り方じゃない。
でも——それでいい。
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朝食は全員で食べた。
テーブルを囲んだのは、白瀬、朝霧、桐島、瑞樹、奥津、俺。六人だ。
こんなに人間が揃ったのは、初めてかもしれない。
白瀬が瑞樹に話しかけた。「瑞樹さん、俺たちがいない間、こいつちゃんとしてましたか」
「ちゃんとしてた」瑞樹が答えた。「ご飯も食べてたし、寝てた」
「えらい」白瀬が俺を見た。「えらいぞ17」
「子ども扱いするな」
「だって心配なんだもん。放っておくとどうせ寝ないし食べないし」
「食べてると言っただろ」
「昨日の話でしょ。一昨日は?」
俺は答えなかった。
白瀬が「ほらね」という顔をした。
朝霧が静かに朝食を食べながら、目だけで笑っていた。
奥津が恐る恐る白瀬に聞いた。「あの……管理局は、大変でしたか」
「大変でした」白瀬が即答した。「飯がまずかった。朝霧は平然と食べてたけど」
「食事に感情を持ち込まない」朝霧が言った。
「それ人間として何か欠けてると思う」
「欠けていない」
「欠けてるよ絶対」
奥津が小さく笑った。
瑞樹が俺を見た。目が「こんな感じなの? いつも」と言っていた。
俺は頷いた。
瑞樹が小さく笑った。
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午前中、咲が来た。
学園の授業が終わった後だ。拠点に来るのは修行のためだが、今日は顔を見に来た感じがした。
玄関で白瀬と朝霧を見て、目を丸くした。
「戻ってきたんだ!!!」
「戻ってきました」白瀬が笑った。「咲ちゃん、師匠にいじめられてなかった?」
「いじめられてないです!修行してました!」
「それがいじめでは?」
「違いますー!」咲が真剣な顔で言った。「修行は修行です!」
白瀬が俺を見た。「弟子がしっかりしてる。師匠より」
「うるさい」
咲が朝霧に頭を下げた。「朝霧さんも、お疲れ様でした」
朝霧が頷いた。「修行、続けていたか」
「はい。師匠に言われた通り、切り替えずに続ける練習をしていました」
「見せろ」
咲が目を輝かせた。「見てもらえるんですか!」
「今日は時間がある」
咲が演習スペースに駆けていった。朝霧がゆっくりついていった。
白瀬が俺の隣に来た。「朝霧、咲ちゃんのこと気に入ってるよな」
「そうだな」
「あいつが誰かの修行を見るのって、珍しい。心配するより隣にいればいい、って言ったんだって?」
「聞いたのか」
「咲ちゃんから」白瀬が笑った。「朝霧らしいよな。遠回しに全部言う」
俺は答えなかった。
でも——そうだ、と思った。
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昼過ぎ、瑞樹と奥津が買い物に出た。
桐島が送っていった。
拠点に白瀬と俺の二人が残った。
白瀬がソファに寝転がった。
「ねえ17」
「何だ」
「榎本と、次会うんだろ」
「ああ」
「最後の話、って言ってたんだろ」白瀬が天井を見た。「何の話だと思う」
俺は少し考えた。
「灰島の話だと思う。核心の部分だ」
「俺が作られた理由の、全部か」
「たぶん」
白瀬が腕を目の上に置いた。
「……聞きたいか」
「聞く必要がある」
「聞きたいか、と聞いた」
白瀬は前にも同じことを聞いた。整理できているか、と。
今回も同じだ。
「ああ」俺は答えた。「聞きたい」
「そっか」白瀬が腕をどけた。天井を見た。「なら行ってこい。帰ってきたら全部話せ。俺は聞く」
「……ああ」
白瀬が伸びをした。「よし。それより今日の昼飯どうする。桐島さんいないし」
「お前が作れ」
「俺が作ると桐島さんに怒られる」
「いない」
「でも帰ってきたら絶対何か言う」白瀬が起き上がった。「一緒に作るか。共犯なら怖くない」
「なぜそうなる」
「なりゆきだよ」
白瀬が台所に向かった。
俺はしばらくソファに座っていた。
全員が揃った。
賑やかだ。うるさい。
でも——悪くない。
かなり、悪くない。
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夕方、柊からメッセージが来た。
『今日、実を少し使ってみた』
『言うなと言った』
『ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。綻びに触れるだけにした』
『どうなった』
『何も起きなかった。でも——触れた感覚がした。内側に入れる気がした』
俺は少し考えた。
『感覚だけ覚えておけ。使うのはまだ早い』
『わかってる。でも嬉しかった』少し間があった。『報告したかっただけ』
俺は画面を見た。
報告したかっただけ。
それだけのことを、送ってくる。
『……ああ』
送信した。
それだけだ。
でも十分だった。
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夜、全員が揃って夕飯を食べた。
白瀬が昼に作ろうとして失敗した分を桐島が作り直した。白瀬が何度も謝った。桐島が無言で食べた。
瑞樹が「何を作ったの」と聞いた。白瀬が「オムライスのはずだった」と答えた。奥津が「何になったんですか」と聞いた。白瀬が「スクランブルエッグご飯」と答えた。
笑い声が上がった。
朝霧が静かに食べながら、珍しく口角が上がっていた。
俺はそれを見ていた。
灰島の話は、まだある。管理局の動きもまだある。榎本との最後の接触もある。
全部、まだ途中だ。
でも今夜は——ここにいる全員が、同じテーブルにいる。
それだけを確かめた。
それで、十分だ。




